海戦の終わり
まずは本当にすみません。
過去最高に投稿が遅くなってしまいました。
海戦の終わり
眼下に見える米艦隊を眺めながら、
第三次攻撃隊隊長上本少佐はトツレを通信員に打たせた。
全軍突撃態勢を取れ、の略である。
合計百六機の攻撃隊はトツレを受けて、敵艦隊に猛然と襲いかかった。
敵の稼働空母数は二隻。
これを潰せさえすれば、ハワイ救援は第一機動部隊に任せておけばいい。
飛行長にそう言われていた上本少佐は輸形陣のど真ん中にいる空母に眼を付けた。
空母群旗艦「エセックス」である。
上本は愛機である天山艦攻の飛行高度を一気に下げると横滑りさせながら、
六機の列機と共に距離を詰めていく。
上本は対空砲火の凄まじさに首を竦めながらも、
エセックスに六百メートルという超近距離まで接近すると、
魚雷を投下した。
青い海原に白い航跡が真直ぐに進んでいく。
それと同時に機体を急上昇させる。
右舷に放たれた六本の魚雷の内三本がエセックスの艦底に吸い込まれていく。
三本の水柱が轟然と噴き上がるのを確認してから上本は周囲を見渡した。
一刻も早く帰艦したいところだが、
最期まで残って戦果を確認するのが指揮官の務めである。
上本が狙った空母は、煙突の半分が崩落して、そこから炎が噴き出ている。
もう一方も黒煙を噴き上げてはいるが、
いいところ中破に近い大破判定と言ったところか。
それでも敵稼働空母は完全に沈黙させたのだ。
十分すぎる戦果だろう。
最後に去っていく艦攻を眺めながら、サミュエルはぎりりと口を噛み締めた。
艦橋はなんとか被害を受けずに済んだが、旗艦「エセックス」は沈没寸前だ。
隣のイントレビッドには通信がつながらない。
おそらく、艦橋がやられたのだろう。
「司令、味方からの無電です。」
「…戦果は。」
「タイホウクラスの内一隻に、爆弾三発、魚雷一発が命中、大破。
もう一隻に爆弾二発が命中、中破。
中型空母…おそらくジャップで言う軽空母に爆弾五発命中で大破。
こちらの被害はおよそ四十機だとのことです。」
報告を聞いたサミュエルはほんの少しだけ愁眉を開く。
「そうか、どうやら互角には持ちこめたようだな。」
「ええ、ですが…。」
そう言うと部下は顔を暗くする。
「分かっている、敵には後続がいるが、こちらには後続の機動部隊はいない…だろ。」
「ええ、制空権を取られては、上陸している海兵隊はかなり不利になります。」
「……とりあえず、ハルゼー長官に報告だ。」
「司令、レーダーに敵航空部隊を捕らえました。
おそらくミッドウェー航空隊です。」
サミュエルと部下の会話に割り込むように、レーダー員が怒声を上げる。
「………。」
サミュエルは思わず空を仰いだ。
別にミッドウェーの航空部隊を失念していたわけではない。
それでも、これから受ける被害の事を考えると、天を仰がずにはいられなかった。
一方、第三機動部隊司令長官角田中将もサミュエルと同じく天を仰いでいた。
なんとか大鳳、海鳳は消火に成功したが、大鷹は消火に失敗し、総員退去ののち、
自軍駆逐艦による魚雷で沈没処理させた。
国力の低い日本にとっては、貴重である空母の一隻を失うこととなってしまったのだ。
これで、対米戦で日本が失った空母は二隻。
いずれも軽空母なのが不幸中の幸いと言ったところか…。
しばらくして、ミッドウェー航空部隊からも、
空母一隻に八百キロ爆弾を二発命中させたとの報告が入った。
「…海戦は痛み分けと言ったところか。」
「ええ、ですがこちらにはまだ小沢長官率いる第一機動部隊が控えています。」
「そうだな、後は小沢さんに任せるとしよう。」
角田はそう言うと、帽子を深く被り直した。
「ジャップめ。」
太平洋艦隊司令長官ハルゼー大将は、
旗艦「アイオワ」の艦橋で顔を真っ赤にしながら怨嗟の声を上げた。
参謀達は暗い顔をしたまま黙り込んでいる。
夜間雷撃が成功したという報告を受けたときの空気が嘘のようだ。
無理もない。これでまた米海軍の稼働可能な正規空母は零になってしまった。
残された空母はカサブランカ級が八隻、しかも現在ここの海域にはいない。
これではどう考えても勝ち目は無い。
「なあ、キンケイド、君ならどうする。」
「…、ここは一時撤退と言いたいところですが、もう我々には跡が無いのでしょう。」
キンケイド参謀長は自虐気味に答える。
前任のムーア大佐は、
米海軍の大将の参謀長には少将を充てるという規定により、参謀長のポストから離れていた。
「ああ、その通りだ。ここで撤退すれば、
もうジャップとの戦争はしばらくお預けだろうな。」
「ならば、夜戦しかありますまい。砲撃戦でしたらこちらにも勝ち目が見えてきます。」
「錬度に問題がある事を除けばな。」
「………。」
ハルゼーの言葉にキンケイドは沈黙する。
現在ハルゼーが率いている戦艦はどれも最新鋭のものばかりだ。
最新鋭と言えば聞こえはいいが、射撃は錬度がものを言う。
そして、乗組員の錬度にはかなり不安があった。
昔とは違い、マイクロ波を利用した射撃管制用レーダーがあるとはいっても、
それは敵にも同じことが言えるのだ。
だが、敵はこれまで幾度となく海戦を経験している。
正直言ってよほどの事がない限り、勝つことは難しいだろう。
「長官。」
「何だ。」
「ここは撤退を進言します。」
キンケイドの言葉にハルゼーの眼が大きく見開かれる。
「さっき、言っていた事はどうなったんだ、キンケイド。」
大きく見開かれた眼を細めながらハルゼーは呻き声のような声を上げる。
「長官の言われた通りです。夜戦を挑むのは無謀でしょう。
ここは撤退し、戦力を維持し、来るべき再戦に備えましょう」
「ハワイにいる九万の米兵はどうするんだ。」
「ハワイなら自給自足も不可能ではないはずです。」
「見捨てると言うのか。」
「……、長官、ここで突っ込んでも結果は同じです。」
「………。」
「長官。」
「キング長官に連絡を取る。それからでも遅くは無いはずだ。」
そう言うとハルゼーは艦橋を降りていく。
その背中に哀愁のような物を感じながらキンケイドは唇を噛み締めた。
「敵正規空母、二隻撃沈、二隻大破、一隻中破か。」
空母「信濃」「葛城」「赤城」「加賀」「瑞鶴」「翔鶴」
戦艦「大和」「武蔵」を中心とする第一機動部隊の主である、
第一航空艦隊司令長官小沢中将は、報告書を読みながらぽつりと呟いた。
「さすがは角田長官です、これで我々はハワイに集中できますな。」
嬉しげに言う城山参謀に小沢は厳しい顔を向けた。
「こちらは幸い、正規空母の沈没は無かったようだが、大鷹が沈んでおるのだ。
油断は慢心を生む。」
「申し訳ありません。」
「うん。」
城山の謝罪に小沢は軽く頷くと、延々と続く海原に眼を向けた。
角田君のおかげで敵航空戦力の恐れは無くなったが、
依然、ハワイにはおよそ九個師団の米兵が上陸しているのだ。
一刻も早く、救援に向かわなければ、そろそろ林少将率いるハワイ駐屯軍も限界だろう。
「まだ、戦争は終わらないのか。」
誰にも聞こえない声でぼそりと呟きながら、小沢は海原を眺め続けた。
もう少しで第一部は終了です。
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