酒と金が鍛治場を回す
煤けた建物の外壁は、この街の歴史そのものだった。
そこかしこに黒煙を吐き出す工房が並び、人間と魔族が当たり前のように行き交っている。
「ここがファルジアか……。なんというか……うるさいな」
金属を叩く音。荷を引く馬の嘶き。飛び交う罵声。
思わず耳を塞ぎたくなるが、そんなことをしていると後ろから誰かにぶつかられてしまう。
だけど、少しだけ港町の荒さが懐かしくなった。
「ネモさん……、先に宿で休ませてもらいますね……」
「そうだな。魔石については俺が情報を集めておくから。ルナリスは休んだ方がいい」
日差し避けの為に被ったフードが、彼女の疲れを強調していた。
手近な宿を取ってルナリスを休ませ、主人に相談すると気前よく人が集まる酒場を教えてくれる。
客とわかった途端に変わる態度が、この街の個性を表しているようだった。
街の中心通りに構えるその酒場は、まだ日が高いわりに席が埋まりかけている。
余所者に興味を示さないところを見るに、人の出入りが多いんだろうな。
カウンターに座り、退屈そうなウェイトレスに声をかけてみる。
「いやぁ、参ったよ。中央都市から魔石の買い付けに来たんだけど、約束の時間に誰もいなくてね。ちょっとここで涼ませてくれ」
チラッとこちらを見るも、無愛想に注文を聞くだけ。
俺の予想が正しければ、金払いさえ良ければ店員の口も軽くなるはず……。
ルナリスには悪いが、ここの地酒を気前よくボトルでいただくことにする。
日が傾くにつれて、気づけば店内は満席になっていた。
気持ち良く酒を飲んでいると、ウェイトレスや近くにいた客との会話も弾んでいく。
「それにしても兄ちゃん、随分強えな。もう二本は開けたんだろ?」
「ここの酒が美味いんだよ。俺の漁村も酒を作ってたんだけど、海の酒とはまた違うんだな」
街の雰囲気から職人気質が多いのは察していた。
仕事に誇りを持つ男達は、周りに嫌という程いたからな。
親譲りの酒の強さが、こういうところだと面白がられて役に立つ。
そろそろいいかな。
顔が赤くなってきた男に、残念そうに相談をしてみた。
「実は中央都市から商売で来たんだけど、空ぶっちゃってさ……。魔石に詳しい人がいたら紹介してくれないか?」
男は硬そうな髭をこすりながら、ウェイトレスに心当たりがないか声をかける。
どうやら当てがあったようで、奥のテーブルの有瘤族を示していた。
「兄ちゃんの商売の足しになるかはわからねぇが、あそこのレンゾーは鍛治もしねぇで魔石ばっか掘ってる変わりもんだ。おい、レンゾー!お前に話があるってよぉ!」
小柄で歳の近そうな男が、不機嫌そうに近づいてくる。
鍛治や物作りに長けている有瘤族は、みんな頑固そうに見えるが、レンゾーはそれに加えて神経質そうな印象があった。
酒を飲みながら、誰だこいつと俺を値踏みする。
「あんた、魔石に詳しいんだって?ちょっと話を聞かせてくれないか?」
「何でお前なんかと……。他当たってくれ、酒場でシラフでいるやつなんかと話すことはねぇよ」
赤ら顔の男が言いかけた言葉を止める。
つい口元がゆるんでしまった。
「それもそうだ。じゃあ、俺とあんたでどっちが酒が飲めるか勝負しよう。俺が勝ったら話を聞かせてくれ。あんたが勝てば酒代は全額俺が払ってやる」
ウェイトレスに目配せをすると、商売気のある笑みを隠そうともせずレンゾーを乗せてくれた。
やっぱり商人は金になる客の味方だな。
レンゾーはウェイトレスからも煽られると思っていなかったのか、断る文句が浮かばなかったのか、たじろぎながら誘いを受ける。
「よ、余所者がデカい口叩くじゃねぇか。有瘤族の肝臓は熊の肝だって言われてるのを知らねぇみてぇだな」
溢れんばかりに注がれたジャッキが、あっという間に机を埋めていった。
悪いな、レンゾー。俺は地元じゃ鯨の肝だって言われてたんだ。
十杯も飲み干してみれば、レンゾーは椅子から転がり落ちた。
荒くれ者達の歓声を受け、田舎を思い出す。
酒の強さは冒険者の価値とは無関係だったことが惜しい。
「レンゾー。大丈夫か?ほら、水飲んで外の空気を吸おう」
「お、おめぇ……やるじゃ……ねぇか。でもな、わしは……まだ……」
肩を貸してどうにか店の外に運ぶが、店先でひっくり返ってしまう。
この街ではよくある事のようで、行き交う人達も気に留めないのはありがたい。
「……で? 何が聞きたいんだって?」
酔っ払いに質問したところで、まともな返答にはならないと話を流そうとするが、レンゾーは頭を揺らしながらも意識を保とうとしていた。
「いいから言ってみろ! 今言わねぇんじゃ聞かねぇぞ!」
「しょうがないな……。実は砕けた魔石を直したくて──」
「ああ!ネモさん! 宿の人に聞きましたよ。一人でご飯食べちゃうなんてひどいです!」
すっかり回復したルナリスが俺に気づいて駆け寄ってきた。
お腹が空いているのか、地団駄を踏む姿はそれなりに不満そうだった。
「ご、ごめん……。ただ、俺も魔石に詳しい人を見つけたんだ。レンゾー、この子は俺の仲間のルナリスだ」
レンゾーにルナリスを紹介すると、さっきまでの威勢はどこへ行ったのか舌が上手く回っていない。
酔いが回ったのかと、心配すると胸倉をグイッと掴まれた。
汗の臭いが鼻をつく。
「わ、わしは女が苦手なんだ……。しかも、あんな可愛い子……。無理だ、酔いが醒めちまったよ……」
さっきは今言えって言ってたくせに……。
空腹で不機嫌なルナリスと、女性が苦手なレンゾーに挟まれて溜息が出る。
こんな時にも一切酔わない自分の体質を恨めしく思った。




