日本軍、真珠湾を占領す
日本軍、真珠湾を占領す
「状況はどうだ。」
やつれた様子の太平洋艦隊司令長官ニミッツが部下に話しかけた。
「弾薬、食料がほとんど無くなってきました。
連日の空襲で陣地も崩壊寸前です。」
ニミッツ、ヴァンデグリフト達がジャングルに陣地を築いてからもう一カ月が立つ。
さすがに限界が来ていた。
「医療物資ももう尽きて久しいな。
負傷者も多い。弾薬も尽きるまであと三日といった所かな。」
その時、上空からいつものエンジン音が聞こえてきた。
日本機動部隊は戦力補充のため、本土に帰還したようだが、
軽空母群に搭載していた機体を真珠湾の飛行場に移転させ、
空襲を繰り返していた。
もう対空兵器も壊滅したため、上空からの攻撃にはなすがままだ。
運悪く烈風の六十キロ爆弾が温存していた数少ないM4戦車に直撃する。
将兵たちは怨嗟の声をあげる。
だが今日の空襲はこれだけでは終わらなかった。
「長官、ジャップがこちらに攻め込んできています。」
「……、いよいよか。」
ジャングルに陣地を築いて早々に日本の上陸部隊の侵攻を受けた米軍だったが、
彼らに甚大な被害を与えてからは、
小競り合いこそあれ、大規模な侵攻は控えられているようだった。
それも、もう終わったようだ。
日本の戦車群に守られるように歩兵部隊が進出してくる。
残された重火器では日本軍戦車の装甲を破ることは至難の技だった。
被害がどんどん拡大していく。
「もう、限界だな。」
ニミッツはそう呟くと、部下に命じた。
「降伏旗を掲げよ。戦闘中止。」
攻撃を止めた米軍たちを近づいてきた日本兵達が次々と拘束していく。
ニミッツの前に六人ほどの集団がやってきて敬礼した。
「ニミッツ閣下でありますか。」
流暢な英語で話しかけられ、ニミッツは答えた。
「ああ、私がニミッツだ。ジュネーブ条約に則る扱いを期待する。」
「私は、滝良清中佐です。日本はジュネーブ条約に署名していませんが、
厳正な扱いを行うことは約束します。」
彼はそう言うとニミッツ達を連れて米海軍司令部に連れて行った。
椅子に座っていた将校が立ちあがり、見事な敬礼をする。
「ニミッツ閣下ですね。
私は大日本帝国海軍連合艦隊司令長官、山本五十六です。」
ニミッツ達は大きく目を見開いた。
「君が、あのヤマモト・フィフティシックスか…。」
「ええ、あなた達を連れてきたのは、ある提案があるからです。」
「なんですかな。」
「我が国の外交省は貴国との講和要請を開戦以来ずっと続けています。
あなたを米本土に送り返すことを条件に、
米国には講和実現のテーブルに着いてもらいたい。」
「ずいぶん正直に答えますね。
だが、御断りします。私は大統領と約束しました。
何があっても交渉の道具にはならないと。」
「米本土空襲が行われても……ですか。」
「それは脅しととってよろしいので。」
山本はニミッツの言葉に沈黙で返した。
「我が国の国民は絶対に貴様なんぞに屈せん。」
ニミッツの部下が山本に啖呵を切る。
「貴様。」
滝中佐が殴りつけようとするのを山本が止めた。
「いいんだ、滝君。
ニミッツ閣下、私はかつて米国に駐留していました。
そこで様々な感銘をうけました。
できればその米国に爆弾を落とすようなことはしたくないのです。」
「なら、しなければいいのでは。」
「そういうわけにはいかないのです。私は日本人です。
日本の為になんとしてもこの戦争を終わらさなければならない。」
「なら、交渉は決裂です。私もアメリカ人です。
アメリカを裏切るような真似は死んでもできません。」
「わかりました。」
滝中佐がニミッツ達を連れていった後、山本はため息をついた。
米国本土爆撃は一種の賭けだ。
国民感情が反戦に傾いてくれればいいが、
下手をしては不味い。
山本は司令部を出ると、待機してあった二式大艇に乗り込む。
彼を乗せた二式大艇はゆっくりと日本本土に向かって進んでいた。
「日本、米海軍の本拠地ハワイを占領す」
このニュースは世界中を駆け巡った。
独逸のヒトラーは笑みを浮かべながらこの報告を諜報部から聞いていた。
今の彼は最高に機嫌がいい。
「我が軍はスエズを占領、日本はハワイを占領か。」
「喜ばしいことです。グラーフ・ツェッペリン、
ペーター・シュトラッサーの両空母もようやく就役し、
英海軍にもようやく対抗できる見通しがつきました。」
この世界のグラーフ・ツェッペリン級空母は、
排水量四万二千トン
全長二百八十八メートル
全幅二十九,八メートル
機関二十万馬力
速度三十五ノット
兵装
三十七ミリ連装機関砲十四基
十二センチ連装高角砲八基
二十ミリ機銃二十基
搭載機数七十二機である。
搭載機は艦上戦闘機と艦上爆撃機の二種で、
艦上攻撃機は搭載していない。
まあ、搭載していないというより、
搭載できる機体が無いというのが正しいのだが。
「それも、日本がインド洋に英海軍主力部隊を引き付けているおかげだ。
下等な劣等民族のわりには良くやってくれている。」
「ところで総統、我らの次の目的はどこなのでしょうか。」
「ああ、余もそれを考えていた。
戦力を補充しだい、イギリスを攻略するつもりだ。」
「イギリスを……ですか、ソ連はどうするのです。」
「もうソ連から欲しい領土はすべて奪ったのだ。
ソ連へ侵攻するのはすべてが終わった後で構わないではないか。」
領土拡張主義者のヒトラーにしては珍しい言い方である。
「今頃、チャーチルも慌てふためいているだろう。
まあ、奴が真に慌てるのはイギリスが独逸の物になった時だが。」
そう言うと彼は口を歪め、笑みを浮かべた。
その頃、英国首相チャーチルは物が散乱した部屋の中で葉巻を吸っていた。
「失礼します。」
チャーチルの執務室に入った側近が目を見開く。
チャーチルは癇癪玉が破裂すると、暴れる傾向があるのだ。
「どうされましたか。」
恐る恐る、チャーチルに尋ねる。
チャーチルは疲れ切った目を側近のカウエルに向けながら口を開いた。
「先ほど連絡があったよ。
スエズは独逸に、ハワイは日本の手に渡ったそうだ。」
カウエルは思わず目を見開いた。
独逸にはインド洋と地中海を結ぶ要所スエズ運河を、
日本には米海軍の本拠地である、真珠湾を占領されたというのだ。
「まずいことになった。独逸は最近、二隻の正規空母を就役させたと聞く。
イタリアも一隻空母を所有しているはずだ。
我が海軍の主力がインド洋にいる今、これを防ぐ手当が見つからん。
イタリア海軍と独逸海軍が結託してやってきたら、
我が大英帝国は、奪われるかもしれん。」
「米国が太平洋艦隊をもうすぐ再建することは聞いています。
くやしいですが、救援を要請してはいかがでしょうか。
もともと我が海軍の主力がインド洋にいるのも、
米国に要請されたからではありませんか。」
「もうとっくに要請したよ。答えはノーだ。
太平洋艦隊は全力を持ってハワイ再占領を行うから、救援はできないとのことだ。」
「そんな……。」
カウエルとチャーチルの間に沈黙が続く。
それを破ったのはチャーチルだった。
「……、カウエル、私は日本と会談を行おうと思う。」
「しかし、それは米国が反対するのでは。」
「しかたあるまい。本国占領を防ぐには、
インド洋から艦隊を本国に帰還させなければならない。
だが、インド洋から艦隊を撤退させれば、
日本軍はこれ幸いとばかりにボースと共にインドを手中に収めるだろう。
そしてそれを防ぐ手立てはない。
ならば、話し合いで少しでも英国の利権を守らなければならない。
米国にも文句を言わせるつもりはない。」
きっぱりと言うチャーチルにカウエルは一言も言い返せなかった。
「日本と連絡を取りたまえ、早急に会談を行おう。」
「了解しました。」
チャーチルはまた新しい葉巻を取り出し、火を付けた。
灰皿には吸い終わった葉巻が山のように積み上げられていた。
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