今の自分に出来ること
長旅の疲れがどっと出たのか、ルナリスはレンゾーが泊めてくれるとわかった途端に眠ってしまう。
彼女が寝るまで息を止めていたのかと思うほど、レンゾーは大きく息を吐いて乱暴に足を崩した。
「まさか、この家に女が来るとはな……。まるで人形みてぇな顔してんな……。お前らは、そ、その……恋人か?」
ぎこちなく上擦った声から、レンゾーの気遣いが感じられるが誤解もいいところだ。
……確かに顔や性格は可愛らしいが、ルナリスは俺にとってそういう対象じゃない。
「ルナリスは大切な仲間だ。そういった感情じゃない」
自分に言い聞かせるよう、腹に力を込めて言い切る。
下心があると思われて、今後の旅に影響が出たらまずいしな。
ルナリスに聞かれていないか気になったが、乱れていない寝息に安心した。
「都会の人間はすげぇなぁ……。それにしても、人間もダンジョンのボスになれるんだな」
それは質問でも詮索でもなく、ただの確認だった。
レンゾーの興味はその後もずっと魔石に向いていて、相手が男となれば対応は雑にもなる。
夜も更けてきたというのに、満面の笑みで机に向かっていた。
「レンゾーはそれがダンジョンの核だって言われて信じられるのか?」
俺も最初に聞いた時は目と耳を疑ったが、ララの声を聞いて、ダンジョンの中にいたからこそ、信じざるを得なかった。
しかし、レンゾーはそうではない。
ついさっき出会った余所者、酒がジョッキで十杯以上入った男達から聞いた話だ。
それなのに──。
レンゾーの声は、揺れることも躊躇うこともなく。
「あの子の、あんな目を見ちまったらなぁ……。有瘤族だって有紋族を信じたくなるさ」
照れくさそうに鼻を掻く横顔を見て、目が眩む。
レンゾーが光に照らされているように見えた。
ルナリスという理想、目標ができたことで、それに近づきたいと迷いから抜ける。
ふと、足元に影が出来たように思える。
横に立つルナリスという光が、俺の影を濃くしていたことに気づいてしまった。
精霊が、レンゾーが見ているのは俺ではなく……。
「おい、聞いてるのか? 眠てぇならあっちで寝ちまえよ」
レンゾーに呼び止められて、沼に嵌りそうな意識を引き上げた。
まだまだ底を感じさせない沼だ。
深みに嵌らないように気をつけなければ。
「悪かったよ。で、何の話だっけ?」
「魔石がダンジョンの核って話だろ? 突拍子もねぇ話だが、確かに辻褄は合う。魔石ってのは小せぇ星だからな」
急にロマンチックなことを言い出したのかと辟易するが、レンゾーはいたって大真面目だった。
くたびれた一冊のノートを見せてくる。
それにはびっしりと図や文字が書き込まれていた。
「魔石ってのは地中深くで何百年、何千年と大地に滞留する魔力が押し固められたもんだ。ただの綺麗な石ころとは訳が違ぇ」
まるで子供のように、レンゾーは語った。
手狭で散らかった工房が、彼の秘密基地に思えてくる。
「わしら有瘤族や有殻族ってのは、昔っから地下に穴ぼこ開けて採掘や鍛冶をしてきたんだ。そうするとなぁ、この星ってのは大きな生き物に思えてくんだよ」
「星が……生き物?」
「おぉ! この街の鍛治ギルドってのはランクによって潜れるダンジョンが指定されて持って帰っていい鉱石や魔石の量が決められてんだ。取りすぎちまうと星が病気になっちまうからな」
ふと、田舎の漁師達が目に浮かぶ。
海の生き物は獲りすぎちゃいけない、腹を満たす分だけでいいんだ。
大漁を祈り、余暇が出来たら酒を作る。
そうして、あの村は慎ましく暮らしていたんだ。
「取れる魔石や量が決められてるってのは、若い連中は不満じゃないのか?」
いつまでも質の悪い収穫じゃ、実績も挙げられないだろう。
俺のいた冒険者ギルドもそうだった。
冒険者の数が増えていけば縄張りができる。
効率良く稼げる狩場なんてのは、ベテラン連中が取り仕切っていた。
しかし、レンゾーは豪快に笑い飛ばす。
「そっからが腕の見せ所よ! 不純物を取り、ハンマーを叩く。細工をして、見せつけるんだ。どうだ、素材じゃねぇ! これがわしの腕だってな!」
我が子に向けるような眼差しで、自慢の作品達を見渡している。
作品の理解はされなくても、レンゾーは自分の腕を疑っていなかった。
俺に似ていると思った彼は、俺が手に入れられなかった自信と誇りを、その胸に燃やしている。
嫉妬が、俺の心を沈めていく。
海中で見上げた水面のように、ルナリスやレンゾーを眺めてしまう。
「だがな……、どうしてもこの鉱石、この魔石じゃないといけないって時はある。今回みたいに魔石を直すってんなら、同じ魔石の欠片が必要だ。しかし、わしのランクじゃラブラドライトは取らせてもらえねぇ……」
金があれば買えなくはない、と言いながら俺の持ち物を物色し溜息をつく。
ララの為であれば……、と思いたいがない袖は振れない。
「こうなったら背に腹は変えられねぇか……」
「何か方法があるのか!? 俺に出来ることなら何でもするぞ!」
ルナリスとレンゾーに負けたくないという気持ちが、膨張し気が大きくなっている。
そうでもしないと、劣等感に押し潰されてしまいそうだから。
以前よりも逞しくなった脚を掴み、奮い立たせた。
レンゾーは固い手のひらで俺の肩を叩く。
それは鼓舞ではあったが、俺の覚悟したものとは違うものだった。
「ネモ、お前借金しろ」
「……え? 格上のダンジョンに潜るとかじゃ……」
自慢ではないが、俺には商売気なんてものはない。
金を借りたところで、返せる目処がつくはずもない。
これもララの為、と思いたいが頭から血が下りているのがわかる。
呑気な寝息が、俺の焦りを笑っているようだった。




