舞台は遠く、眩しく
その夜、俺は思い知ることになる。
偶像の側にいる誇らしさと。
憧れの中に潜む、自分のドロリとした感情を──。
◇
ギルフォードとの約束の時間、ファルジアの中央通りにはいつにも増して、人がごった返していた。
話を聞きつけた目ざとい商人達は、通りに面して席を並べては席料を取り、酒や食事を売って歩いている。
「すごい……。まさか、こんなに集まるなんて……」
「なにせ時間が無かったからな。ボチボチってところだろ」
十字路の中心に作られた舞台は、全方位から視線を集めることが出来る。
それは大勢に見てもらうには打ってつけだが、ミスは許されなくなってしまった。
俺の心配を他所に、舞台を組み上げたレンゾーは魔導人形の最終チェックに余念が無い。
「安心せい。わしの作品が不具合を起こす筈がない。それに、ルナリスのあの堂々とした姿を」
ギルフォードの用意した衣装に着替えたルナリスは、指の一本一本の位置まで確かめるように、ゆっくりと息を吐きながら身体の隅々まで意識を巡らせていた。
「ダイジョウブ。ルナリスのオトはスキトオッテル。ネモだけオトがフルエテル」
シャキッとしろ、とギルフォードに背中を叩かれる。
どうして、みんなはそんなに自信があるんだ。
何だか、俺だけが蚊帳の外にいるみたいだ……。
集まった人々の声が、徐々に膨らんでくる。
早く始めろといった野次まで飛んできているが、ギルフォードはぬるりと舌を出して牙を剥いていた。
「もう少し……。もっと騒げ……。退屈に飢えた瞬間こそ、貪るように舞台に釘付けになるんだ……」
まだ、まだ、と熱を待ち、どこかで喧嘩が始まった時、ギルフォードはルナリスに合図を出した。
「今だ! 舞台に上がれ! 容赦はいらねぇぞ!!」
タンッ、と板張りの舞台に彼女が降り立った時。
確かに街が静まり返った。
中央に設置された魔導人形が、糸が切れたようにダラリと項垂れている中、ルナリスは跳ぶ。
タンッ、タタンッ。タンタンッ、タタタン。
床板を叩く靴の音が、私を見ろと叫んでいた。
流れる銀髪が、夜を走り月を呼ぶ。
伸びた指先が、宙に紋様を記す。
舞台の上で、魔導人形を囲うように魔法陣を描く。
「魔石に魔力を込めて星環機構を動かしてるんじゃが、あそこまで派手にする必要はないんだと。ルナリスなりのパフォーマンスじゃな」
ルナリスの踊りに合わせて、魔導人形の核となる機械がゆっくりと動き出す。
筒のような機械の周りの輪が、彼女に引き寄せられるように回る。
気がつけば彼女の靴音は主旋律となり、ボルネから奏でられる音が層を重ねていった。
人の声が一切聞こえない異様さが、その神秘性を際立たせる。
ルナリスが人形の手を取った。
ぐらり、ぐらりと生まれたての子供のような不安定さが、だんだんと彼女の動きに合わせて揺れる。
月の光が、舞台を照らしていた。
引き寄せられるのは視線か。それとも心か。
タンッ、タタンッ、タンタンッ、タタタンッ。
鳴らす二足の靴底が。
タンッ、タタンッ、タンタンッ、タタタンッ。
いつの間にか四足となっていた。
魔導人形が、命を宿し踊っている。
そうか。みんなが自信を持っていたのは、自分の技術を信じていたんだ。
ルナリスもレンゾーもボルネもギルフォードも。
だから、俺は不安なんだ。
全てが中途半端で、冒険者としても芽が出なかった。
ルナリスと共にダンジョンのボスになろうと立ち上がったけど……。
魅了の欠片が舞台から客席へ振りまかれていく。
″ものを引き寄せる魔法″が使えると彼女は言っていた。
人の心を掴んで離さないルナリスの魅了は、人並外れたものとなっていった。
誰かがルナリスを見る度に、誰も俺を見ていないのだと。
そう思ってしまった。
◇
踊り終えた二人が観客に礼をすると、空が割れるかと思うほどの拍手と歓声があがる。
足が止まったルナリスは、幼なさの残る笑みを浮かべ、無邪気に声援に応えて手を振っていた。
「ありがとうございましたぁ! あと、皆さんにお伝えしたいことがありまぁす!」
教会批判にならないように、魔石の取りすぎには気をつけましょうと注意喚起をする。
星への祈り、自然との共存の為の踊りだと伝え、みんなの安全を祈願したと結んだ。
明日から急に変わるわけではないだろう。
だけど、血を流さずに争いや諍いを止められるのであれば。
ルナリスはきっと精霊に飽きられたりはしなくなる。
舞台から降りた途端、ルナリスは魔導人形に抱きついて涙を流した。
「ララァ……。ありがとう……、本当に……あなたのお陰で、私……」
「びっくりしたよ。意識が戻ったら身体があるんだもん。魔法コードを流してくれたから状況は理解できたけど……」
ララの胸で泣くルナリスを見て、俺の頬にも涙が伝った。
そして、気付いてしまう。
彼女は特別な存在となってしまい、俺は特別ではないんだということに。
彼女を推しているからこそ、側にいるのに届かないことが浮き彫りになる。
冷めやらぬ街の熱。
灯されたランプの揺らめきと、耳に残る盛況の声。
俺にはそれが「お前は何もしていない」と指摘しているようにも聞こえてしまう。




