君ではなく、ルナリスと呼ぶ為に
「私、ルナリスです。あなたは?」
「……俺はネモ。なぁ、君は人間が怖く……、イッッ!?」
モンスターにやられた傷が痛む。
突然の出会いに気を取られていたが、ずっと汗も止まらず身体が冷えてきた。
「なぁ……、み、水を持ってたらくれないか?」
「水は持ってないけど……、そこに川が流れてました。運びますからちょっと待ってください」
自分よりいくらか年下の、こんなか弱そうな少女が運べるとは思えない。
これでも冒険者として重い武器を振ってきたんだ。魔族が人間よりも力があったとしてもこの子には無理だろう。
ルナリスは俺を担ごうとはせず、気持ちを鎮めてから舞い始めた。
軽快なステップを踏み、服のヴェールを風に任せると不思議と意識が引き寄せられる。
いや、これは意識だけじゃなく身体ごと──。
「痛くないですか? 私は″ものを引き寄せる魔法″が使えるんです。まだ、未熟だからバランスが難しいけど……、あっ!?」
宙に浮かんだ俺の身体がぐらついて地面に擦れた。
山道の小石が割れたガラスに思える。
怪我をして運ばれる俺が言えたことではないが、もう少し慎重に扱ってほしい。
山の中を流れる小川に着いた時、俺の身体は枝に刺さり、木にぶつかりと散々だったが、あのまま倒れていたら死因の候補に脱水が加わっていたと思う。
傷は増えたものの、ルナリスには感謝してもしきれない。
「これ、傷口にあててください。そこに生えていたものなので効き目は弱いですが……」
「ありがとう、君は命の恩人だ。若いのに随分しっかりしてるんだね」
「そんなことないですよ……。さっきもそこのダンジョンの面接だったんですけど、きっと不採用ですね」
力なく笑う彼女は小川の流れをボーッと見つめていた。
俺も冒険者ギルドに貼り出されたパーティ募集に応募しては断られ、なんて何度も経験している。
周りから必要とされない悔しさや不甲斐なさは痛いほど理解できた。
しかし、ルナリスは膝を打つと張りのある声をあげる。
まだ諦めてはいなかった。
「でも、次こそは! 私ももう大人ですし、両親を安心させて、いつか自分のダンジョンを持ってみせるんです!」
先程の張り紙を握りしめる姿は勇ましいが、その背中は少し震えているようにも見える。
俺はそれを見て……、胸が締め付けられた。
相手に受け入れられない寂しさを、自分の能力が足りない悔しさを理解していたつもりになって。
その惨めさを自覚した上で、それに立ち向かう力強さに憧れた。
心のどこかで、魔族を見下していたんだ。
仲間に見捨てられて、死にかけて。
自分より年下の、魔族の少女が、同じような悩みを持っていたことに共感した気になっていた。
彼女の方が随分と先に進んでいるのに。
「凄いな。本当に」
日が高くなり、木々の隙間から差し込む光がルナリスを照らしている。
彼女の銀髪は、まるで教会にある彫刻のように神々しく輝いていた。
まだ魔法にかかっているようで、気持ちが少し軽くなっている。
「……俺もこれからだよな。せっかく君に救ってもらった命だ。使い潰さないとバチが当たる」
まだ足は痛むしダメージは残っている。
万全とは言い難いが、やってやろうという意志が満ちていた。
ルナリスの持つボス募集の紙を借りて、記載された魔法コードに指を重ねる。
フゥーっと息を吐く。
へそから指先に向けて魔力を流す数秒、迷いがないかといえば嘘になる。
だが、流れを止めてはダメだ。
慎重になって成功するやつは、大胆になっても成功するやつだ!
『応募が完了しました』
無機質な魔法音声が再生される。
温かい日差しと、苔むした水辺には不釣り合いだが、その声は俺を拒絶していない。
それだけで、今の俺には十分だ。
「ネモさんもダンジョンのボスを目指してたんですね。助けたのは間違いでしたかね」
目を細めて唇を尖らせる。
彼女からすれば俺は邪魔な競争相手かもしれないが、俺にとっては最初に勝ちたいライバルなんだ。
恩人であり、目標として同じステージに立ちたいと思ったから。
「不思議と、君には負けたくないんだ」
「その、君っていうのやめて貰えますか?」
ルナリスは腕を組んで、眉根を顰める。
確かに命の恩人に、随分と無礼な対応だったかもしれない。
「有紋族では親しい相手のことはちゃんと名前で呼ぶんです。私も負けませんよ、ネモさん」
舌先をチラリと見せる彼女は、幼さと怪しさが混ざり合っていた。
手強い相手をライバルにしてしまったな、と思わず口が綻んだ。




