赦されることの残酷さ
ルナリスは腕の中でぐったりと項垂れていた。
かろうじて動く唇からは、何を訴えているかを察せられない。
「ルナリスッ! しっかりしろ!」
固く手を握るが力はない。
指先まで温かく、血が巡っているのはわかるが瞳は虚になっていた。
「ジークッ!! お前、神官なんだろ!? ルナリスを助けろよぉ!!」
「……何を言ってるんですか?その魔族を焼いた張本人に助けを乞うなんて……。正気じゃない」
「うるせぇ!! くそっ、何なんだよこれは!? ララァッ!!」
『ネモ、落ち着いて! 今一生懸命ルナリスの魂を修復してるから……』
何でこんなことになった。
誰が悪い。どこがいけなかった。何を間違えたんだ。
諦められずルナリスを呼び続ける。
しかし、彼女からの返事はない。
「まだ仲間がいるんですか? ここに来るまでにいたモンスターは全部焼き尽くしたつもりなんですが」
ジークにはララの声が聞こえていなかったらしく、周囲を見回していた。
ルナリスに何が起こり、ララが何をしているかはわからない。
だが、俺が出来ることはわかった。
あいつを、ジークをここで殺すことだ!
「まるで獣じゃないですか。そんなにあの魔族に入れ込んでたんですか? あれは人間じゃないんですよ?」
「うるせぇぇ!!お前に何がわかる!!!」
力任せに槍を振り、息の続く限り追いかけた。
肺が裂けようと、足がもたれようと。
そうでもしてないと、頭がおかしくなりそうで──。
「神の炎は魂を焼き尽くします。あれはもうただの抜け殻。でも、大丈夫ですよ。灰になった魂はこの星と一つになって再び生を受けます」
動物か、モンスターか。運が良ければまた魔族か。
そうして命は巡っていく、とジークは天井を仰ぐ。
まるで、褒めてもらうのを待っているように。
その笑顔には、一点の曇りも見られなかった。
手も足も出ず、床に倒れ込んだ。
怒りが実力差を埋めるなんてことはなく、何度首を刎ねられてもおかしくなかった。
ジークの気まぐれで生かされているだけ。
わかっているのに、もう指一本動かすことが出来なかった。
「もう終わりにしましょう。司祭から命じられているのは、二度と人間のボスなんてものが出ないように粛清すること。しかし、あなたの不屈の精神には美しさすら感じます」
床に倒れた俺を覗き込むように、ジークが見下ろす。
陰が、顔を黒く塗りつぶして見えなかった。
「なので、このダンジョンの核を破壊して帰ります。そうすれば、あなたはもうボスではなくなる」
なんで……、核のことを知っているんだ。
教会の聖騎士団ともなれば、周知されていることなのか?
いや、そんなことよりも……。
「や……めろ……。こ、ここは……俺の……」
「このダンジョンはあなたの更生を妨げてしまいます。さぁ、核はどこですか?」
そのムカつく声が出ないように、喉に槍を突き立ててやりたかった。
なのに、言い返す力も出ない。
せめて、ララの部屋が気づかれなければ……。
「まぁ、答えて貰えるとは思っていません。はぁ……、これ以上魔力を使いたくないのですが、帰って聖書を読む時間にあてさせてもらいます」
金色の炎が、再び辺りに燃え広がる。
壁や天井を溶かすように、どんどんと炎が伝っていった。
「おめでとうございます。これであなたは生まれ変われる」
崩れ落ちる扉を越えて、ジークが金色に包まれていく。
遠くでララを破壊する音が聞こえた。
俺たちの完敗だった。
「ル、ルナリス……」
最後の力を振り絞り、這って彼女の元へと辿り着く。
まるで眠っているかのように綺麗なその姿が涙で歪む。
「目を覚ましてくれよ……。ルナリス、俺はここにいるぞ……。頼むよ……、起きてくれ……」
いくら声をかけても、強く手を握っても睫毛すら動かない。
何も出来ないまま、ルナリスの名前を呼び続けていると、くぐもった声が頭に響いた。
『ネモ……聞……える? ネ……モ……』
「ララ? 無事だったのか?」
『お別……みたい……。魔王……から助けが来る……』
ぶつ切りの言葉が頭に届く。
それはララの最後のメッセージだと理解する。
「ララ……。守れなくてごめん……。俺は……俺は……!」
『大丈……ルナリ……、急いで……まだ……助かる……』
掠れた声が、小さく消えていった。
何度名前を呼んでも返事は聞こえない。
仲間と、居場所と、役割を失った。
だが、ララの最後の言葉に希望を託したい。
ルナリスの身に何が起こったのか、ララが何をしてくれたのかはわからない。
それでも、ララなら……。
溶けていくダンジョンの中で、ルナリスを抱き寄せる。
いつまでそうしていたのか、朦朧とする意識の中、気がつけば俺達は古井戸の底に倒れていた。
誰かに名前を呼ばれながら、転移魔法でどこかに運ばれていった。




