第二次ミッドウェー海戦
遅くなってしまいました…
第二次ミッドウェー海戦
「レーダー室より艦橋、電探に感あり。方位二百二十度、距離七十海里から敵編隊接近。
速力はおよそ四百五十キロです。」
「ついに来たか、不燃処理は完璧だろうな。」
「はい、完了しています。」
「そうか、御苦労、敵航空機の数は。」
「おおよそですが、二百機ほどかと。」
「意外に少ないな、
ミッドウェー島からの支援も入れれば三百機は超えるかと思っていたが。」
米空母群司令官サミュエル中将はそう言うと椅子に腰かけた。
再びレーダー室から報告が入ったのはそれから五分後の事だった。
「レーダー室から艦橋、電探に新たな感あり。方位二百四十度、距離九十海里。
速力はおよそ三百五十キロです。」
「方位から言ってミッドウェーの航空隊だな。…ジャップの奴ら、波状攻撃で来たのか。」
サミュエル中将の声に不安げな感情が滲み出ている。
「どうされますか。」
参謀のマクレル大佐がサミュエルに尋ねた。
「ひとつずつ確実に対処しろと伝えろ。」
サミュエルはそう言うと腕組みをした。
しばらくすると見張り員からも報告が届いた。
「敵機視認、直掩のF6Fが突撃していきます。」
爆発音と共に列機の彗星が四散していくのを見て、
艦爆隊隊長服部少佐は唇を噛み締めた。
鉄の味が口の中に広がっていく。
敵の直掩機は護衛の烈風のおかげで大した脅威にはなっていない。
真に脅威となっているのは敵の対空砲火だった。
炸裂する無数の黒い花が眼下に花開き、次々と列機が落とされていく。
それでも服部は何とか敵空母の上空まで辿り着くと狙いを定めた。
突撃命令を下し、スロットルを全開にすると一気に突っ込んで行く。
服部隊が狙った米空母は「レキシントンⅡ」だった。
列機の九機は一本の槍となってそのあとに続いた。
急降下につきものである、魔女の悲鳴のようなエンジン音が服部の耳に響く。
いくつもの海戦を戦ってきた服部には聞き慣れた音だ。
照準器の中に敵の巨体が広がってくる。
信濃級空母程ではないが、かなり大きな空母だ。
飛行甲板がみるみるせりあがってくる。
「テッ。」
少佐は叫ぶなり五百キロ爆弾を投下した。
途端にふっと機体が軽くなり、服部は力の限り操縦桿を引いた。
血の気が引き、目の前が真っ白になるが歯を食いしばり、それに耐える。
急上昇しながら服部は顔をひねる。
瞬間、艦尾付近に深紅の火柱が噴きあがるのが見えた。
素晴らしい光景だ、続いて甲板のど真ん中にも火柱が噴きあがった。
次々と爆弾が命中していく。合計にして四発の命中、上出来すぎる戦果だった。
「畜生。」
レキシントンⅡの艦長である、シャーマン大佐は怨嗟の声を上げた。
珊瑚海海戦で前代レキシントンを失ったシャーマンは、
再び艦長に任命された時、
何としてもこのレキシントンはジャップに撃沈させないと自分の心に誓っていた。
五百キロ爆弾を四発浴び、速度が二十ノットにまで落ち込んでいるにも関わらず、
敵雷撃機の魚雷を、彼はことごとく回避していた。
しかし、ついにそれにも終焉が訪れる。
「右舷及び、左舷に敵雷撃機、挟まれました。」
両舷合わせて十二機の雷撃機が攻撃態勢に入っている。
いわゆる挟叉攻撃である。
これをやられると撃ち落とす以外、敵艦には回避する術が無い。
それでもシャーマンは必死に回避行動を行う。
努力の甲斐あって九発の魚雷を回避することに成功したが、
左舷の三本の魚雷は避けることができなかった。
たちまちレキシントンは傾斜していく。
それでも最新のエセックス級空母である。
注水によって何とか艦を安定させることができた。
その頃、サミュエルは次々に入ってくる報告に顔を歪めていた。
エセックス、五百キロ爆弾二発命中、小破。
イントレピッド、五百キロ爆弾一発命中、小破。
レキシントンⅡ、五百キロ爆弾四発、魚雷三本命中、大破。
フランクリン、五百キロ爆弾七発、魚雷四本命中、沈没寸前。
ヨークタウンⅡ、五百キロ爆弾三発命中、魚雷五発命中、大破。
他駆逐艦二隻轟沈。
甚大な被害である。現在作戦可能な空母はエセックスとイントレピッドだけだ。
「噂には聞いていたが、これほどとは……。」
サミュエルは茫然とつぶやく、やつらは強い、強すぎる。
猛烈な対空砲火で五十機程は喰ったようだが、こちらの直掩機もだいぶ喰われた。
それに加えて空母三隻が運用不可だ。五十機では割に合わない。
それにこれで終わりではない。まだミッドウェーの航空部隊がいるのだ。
下手をすれば空母が全滅と言う事態にもなりかねない。
「すぐにまた攻撃隊がやってくるぞ、準備怠るな。」
サミュエルは怒声を上げた。
米空母から飛び立った、およそ三百機の攻撃隊は、
日本の攻撃隊が米機動部隊に到達してから、
十分ほど遅れて第三機動部隊のもとへと到着した。
たちまち多数のアーサー(烈風)が襲いかかってくる。
部下がやられていくのを見て、
攻撃隊指揮官アダムズ中佐も服部と同じように唇を噛み締めながら、
高度四千メートルで突撃態勢へと入った。
以前の米軍の急降下爆撃進入角度はおよそ五十度だったが、
現在の進入角度は日本海軍と同じく、六十度である。
ミシミシという機体が軋む音が聞こえる。
対空砲火の炸裂音と共に衝撃がアダムズの中隊を襲う。
それでもアダムズは狙った空母だけに集中している。
六隻の空母の中ではとりわけ巨大な空母である。
おそらくタイホウクラスだろう。
「高度六百。」
後部座席の部下が叫ぶのと同時にアダムズは爆弾を投下した。
それにならって列機が次々と爆弾を投下していく。
激しい爆発音と共に水柱が噴き上がる。
まだ命中弾は無い、アダムズが舌打ちしようとしたその時だった。
水柱とは違う紅蓮の火柱が敵空母のど真ん中に噴き上がった。
「よしっ。」
アダムズは笑みを浮かべる、タイホウクラスは重装甲だと聞いてはいたが、
命中は命中だ。損害を与えたことに変わりない。
上空を旋回しながらアダムズは周囲を眺める。
黒煙を噴き上げていない空母はいない。
急降下爆撃は上手くいったようだ。
だが……、アダムズは表情を暗くする。
雷撃部隊は熟練のパイロットを夜間雷撃で失ったということもあるのだろう。
どう見ても魚雷が命中している空母は見当たらなかった。
再び唇を噛みながらアダムズは無線を手に取った。
「………、帰艦するぞ。」
「何とか乗り切りましたな、長官。」
「ああ。」
第三機動部隊旗艦「大鳳」の艦橋では角田長官を始め、皆が笑みを浮かべていた。
空母の損害はかなりのものだが、撃沈された空母は無い。
第二次攻撃を行ったミッドウェー航空部隊によると、
炎上、及び傾斜で沈黙していた空母に八百キロ爆弾が四発命中、轟沈。
他空母二隻に八百キロ爆弾が合わせて二発命中とのことだった。
水平爆撃でこの命中率なら十分だし、
なにより空母一隻を撃沈したということが大きかった。
こちらの被害は、
大鳳、五百キロ爆弾二発命中、小破。
海鳳、五百キロ爆弾三発命中、小破。
飛龍、五百キロ爆弾二発命中、中破。
蒼龍、五百キロ爆弾二発命中、大破。
隼鷹、五百キロ爆弾三発命中、大破。
大鷹、被害なし。
駆逐艦白波が蒼龍への魚雷攻撃をかばい轟沈。
三百機の攻撃隊の攻撃を受けたにしては奇跡に近い損害である。
なかでも二十ノットの低速しか出せなかった蒼龍に二発の命中弾しか出なかったのは、
艦長の柳本大佐の操艦技術と白波の犠牲があってこそだった。
「長官、第三次攻撃隊はどうされます。」
参謀の一人が角田に問いかけた。
「……攻撃したからには徹底的に叩かねばならん。
まだ敵にも運用可能な空母が二隻残っているとのことだからな。
二航戦と隼鷹は駆逐艦を付けて後退させろ。
それとミッドウェーの航空基地に再度出撃要請を出してくれ。」
「了解しました。」
角田の言葉に青山参謀は心の中で笑みを浮かべた。
やはり、角田長官は猛将だ。
機動部隊の長官になって多少思慮深さも出てきてはいるが、
根っこの部分は変わらないらしい。
「第二次攻撃隊を出す。」
そう言ったサミュエルに参謀達も頷かざるを得なかった。
ここで退いたら、ハワイを取り戻せる機会はいつになるか分からないからである。
敵の空母は残り三隻にミッドウェーの航空部隊、こちらは二隻。
分は悪いが、サミュエルはなんとしても互角に持ち込む腹積もりだった。