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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死にゆくエルフに銃口を

作者: 蓮根三久

 エルフってやつは、遥か昔の大昔、この世界に存在していたらしい種族だ。そいつらは長い耳を持ち、森の中で和気藹々と、小さな集落をつくって暮らしていたんだと。


 でもま、俺にとっちゃそんな御伽噺、信じられるわけも無く、ただひたすらに現実を生きるだけ生きるしかなかったのさ。それが人間ってもんだろ?


 だから俺が、あいつに会った時は驚いた。本当にいたのか、ってな。第一印象はただ人より耳が長いだけの美人だったが、確かにあいつの言葉には含蓄ってもんがあった。


 含蓄って知ってるか?知らなけりゃ、まあいい。


 とりあえずよ、今から俺がお前に話すのは、かつてこの世界にいた最後のエルフの物語だ。


 既に死んで、この世界の藻屑となった女の話さ。



☆☆☆



「あなたはね、あなただけは生き延びてね」


 誰かが言っていた。私はもう、その誰かが誰なのかも思い出せない。そもそも私の、自分の名前が何だったかさえ分からない。ただ今は、誰かから貰ったことだけは覚えているこのカラフルな民族衣装を身にまとって放浪するだけ。

 いったいどこが、私のゴールなのだろう。


 私は、すっかり薄汚れて、靴底が剥がれてしまった靴を見た。ここまで歩いてくるのにあった水たまりや泥で、すっかり茶色くなってしまっている。

 その汚い靴を脱ぐと、夢かと疑いたくなるくらい奇麗な足が顔をのぞかせた。


「……まったく、忌々しい」


 私は呟いた。呟いてすぐ側にある硝子を見た。そこには、フードの中に収まった、もう何百年も変わらない顔が写されていた。強いて言うなら変わったのは髪の長さくらいだ。


「こんなのが欲しいなんて、人間には呆れたものだ」


 人は、私という、現代に残された最後のエルフを追い求めて、世界中を血眼になって探している。エルフの肉を食べたら不老不死になる、なんて噂を真に受けて。

 そこで私は思い出した。ただあても無く、大した目的も無く、逃げるためだけに逃げ続けていたという事に。


 私にはゴールなんて用意されていないという事に。


「じゃあなぜ、まだ私は歩きたいって思うんだ」


 ゴミ箱にもたれながら呟いた。その呟きは間違いなく独り言だったわけで、回答も何も求めていなかったのに、彼は答えた。


「それは単に、お前がまだ生きたいって思ってるだけだろうね、最後のエルフさんよ」

「え……?」


 彼は、突如として私の前に姿を現した。音も無く。もしかしたら、降りしきるこの雨の音が、彼の歩く音を掻き消していたのかもしれない。

 私は体を起こして駆けだそうとした。しかし、彼の足によって肩を押さえつけられ、身動きなんて取れなかった。


「まあ落ち着けよ。」

「落ち着いてられないわ。私はどれだけ生きたと思ってるの?最近はもう数えていないけど、三千年は越えているわ。そんな長い安寧の日々にいきなり死が訪れたら、そりゃ落ち着けなくもなるでしょ?」

「三千年も生きたらもう充分だろ」


 彼は懐から消音機サイレンサー付きの拳銃を取り出した。


「俺はこんなんでも殺し屋でな」

「こんなんでも?見るからに殺し屋でしょう?」


 闇を彷彿とさせる黒く長い外套と、それと全く同じ色の長ズボン。顔を覆うマスクと、その上から覗かせる鋭い眼光。殺し屋と言うよりマフィアに近いかもしれない。

 ただ彼は頑固だった。


「”こんなんでも”だ。そこは譲らねぇ」


 そう言って彼は、銃口を私の額に突き立てた。


「殺すの?」

「殺すさ。お前が死にたいんならな」


「死にたくなかったら殺さないの?」

「殺すさ。それが俺の仕事だからな」


 私は心の中で溜息を吐いた。

 そして、言った。


「殺しなさい。私はもうどうせ長くない。エルフにも寿命ってものがあるのよ。それが近づいてきているっていうのはひしひし感じていたことだから。だからとっとと殺しなさい」


 私は覚悟を決めて目を閉じて、その時が来るのを待った。しかし、それは来なかった。


「ねえ、撃たないの?撃たないのなら、見逃してくれない?」

「いやいや、もちろん見逃さないさ。でもその前に、俺の昔話でも聞いてくれないか?」


 殺し屋は変なことを言った。私はその発言の裏を汲み取ろうと思ったが、それは今際の際にすることではない。死ぬ前にすることは過去を振り返ることだ。

 しかし私にはその過去も思い出せなかった。


「いいわ。聞いてあげる。でもそうね、条件を付けましょう。その話が私にとって価値のある話だったなら、私はお前に大人しく殺されてやるわ。でも、無価値でつまらない話なら、私の事を逃がしてちょうだい」


 殺し屋はしばらく考えると


「いいぜ。その条件で飲んでやる」


 と笑いながら言った。


「じゃあまず俺の、殺し屋の話でもしようか。て言っても、俺は厳密には殺し屋じゃねぇ。賞金稼ぎ(バウンティハンター)だな、どっちかって言うと」

賞金稼ぎ(バウンティハンター)?」

「ああ、そうさ。お前の首にも多額の賞金が懸けられてるぜ」


 この世界に最後に残されたエルフなのだから、何も罪を犯していなくとも金を掛けられても仕方ないのか。なんて破綻した理屈に、私は「人間はくだらないな」と愚痴をこぼした。


「で、話を続けるとな、俺が賞金稼ぎを始める前なんだが、まあ平和な国で学生をやってたんだ。俺にとっちゃ別に平和ってわけでも無かったけどよ」


 賞金稼ぎは溜息を吐いた。


「そんな学生時代の俺なんだが、ある日自分に特殊な能力があるんじゃないかって思ってな?」

「なるほど。つまらなそうな話ね。もう逃げていい?」

「逃げても無駄だぜ。その、俺の能力っていうのは狙った人と必ず出会える能力だからな」


 賞金稼ぎは言葉を続けた。


「まあどんな契機だったかは覚えてねぇ。聞いたらどうやら、俺の親もその力を持ってたんだ。遺伝するらしいぜ?とりあえず俺はその力を使って金稼ぎを始めたんだが、どういう方法でやったと思う?ま、お前には分かるだろうけどよ」

「賞金首を、指名手配犯を捕まえた、ってところでしょうね」

「大正解さ」


 賞金稼ぎは手を大きく広げた。


「いや、初めは便利だったさ。指名手配犯を捕まえて、金を稼ぎながら平和を守る。そんな自分に酔いしれもした。だがな、ある日俺はいつも通り犯罪者を捕まえたときに、あることをそいつから言われたんだが、それが何だか分かるか?」

「分かるわけないでしょう?」


 私は呆れながら呟いた。


「で、その言われたことって?」

「この人殺しってさ」


 彼はそう言って、笑い始めた。


「ちなみにそいつ、十代かそれ以下の女子を十二人も監禁して、レイプして、殺してたような奴なんだぜ?そんな奴に言われる筋合いはねぇってな、今はそう思うんだが、当時は違った」


 彼は、笑うのをやめた。


「俺がしていることなんて、正義をかざして人を殺しているだけで、その犯罪者たちと何が違うんだって、そう思っちまった」

「………」

「もちろん俺は直接手を下したことなんかないさ。でもな、結局俺に捕まったそいつらは死ぬんだ。じゃあ実質俺が殺しているようなもんだろ?そう考えたら、殺し屋って名乗りも別に間違っちゃいないだろ?」


 私は、彼の言葉を理解して、そして笑い始めた。


「フハハ!確かに私にとって価値のある情報だな、それは」

「そうさ。つまりお前は、まだ死んでないってことだ」


 彼は人を殺さない殺し屋。私が出した条件は「その話に価値があったらお前に殺されてやる」だった。つまり私には、元から今ここで殺されるという選択肢は無かったというわけだ。

 それが分かって一つ安心したのだが、しかし気になることがあった。


「なあ暗殺者、どうしてそんな条件を飲んだんだ?お前にとって、間違いなく不利なものだろう?」

「ああ、それはな、お前が俺から逃げられないってことだけで充分だったからさ」

「………どういうこと?」


 頭に疑問符を浮かべる私に、彼は言った。


「いやいやさ、つまりは俺は、そろそろこういう稼業からも足を洗おうかと思ってるのさ」

「答えになっていないけれど?」

「お前も嫌だろ?誰にも看取られずに、一人寂しく逝くのは」

「つまり?」


 彼は急に真面目な顔をした。


「俺と来ないか?最後のエルフ」


 淡々と、彼はそう告げた。私はと言うと、まあ少し呆けていたらしい。




 連れてこられたのは、都会から少しばかり離れたところの、森の中にある小さな小屋だった。

 古くはあるが汚くはない、そんな印象の小屋は、なんと賞金稼ぎの家らしかった。


「まあ、座れや」


 彼は椅子を引いた。私はそれに腰かけた。


「どういうつもり?賞金稼ぎ」

「別に何か、悪いことをする気はないさ、最後のエルフ。ただ単に、俺はもうちっとばかしお前と話をしてみたくなったってだけさ」


 そう言いながら、彼は私の手前に紅茶を置き、対面に腰かけた。


「ただな、いつまでも俺の事を賞金稼ぎって呼んだり、お前の事を最後のエルフって呼ぶのは面倒くさいだろ?」

「そうかしら?私はそうでもないわ」

「俺はそうでもあるんだよ。だからよ、お互いに呼び名を決めようぜ」


 彼は机に二枚ずつ紙を、二本ずつ鉛筆を置いた。私はその様子を眺めていた。


「私は別に、呼び名なんて……」

「だから俺が決めてぇんだよ。ほら、お前も考えろ」


 渡された紙と鉛筆を見て、溜息を吐いた。いったい私はここで何をやっているんだろう。

 すらすらと鉛筆を走らせる彼の姿にまた溜息を吐きながら、とりあえず雑に考えることにした。


「できた」


 最初に考えたのは私だった。


「私が”エルフ”で、お前が”人間”」

「却下だ。なんで種族名で言うんだ。猫に猫って名前つけるのと同じくらい雑な名前だぞ」

「じゃあお前が発表しなさい」


 彼は自信ありげに紙を見せた。


「俺が”フルエ”でお前が”エリー”」

「なるほど、で、それはどういうオチの冗句?」

「冗句じゃねぇ。俺の苗字は古江(ふるえ)だからな、そこから取った。エリーはまあなんかエリーっぽいからエリーだ」


 私と同じで雑に決めてんじゃないか。なんて心のツッコミは心の中に留めておいた。


「ま、それでいいわ。私がエリーでお前がフルエね」


 私は手元に置かれていた紅茶を飲んだ。とても香りが良い。かなり上等なものらしい。


「フルエ、この茶葉はどこで手に入れたの?」

「え?あぁ、近くのスーパーだけど」

「………」


 この時、私は別に、高い茶葉だと思ったら安いもので恥をかいたから黙った、というわけではない。 


「すー…ぱー?」


 人との関わりを拒絶してきた私には、この国の人間が買い物をするところなんて知るわけが無かったからだ。


「あぁ、スーパーだ。そこにはなんでもあるぜ?肉も、魚も、野菜も」

「そんな便利なものがねぇ」

「行ってみるか?」


 その誘いは、断る理由が無かった。




 スーパーマーケットなるものから帰って来た時、もうすっかり家は暗闇に包まれていた。彼が壁についている凸を押すと、部屋全体に明かりが灯った。


「案外一日は早いものね。フルエと会った時はまだ朝だったのに」


 私がポツリと漏らした言葉に、フルエは反応した。


「お、早く感じたのか?」

「そうね、いつもよりかは」

「それはきっと、エリーが楽しいって思ってたからだと俺は思うぜ」

「そんなこと言わないで」


 本気にしてしまう自分がいるから、なんてことはもちろん言えない。なんだか小恥ずかしいのだ。フルエに内心を打ち明けるのが。


「じゃ、時間も時間だし飯にするか。買ってきたものだけど」


 フルエはそう言って、白い袋から透明な箱に入った肉やら米やらを取り出した。そして淡々と夕食の準備をし、机には見るからにおいしそうな料理が広がった。

 彼は私に箸を差し出した。


「放浪生活じゃ、ろくに飯も食えなかっただろ?たんと食え」

「…ただ単に、ご飯を食べる必要が無かっただけよ」


 私は差し出された箸を受け取らなかった。


「小さい頃は食べるけれど、ある時から食べなくても良くなるのよ。それがエルフなの」

「そうか、じゃあ食えよ」


 彼は、箸を私の皿に置いて、手を合わせた。


「久しぶりの飯ってのは、感動するもんだぜ?」


 知ってるかのように言う彼は「いただきます」と言って、食事に手を付けた。私もそれに倣った。


「……いただきます」


 箸の使い方は、彼の真似をしたら何とかなった。

 茶色く焼かれたような肉を掴み、口に入れる。


「………おいしい」


 思わず零れた。それを隠そうと咄嗟に口を手で覆った。そんな様子をみたフルエは笑っていた。



 そこからの日々は、とても早かった。

 朝起きて、フルエと共に朝食をとり、一緒に家で他愛もない話をして過ごす。

 昼になれば、昼食をとり、買い物にでも出る。私は危険だからと家から出させてもらえなかったけど。

 そして夜、夕食を作って食べて寝る。

 そんな、人間には一般的で単純なその生活の繰り返し。それが私にはなんだか楽しかった。



 そんなある日の朝、私は立てなくなった。

 ベッドに縛り付けられたかのように、体が全く動かなかった。

 私はもしかして彼に嵌められたのかと思ったが、いつまで経っても朝食を食べに来ない私を迎えに来た彼の顔には、焦りと動揺と後悔しかなかった。


「ごめん…エリー…本当に…俺が悪かったんだ…!」


 彼はベッドの横で泣きながら言った。どうしてそんなに謝っているのかは、昨夜の出来事を思い出せば分かった。


「大丈夫よ、フルエ。分かっていたこと。あなたは悪くないわ」

「でも…でも……!俺が昨晩、君に…!」


 彼が泣く姿はこれまでで初めての光景で、私は少しだけ動揺した。だがしかし、一番動揺しているのは彼だった。


「ねぇ、フルエ―――」


 私は彼に、思っていた気持ちを告白し始めた。


 彼はそれを聞いて、また泣いた。



 私はベッドで季節を五回経験したその後、息を引き取った。




☆☆☆




「まあそんなわけで、あいつの物語はこれでおしまい。エルフのエリーは人間のフルエに恋をして、やがて結ばれ幸せに暮らしたとさ。最後はなんだか悲しいけど、よくある御伽噺って感じだろ?」


 俺の言葉に娘のリオは頷いた。俺は、腕の中に収まる彼女に本を読んでいた。タイトルは書かれていない。

 娘はその本が好きだったので、俺は良く寝る前に読むことにしている。俺もその本が好きだ。


「展開は現実っぽいけど、登場人物にやっぱ現実味が無いよね。エルフはもちろんだけど、賞金稼ぎもこの世界にはいないじゃん」


 俺はリオのその一言に同意する。


「ま、そうだな。エルフなんてもうこの世界のどこにも存在してねぇし、賞金稼ぎとか殺し屋とか、そんな職業の奴は時代の流れと一緒に流されて行っちまった。安定しねぇし需要もねぇからな」


 俺は本を傍の机に置き、電気を消した。


「ていうか、なんであいつって呼んでるの?もしかして会った事でもあるの?」

「ん?もしかして、エルフがいるって信じてるのか?」


 茶化すと、彼女は頬を膨らませた。


「ま、信じていた方が良いかもしれないな。もしかしたらリオ、いずれ会えるかもしれないぜ?まだ残ってるかもしれないエルフにな」

「はぁ?そんなわけないでしょ?ありえないよ」


 彼女はそう言って俺を突き放したが、俺は言葉を続けた。


「あり得なくなんかねぇよ」


 俺はリオとベッドに寝転がった。


「だってお前は俺の娘なんだぜ?」


 俺の言葉に、彼女は呆れたように言った。


「何それ、意味わかんない」


 彼女は俺の反対を向いて寝た。俺はその様子に溜息を吐いて、目を閉じた。


 エルフが耳の長い超長寿の種族という定義なら、俺が会ったのは間違いなくエルフじゃなかった。 

 あいつはただの、耳が普通より長いだけの人間でしかなかった。俺の中では、あいつはただの愛らしい美人な人間だった。


 いつまでも。

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