理を外れる力
自分の耳を疑った。
魔族がどれぐらい仲間意識を持っているのか、魔王がどれほど偉いのかなんて俺は知らない。
だけど──。
口の中で、奥歯が削れる音がした。
自分の仲間の魂を値踏みされて、黙っていられるわけがない!
「……あんた、ルナリスの魂に価値がないって言いたいのか?」
力で敵う相手ではない。
俺なんて魔王の前では生まれたての赤子のようなものだろう。
それでも、俺はルナリスのペアとしてここに立っている。
身体が気持ちについてきたのか、いつの間にか膝の震えは止まっていた。
「そんな顔をするな。君が感情的になったところで事態は何も変わらない」
涼しい顔をして、魔王は窓の外に浮かぶ月を見ている。
俺に興味がないというより、全てに対して平等に冷めているかのように息を漏らした。
「……ネモが魔王だったとして、昨日今日出会った者から『家族を甦らせてくれ』と頼まれて、その通りにするか?」
「当たり前だ! そんな能力があるなら、そうすべきだ!」
魔王だとか人間だとか、そんなことは関係ない!
甦らせることが出来るならそうすべきだ。
……何か代償があるのか?
「特別な代償はない。問題はそこじゃない。では、寿命で亡くなった者、事故で亡くなった者、幼くして病気で亡くなった者の三名がいたとしよう。三名とも甦らせることが出来るとして、ネモはどうすべきだと考える」
魔王の問いに、胸が苦しくなった。
人の生き死にを選択するようなことがあるわけがない……。
「答えてくれ、ネモ。この答えでどうこうするつまりはない。こんな問答に、正解なんてものはないんだ」
今までの俺なら、寿命で亡くなった者は諦めるべきで、残りの二人を甦らせると言えただろう。
それが魂の価値を天秤にかけるような判断だとしたら……。
突然、顎が小刻みに震えだす。
歯がカチカチと囃し立てた。
「さ、三人……。三人とも助け……る」
「……それも一つの選択だろうな。全員助けてやればいい。それがどれだけ理から外れていようと」
玉座を立った魔王は、なかなかやまない雨を見ている。
それは、これまで何度も選択を迫られた者の姿だった。
どれぐらい沈黙が続いたか、わからない。
何度目かの雷鳴が、俺に話すきっかけをくれた。
「魔王はいつから魔王をしているんだ?」
自然とくだけた口調になっていた。
不思議と恐怖は感じなくなり、同情のような感情を抱く。
魔王も、そんなことを気に留めていなかった。
「千年前にはもう魔王と呼ばれていた。いや、二千年前だったか……。不死だからな。変わる理由も、機会もなかった」
どこか自嘲気味に笑う声に、いくつの感情が乗っているのか想像もつかない。
魔族がみんな不死だなんて聞いたことがない。
だとすると……、魔王は見送ってきたんだ。
同胞の死を。自分なら救えるはずの魂を。
冷酷に、冷徹に、理に沿って。
広間を見渡し、高い天井を仰ぐ。
不死で、不可能を可能にするほど魔力が高く、魔王と呼ばれる存在であったとしたら。
ノスフェリウスは何を望む?
目を瞑ると、ルナリスの顔が浮かんだ。
それ以上の答えを俺は持っていなかった。
「魔王……、ルナリスは甦らせる価値があるぞ」
目が合うのはどれぐらい振りか。
魔王の瞳の色は、呆れても、憐れみでもなかった。
俺にはそれが、期待に見えた。
「俺は……、俺にはルナリスが側にいないとダメだ。あの子に出会って、もう一度やり直そうと決意出来たんだ」
「それが、彼女の魂の価値か? 悪いがその程度では……」
失望のため息が聞こえた。
しかし、魔王の失望なんて関係ない。
理を外れるのに、理屈を通す意味なんてない!
「それだけじゃない。あの子は、種族や生まれに関係なく、誰の価値も否定しない。……そんな奴が、これからも誰かの救いになる。その上でーー」
玉座に歩み寄り、手をかける。
誰よりも強く、誰よりも魂を見送ってきた魔王の責任。
たった一人、孤独に座り続けてたこの役目の重さを実感する。
……それでも、ルナリスとならきっと――
「俺が魔王になってやる!ノスフェリウスをこの役目を下ろしてやる!」
俺とルナリスは魔王が何千年と成し得なかったことをする。
それが彼女の魂の価値だ!
啖呵を切った口は、唾を飲み込むのに苦労するほど渇いていた。
いつしか窓を叩く音が止み、部屋を照らすのは雷ではなく月光のみとなっている。
「なるほど。理から外れる為に、意思の強さを見せるのか。……面白い。その重力から抜け出してみろ、ネモ!」
夜を背負った男は、その白い牙を剥き出して笑っていた。




