大統領の計画
大統領の計画
一九四二年十月二十五日、米国では今後の方針を決める会議が行われていた。
しかし、誰も喋る気配がない。
会議には暗い空気が漂っている。
無理もない、日本のハワイ上陸から十日が立っているが、
ニミッツ達はジャングルで何とか持ちこたえている。
だが、軍港は完全に日本に占領され、ハワイにあった物資は鹵獲された。
ニミッツ達に物資を補給したくても、そのすべはない。
「太平洋艦隊が再建し、ハワイに戻れるのはどれくらいかね。」
ようやくルーズベルト大統領が口を開いた。
キング作戦部長はやつれきった顔を大統領に向けて答える。
「日本海軍の潜水空母により、パナマ運河が破壊されましたので、
ホーン岬を廻航せねばなりません。
おそらく、日独の潜水艦がこれを撃滅せんと待ち受けているでしょう。
それに……。」
そう言ってキングは口をつぐむ。
代わりに言ったのはハル国務長官である。
「例の巨大空母ですか。」
計六機の搭載機でパナマ運河を破壊した潜水空母も米国に衝撃を与えたが、
何より衝撃を与えたのは七万トンを超えるという日本の巨大空母である。
「ええ、これが出てくるとなると、現在の太平洋艦隊ではおそらくジャップの
連合艦隊に勝つのは難しいでしょう。それに諜報部の報告によると、
ミッドウェーで沈めたはずの……、アカギ・クラスですが、
日本本土で修理及び改装が行われているようです。」
ルーズベルトは抑揚のない声で言った。
「つまり、ミッドウェー海戦は負け戦だったということかね。
お笑い草だな、つまり我が太平洋艦隊は、
この戦争で一隻もジャップの主力艦を撃沈していないのだね。」
キングは顔面蒼白になりながらも必死に答える。
「六月まで待っていただければ必ずジャップを打ち破って見せます。
大統領、最期のチャンスを頂けないでしょうか。」
「無理だな、キング君。六月までは待てない。
何としても春までにジャップをハワイから追い出し、
ニミッツを救い出すのだ。これは私がニミッツとした約束だ。
これができなければキング君、君は用済みだ。」
先ほどと違い冷酷な声で言う大統領にキングは震えながら答えた。
「わかりました。」
いつもならライバルの失態を喜ぶマーシャル陸軍参謀総長だが、
彼にもそんな余裕はなかった。
「マーシャル君、欧米の方はどうなっている。」
ルーズベルトもわかっているのに聞くのだ、
マーシャルは冷や汗を拭いながら言った。
「ロンメルの独逸、イタリア機甲部隊の進撃を受け、トゥブルクが占領されました。
スエズ運河まで目前に迫られていますが、有効な手段を打てそうにありません。
おそらく後一カ月ほどでスエズは枢軸国の手に渡るかと…。」
ルーズベルトは頭を押さえながら言った。
「どうやら、最悪の状況らしいな。
オーバーロード作戦はどうなったのだ。」
オーバーロード作戦とは、米英による、フランス上陸作戦のことである。
運営兵力二百万以上、艦船六百五十隻、航空機四千機という、
この作戦はまさに史上最大の作戦であった。
ただ、成功の確率は五分五分といったところだろう。
この作戦はあまりにも規模が大きすぎるため、米国内の独逸諜報部によって、
早々に独逸本国に知れ渡ることとなった。
この時の独逸軍は、史実のノルマンディー作戦とは違い、凄まじい兵力を誇っている。
アフリカに兵を送っており、ロシアにも兵を置いているが、
独逸本土には兵力百万、戦車五千輌、航空機四千機という大兵力がまだ温存されている。
この世界のヒトラーは史実のヒトラーより数段上の戦略家であったのだ。
まあ、兵力が残っているのは、
史実のようなソ連戦での負け戦が、一度しかなかったというのが大きな理由だが。
「オーバーロード作戦ですが運営する艦船の護衛艦が足りません。
太平洋艦隊から抜き出していただけるのなら話は別ですが。」
ルーズベルトは大きなため息をつき周りを見渡した。
「君たちは知っていると思うが、我が国では大規模な反戦デモが連日行われている。
そしてこの戦況を有利に持っていくのは難しいことも分かっている。
……、私はハワイ再占領が成り次第、ジャップ、いや日本とは講和を結ぶつもりだ。」
「何を言いますか、大統領。」
怒鳴り声をあげたのは本土に帰還していたハルゼー中将である。
彼は新太平洋艦隊の機動部隊を指揮する予定となっている。
「ジャップはもう国力の限界が来ているでしょう。
なんとしてもジャップは地球上から抹殺せねばなりません。
あいつらがアジアを治めたら、世界はあの猿どもが支配することになるのですぞ。」
「そうです、大統領。我らが不甲斐ないため弱気になるのは分かりますが、
あんな、ファシストどもに屈する必要はありません。」
「それは違うでしょう。」
トマス参謀が声を張り上げる。
少将というこの会議では最下級の参謀だが、
ハワイ防衛線の前の彼の言葉が的中しているので、
怒鳴りつけたりするものはいなかった。
「日本はファシストではありません。
日本は最初から我が国との戦争を避けていたのです。
日本を開戦に追い込んだのは私たちではないのですか。」
「ふざけたことを言うな。」
ハルゼーが首を真っ赤にして怒鳴りつけた。
「落ち着きたまえ、ハルゼー君、確かにトマス少将の言うとおりではあるのだ。
日本を開戦に追い込んだのは私の考えだ。しかし、私はそれを後悔していない。
それに日本とは講和するが、私は負けっぱなしで、安穏とできるほど、
温厚な人間ではないのだよ。講和は独逸を降伏させるまでだ。
独逸を降伏させたら、日本とはまたどんな手を使っても戦うことになるだろう。」
この言葉を聞き騒然としていた会議内は再び沈黙した。
それでもハルゼーなどはむすっとした顔でたたずんでいる。
「オーバーロード作戦は後回しだ、太平洋艦隊再建に全力を尽くしてくれ。
それにおそらくもうすぐ日本軍の本土空襲が行われるだろう。
防衛体制の強化、航空機、及びパイロットの再編を行ってくれ。」
「了解しました。」
「他になにかあるものはいるかね。」
誰も声をあげる者はいない。
「よし、それでは会議を終了する。ご苦労だった。」
みなが解散していく中、トマス少将は腕を組み思案していた。
「日本に時間を与えるのは本当に得策なのか…。
協力という手は結べないのか。」
彼はそう呟くと自分の職場に歩を進めていった。
ルーズベルトと、マーシャル陸軍参謀総長、キング海軍作戦部長の、
三人だけになった会議室に一人の男が入ってきた。
その男の名前はロバート・オッペンハイマー、
マンハッタン計画の科学部門のリーダーであり、原子爆弾の生みの親である。
「マンハッタン計画はどうかね。」
この計画は極秘中の極秘であり、副大統領にすら知らされていない徹底ぶりである。
「順調とはいえまだ二年半はかかります。」
そう答えるオッペンハイマーに大統領は言葉を返す。
「一年だ。」
「大統領、本当にそうしようと思うならあと十倍の科学者が必要ですよ。」
「何とかならんのかね。」
キングが不機嫌そうに尋ねる。
彼はこのような非人道的な兵器には反対だった。
「何とかなって二年半と申し上げているのです。」
「そうか……。」
ルーズベルトは落胆した。
「独逸が我々より早く作る恐れはないのかね。」
「どうでしょうか、独逸にも優秀な科学者が大勢います。
正直言って分かりません。」
「ありがとう、一刻も早い完成を望むよ。」
「分かりました。」
そう言って彼は去っていく。
戦況は未だ連合国に苦しいままだった。
トマス少将は親日派です。
史実でも米国に極僅かですが親日派の将校がいたようです。
原爆はこの世界でも開発されています。
いつか書いておきたいと思っていました。