カキツバタ
Googleで丑三つ時って調べてみて驚いた。丑三つ時って午前二時から、二時半迄の間の事らしい。
「短っ!?」
検索結果画面を見て私は思わず言っていた。いや、短くねえかって思って。だって二時から二時半って。三十分じゃん。アニメじゃん。アニメ。プリキュアじゃん。プリキュアしか観れないじゃんwww
ニチアサキッズタイム全部観れないじゃん。あ、今はそうは言わないんだった。スーパーヒーロータイムだっけ。まあ、いいや。とにライダーも戦隊ものも見れない。三十分じゃ。だって三十分だから。プリキュアしか観れない。今どきの人達は、そういうのをレコーダーに録画して二倍速とか三倍速とかで観るのかもしれないから、もしかしたら見れる人は見れるのかもしれない。でも私は観れない。だって二倍速とか三倍速とかで観ないから。あ、ちな二倍速とか三倍速で観る人の事を否定したりはしない。普通の速度で観ることを時間の無駄だって思ってたりするのだって、別にいいと思う。個人の勝手だ。でもまあ私からしたら、死んじゃうのになって思う。どうせ。どうせ最後は死ぬのになって。時間の無駄ってなあって。どうせ死ぬのになあ。どうせ故人になるのになwww
でもそれは個人の勝手。いずれ故人になる個人の勝手。勝手口。五勝手羊羹。五勝手屋五勝手羊羹。
とこ私がそういう事を考えるのは、子供の頃、親に言われた言葉が結構私の中で今もあるからかも。
「ゆっくり楽しめもしない奴が、速読とかって言ってんの?」
私がまだ生きていた頃、親にそう言われた事があるのよ。その時、それを聞いた時、ハッとしたよ私。びっくりした。若い頃ってホント若い頃よ。学生の頃。学生の頃に親に言われる事なんて、たとえ正しくても嫌じゃん。無視するじゃん。そんなのはねつけるじゃん。はね返すじゃん。レディ・バードじゃん。うるせえって思うじゃん。そんで反対を押し切って、東京とかに出たり、駆け落ちしようとしたり、愛とか言ったり、子供産むってなったりするじゃん。ドラマとか映画とかさ。レディ・バードじゃん。私だってそういう感じだったと思う。こんな田舎で生きていくのは嫌だなって思ってたし。あ、私田舎の生まれなんだけど、田舎の生まれ田舎の育ちなんだけど。レディ・バードみたいな。田舎。秋田の。十二年連続人口減少しているっていう彼の地の。そんな所のそんな私が、速読したいって思ったの。なんかかっこよかったから。速読って。速読できるって言いたかったの。他人に。ピアノできますっていう感じで。言いたかったわけ。ファッション感覚で、
「私、速読できるよ」
って。ファッションで。ファッション感覚で。だから、親にさ、そういう本とかを、ほらまあ、死ぬほど出てたから、馬鹿みたいに出てたから、Amazonとかでそういう本の紹介とか見てさ、それで買っていいかって聞いた時に、言われた。言われたのよ。
「ゆっくり楽しめもしない奴が、速読とかって言ってんの?」
って。はん。はっ。っていう感じで。んふって、鼻で笑う感じで、今考えると、ちょっとどうなのって思うけどね。親のあの態度。仮にも子供だよ。こっちは。あんたらの産んだ子供よ。橋の下で拾ってきたのか。それとも川上から流れてきたのか。竹切ったら出てきたのか。隕石落ちてきて入ってたのか。違うだろ。ぱあぱとまんまが作ったんでしょ。セックスしてさ。作ったんでしょ。クラフトしたんでしょ。マインクラフトみたいに。ARKみたいにさ。クラフトしてさ、そんで産んだ子供だろ。それなりに苦労もあったでしょう。妊活とかってさ。今言わないのかな。とに中だししてさ。作ったのにさ。いやらしい。体絡めてさ。こっちが産んでくださいって発注したわけじゃないし。あっちだって作りたくて作ったのか知らんけどさ。ゴム切れたのか。安全ピンか。でも、今どきはさ、ピルとかだってあるでしょ。堕胎だって出来るじゃん。堕胎は殺人だって思ってるわけでもないでしょ。人権擁護の過激派か何かに産むまで監禁されてたわけでもないはずよ。監禁されてたんか。ジャック・ケッチャムの地下室の箱みたいに。そんな訳ないだろ。あんたらがセックスして中に出して、そんで出来て、竜王戦みたいに熟考したうえで産むって決めて、十月十日の後に産んだ子供だろ。その子供が、速読したい、出来るようになりたいって言ってんのよ。別にブランドものだとか言ってるわけじゃない。シモンズのベッドとか言ってないよ。コストコ行きたいって言ってるわけでもない。別荘ほしいって言ってるわけじゃない。スマホ新しいのが出るたびに買ってくれって言ってるわけじゃないじゃん。ちょっと、ゾンアマで、kindleで、セール中のさ、速読の本がさ、一冊ほしいんですけどって、そう言ったんだけどさ、それを、
「ゆっくり楽しめもしない奴が、速読とかって言ってんの?」
とかって言うかね。今考えると。鼻で笑う感じでさ。愛が無いよな。今考えると。そんな風に言わなくてもいいじゃん。もうちょいさ。優しく諭せばいいじゃん。まあ、諭されたりなんかしなかったとは思うけどさ。こっちだって。学生。レディ・バードだったかもしれないけどさ。若いだけの。世界知らねえ。何も知らねえ。綺麗な部分、煌びやかな部分、派手な部分にしか目がいかない。そういうのだったからさ。まあ、諭したところで、そんなもん、右から左だったとは思うけどさ。
でも、その時私は、親にそう言われた時私は、ああ、って思った。ああって。嗚呼。ただのああじゃない。嗚呼。嗚呼。嗚呼。そうだなって思った。ハッとした。今思うと、イタイタのイタイタだけどね。速読したいとか。だって出来るやつにしか出来ないじゃん。ああいうのって。きっとさ。それに、読み飛ばしたりもするんでしょ。速読って。一語一句、全部を読むわけじゃないんだよね。ああいうのって。それはまあ、あとから知ったけどさ。全部が全部そうか知らないけど。だから、まあ、うん。そうじゃねえなっていう感じ。いやまあ、否定はしないけどね。いずれ故人になる個人が速読したい、出来た。出来るようになった。ってなってるのを否定はしないけど。でも、私は別にいいかなって思う。思った。あとからだけどね。まあ、もう死んでるしね。私は。で、なんだっけ、何の話だっけ。
ああ、丑三つ時の話だった。丑三つ時の話してたんじゃん。
丑三つ時。丑三つ時って二時から二時半なんだって。短え。三十分じゃねえか。すぐ終わっちゃうよそんなの。アニメじゃん。プリキュアじゃん。で、私は子供の頃、アニメに限らず、映画とかもドラマとかも、オープニングもエンディングも私は観るタイプだった、CMだって観るタイプだった。今もだけど。だから、それには驚いた。びっくりした。びっくりこいた。アッと驚く為五郎だった。
丑三つ時三十分って。
んでさ、どうして丑三つ時の話してるのかと言えば、私が死んでるから。もう言ってるよね。うん。死んでるのよ私。もう。
参った。若くして死んだのよね。うら若きときに死んだ。いい風に言っていいなら、美人薄命。へへへ。www大草原www
違うか。別にいいけど。とにかく死んでさ、自分でも驚く。驚いた。親にも申し訳ないなって思う。思った。死んだら。親とか、親戚とかにも。でも、まあ、仕方ない。死んだんだもん。死んだ後にどうこう言っても仕方ない。
死んだらどうなるんだろう。どうなんだべ。とか、まあ、私も生きてた時は考えてた。人並みに。中二病の時期もあったしね。上記の通り。人並みに。でも、死ぬとは思ってなかった。子供の頃、今よりも子供の頃ね、終末病院でおじいちゃんの臨終のときに立ち会った事があるけど、もうなんていうか、終末病院にいる、おじいちゃんはもう、あれだった。やばかった。縮んでたし、体も薄くなってたし、呆けてたし、意思疎通も出来なかった。黒ずんでたし。死ぬってこういう事なのかって、思った。それは思った。自分もこうなるのかって。でも、正直実感は無かったな。死ぬって思ってなかったのかもしれない。自分は。子供だったしね。
それが自分でも意外だったんだけど、うら若いうちに死んじゃってさ。で、親より先に死んだら、三途の川で石積むとかそういうのは知ってて、だから、それかあって思った。それさせられんのかあって。嫌だなあって。石積むとかさ。永遠に終わらないんでしょ。あれって。積んでも積んでも鬼が崩しに来るんでしょ。で、無間地獄なんでしょ。あ、違うっけ、最終的には地蔵菩薩様が救ってくれるんだっけ。石一個はどれくらいの徳なんかな。一個につきいくら位の徳あれって。それともガチャ的な感じなのか。多々払わなくては生き残れない。菩薩様は救ってくださらないのか。それともこんな心持ちのやつは一生無理なのか。
ただ、そういうのを知ってたから、死んだ時、それはもう怯えた。積みたくねえって思った。石。
でも、そうならなかったんだ。なんか、なんでか知らないけど。死んでもそこに居てさ。見てたんだよな。私。私の事。運ばれて行く私の事。私。それからゴースト/ニューヨークの幻みたいに、そのうちに誰かが迎えに来るのかなって思ってたんだけど、空から光が差し込んで、天使の梯子みたいなのがあるのかと、あるいは死神が来て連れ去られるのかなって思ったんだけど、どっちも無くてさ。どっちも無くておじいちゃんが来たね。
死んだおじいちゃんが来たね。カキツバタ色の甚平を着た、私が子供の頃に死んだおじいちゃんが来た。
私、海で死んだんだ私。バイトしてたの。海で。監視員のバイト。子供の頃からスイミングスクール通ってたから。そのツテ、ツテっていうのかな。なんか話が来てさ。で、海に大きなビニールプールみたいなの浮かべて遊んでる子供達が居て。それが気がついたら遊泳可能なエリアを越えようとしてたの。それで、私が海に走ったわけ。急いで走って海に飛びこんだわけ。もしかしたら、制止させられてたりしたのかもしれない。おいやめろ。勝手な事するな。みたいなの。然るべき手段というか、救援を待てみたいなの。でも、聞こえなかった。子供達の乗ってるビニールプールはグラグラしてた、今にも転覆しそうだと思った。あの時、私にはそれしか見えなかった。そんで、助けないとっていう事しか頭に無かった。あとから考えると不思議だったね。自分にそんな、他人を助けようっていう気持ちがあるとは思わなかったから。言っても人間じゃん。自己愛じゃん。自己保身じゃん。人間って。よほど成功しているとかだったらねえ。他人を思う気持ちもあるだろうけどね。でも、その時の私はそうじゃなかった。kindleで速読の本が欲しいのに買ってもらえない程度の。そういうやつだったから。
でもちな必死こいてビニールプールまで泳いで行って、乗ってる子供達に確認したの。全員いるかって。誰も落ちてないかって。みんな泣いてた。ギャン泣きしてた。どれもこれもだよ。粒どもが。それを見て私が笑う位、子供達、粒どもはギャン泣きしてた。私が逆にリラックスするくらい。それからビニールプールについてる紐を引っ張って浜に戻る途中。あと三分の二とか、それ位の時かな。突然右足がつって。もうすぐ助かる感。遠足は家に帰るまでが遠足だ的な。私の。何も考えてなかったんだけど、やっぱり私も必死だったというか、無用な力入ってたのかなって思う。そんで、溺れちゃって。子供達は全員助かった。私、私の体は後から来たライフセーバーの人に助けられてた。で、私はそれを見てた。ゴースト/ニューヨークの幻みたいだった。ゴースト観てたからかな。分かったんだよね。私死んだって。死んだんじゃねえかって。そうなの。死んだわけ。こう言っちゃなんだけどさ、いい死に方だったと思うよ。人を助けて死んだわけだからさ。それに誰のせいでもないでしょ。多分。
子供達の責任?
しっかり見てなかった引率者の責任?
そんなのない。
そんな事言ったら、監視員のバイトしてた私の責任だって生まれる。
手前の力量も分からず子供達を助けたくて、自分勝手に海に飛びこんで、そんで死んだわけ。勝手に。つまり私の責任。まあ、他人からそう言い切られるのも嫌だけどね。でも、子供達は助かったし良かったじゃん。
あとこれもあんまり言わない方がいいだろうけどさ、親とか、その場を見てたり、事の次第を知ってる人達には、
「あの子は、子供達を助けて死んだんだ」
って思っててもらいたい。俗物だから私。そらそれくらいの事は考える。そういう感じで思っててもらえると、嬉しいよ。やっぱり。
「自分の力もわきまえずに、勝手に海に飛びこんで死んだ馬鹿な奴」
って思われてると悲しいよ。やっぱり。そらそうよ。言いたい奴には言わせておけばいいっていう様な豪胆じゃないのよ私。口ではそう言ったとか、大言壮語とか、リリィ的な。バトル・クライ的な。そういうのは言うかも知れないけど、私だってレディ・バード味があっただろうから。でも内容物はそういうのじゃない。悪口とか聞いちゃうと、えー、もー、あー、って思っちゃうwww
子供達には気にしないで貰いたいなあ。未来ある。レベチである。子供達には。わがままかもしれないけど。でも、気にすんなよ。忘れちまえよ。謝るなよ。未来を陰させるなよ。思い悩むことねえよ。おいしいもん食って寝ちまえよ。
とに、そういう経緯があって私は死んだ。死んだらどうなるのだろうと思ってたけど、気がついたら普通にその場にいた。浜に立ってた。青白くなって意識がなくなった私の事を、私は見ていた。人が沢山集まってた。みんなして、私が息してないとか救急車を呼べって怒鳴ってたり、心臓マッサージとか、人工呼吸とかされてた。私。それを見ていた。私の体が救急車に乗せられるのも見ていた。救急車に乗せられた私は呼吸器を付けられていた。サイレンがピーポーピーポーってなっていた。
それから、どうしたもんかと思った。私は私が乗った救急車には乗らなかった。浜辺に残ったんだ。溺れた人の知り合いではあるけど、でも救急車に乗るほどの知り合いではない。みたいな感じで。
それで、それから少し考えて海に入った。なんだろう。やることが無かったっていうか。とにかく泳ぎたくなったんだ。なんか。なんでか。全力で泳ぎたくなったんだ。屈伸とか膝を回したりとか、準備運動をして、死んでからやって意味あるのかなって思ったけど。
それから海に入った。
そんで、泳いだ。クロールで息が切れるまで泳いだ。限界までクロールで泳いだら、今度は背泳ぎに替えて、ゆっくりと海を、泳いだ。死んでいても、海は気持ちよかった。水は気持ちよかった。死んでいても、海は塩辛かった。
私はとにかく泳いだ。暗くなるまで泳いでいた。浜に戻るともう誰もいなくなっていた。ビーチに座り込んで、どうしよう。どうすればいいのかなって。そんな事を考えた。タオルもねえ。って。そんな事も考えたりした。でも、全力で泳いですっきりしていた。カラオケで歌いまくってオールした後みたいに。そしたら、そこにおじいちゃんが来た。誰かが歩く音、砂浜の砂を踏む音がして、見るとそこに死んだおじいちゃんが。カキツバタ色の甚平を着た。おじいちゃんがいた。
「おじいちゃんじゃん」
「おうおう、どうしたお前」
おじいちゃんは死ぬ時のおじいちゃんと違った。まだ歩けて、手を繋いで私と一緒に散歩とかしていた、元気だった頃のおじいちゃんだった。私の体もいつの間にかその頃の大きさに、さっき助けたビニールプールの粒ども程の大きさになっていて。
「もう大丈夫だからな」
おじいちゃんは言った。私は、なんだかホッとして、立ち上がっておじいちゃんと手を繋いだ。これから死出の旅路に出るんだろう。そう思った。それの為におじいちゃんはわざわざ迎えに来てくれたのか。そう思うと、ありがたいやら申し訳ないやら、そういうのがジャクソン・ポロックの作品みたいに私の中にマーブルに溢れて。
おじいちゃんが死んだ時、お坊さんが来てある話をした、
「死出の旅、その度時は真っ暗で、先が全く見えません。しかし生きている皆さんが故人の事を想って手を合わせて祈ることで、その旅路に光が差します。光が故人の足元を照らし、先を見通すことが出来るようになります」
そういう話だった。いい話だった。
私の場合は、おじいちゃんが来てくれた。よく仏壇に手を合わせて祈っていたからだろうか。墓参りをしていたからだろうか。とにかく有難い事だった。有難い事この上なかった。
「おじいちゃんあざすです」
「んふ」
おじいちゃんはそうやって鼻で笑うだけだった。親みたいに。私の両親みたいに。速読の本が欲しいって言った時の親みたいに。
「ゆっくり楽しめもしない奴が、速読とかって言ってんの?」
で、鼻でふんっていう感じみたいに。
でもまあ、これならよかったな。助かったなあ。ホントに。いやほんとに。私はそう思った。おじいちゃんと手をつないだまま歩いて、視界がぼやけていって、暗くなっていって、やがて意識が途切れ、目を覚ますと病院だった。
「ええっ?」
声を出すと看護師が来た。私はその看護師に名前を呼ばれた。




