日英対談成功なるか
日英対談成功なるか
一九四二年九月二日、
中国天津郊外にある西洋風の屋敷で、英外交官ハロルド・マクマホンと
日本外相重光葵が対談を進めていた。
「まずは日本との対談の承認感謝いたします。」
「いえ、我が英国も貴国との対談を望んでいました。」
そういうとハロルドはにこりと笑う。
今までの日本の対談要請は、
ことごとく無視してきたというのに食えない男である。
外交は相手の腹の探り合いである。
外交音痴の日本とはいえそれぐらいのことは理解していた。
「まあ、あまり時間もありませんし、本題に入らせていただきます。
我が国はインドの独立を望んでいます。」
「それは無理というものです。
貴公も我が国にインドがどれほど必要か理解していると思いますが。」
「しかし、我々もボースとの約束があります。
それにアジアの国々を独立させることは陛下の意志でもあります。」
「天皇陛下のその御考えには私たちも敬服いたします。
無論我々とて、永久にインドを支配しようと言う考えはありません。
今はまだ早いというだけなのです。」
「ハロルド大使、私はインドを戦場にしたくないのです。
このようなことを言うと脅しているようで心苦しいのですが、
我が軍はインド侵攻に十分な兵力を保持しています。
私はできるだけ血を流さずにこの問題を解決したいのです。
しかし、英国もただインドを渡すということは納得しないでしょう。」
「何か考えがあるのですか。」
明らかに不機嫌な声でハロルドは言う。
「インド独立を英国が認めてくださるのなら、
日本は三国同盟を脱退することができるでしょう。」
その言葉にハロルドは驚愕の声を上げる。
「なんですと。」
「それに我が国は独立させたアジアの国々に、
軍事的にも政治的にも関与するつもりはありません。
陛下は世界秩序の安定を何よりも願っておられるのです。」
そう言って口を閉じる重光にハロルドは言った。
「……、我が国も貴国との戦争を続けるのは本意ではありません。
しかし、やはりインドは英国にとって必要不可欠なものなのです。」
「それは独立したインドとの優先的な貿易という形では無理なのでしょうか。
それならばボースも了承してくれています。」
「私の方ではなんとも…、
しかしそこまで考えてくれた貴方に何もしないわけにはいきません。
日本がオーストラリアの中立化を望んでいるのは知っています。
英国はその援助をすることができるでしょう。
オーストラリアが中立になれば、
日本はポートモレスビーに兵力を置く必要は無くなります。」
「それは確かに嬉しい話ですが、やはりインド独立は必要なのです。」
結局二日に渡る交渉も身を結ばず、交渉は決裂した。
インド独立は、英国も日本も決して譲れない所だったからだ。
しかしインドから英国への輸送船への潜水艦攻撃の禁止、
日本の南方資源輸送船への潜水艦攻撃禁止が三カ月という短い期間だが、
米国に極秘で決定された。
英国と米国が一枚岩ではないことを知ったということでは、
それなりの対談ができたと考えてもいいだろう。
「そうか、日本と対談は失敗に終わったか。」
チャーチルはそう言うと謝罪するハロルドに向かって再び言葉をかけた。
「謝らなくてもいい、インドのことは日本も我が国も譲れない所があったのだ。
しかし、日本が三国同盟脱退も視野に入れているとは想定外だった。
それがわかっただけでも十分だ。それに最近被害が拡大していた、
インドからの輸送船の被害が減少するというのはありがたいことだ。
報告ありがとう。下がりたまえ。」
執務室から去っていくハロルドを見ながらチャーチルは電話をかけた。
「アフリカ司令部かね、戦況はどうなっている。」
「はっ、独逸軍は六個師団ほど増強したとの報告です。」
「こちらの兵力と比べてどうなのだ。」
「米国の兵力増強もあり、互角といったところでしょうか。
しかし、航空戦力に関しては敵が圧倒しています。」
「ふむ、どれくらい持ちこたえることが可能かな。」
「いまだ、敵は増強中のため詳しいことは何とも言えません。」
「わかった。こちらも四個師団を送ろう。
米国からもさらに支援が届くはずだ。
なんとしても独逸の侵攻を食い止めるのだ。」
そう言って彼は電話を切る。
軍港にいた大艦隊はもう東洋方面に行っており、
軍港はいささか閑散としていた。
「そうか、英国との対談は失敗に終わったか。」
大日本帝国総理米内光政は重光に向かって再び言葉をかける。
「まあ、最初から想定していたことだ。
インドは日本も英国も譲るつもりは無いのだからな。
三国同盟脱退を視野に入れているとは英国も想定外だろう。」
「ええ、まだ国内でも極秘の情報ですからね。
ただ、英国はやはり食えない国ですね。」
「東洋艦隊の増強を言っているのかね。」
そういって米内は苦笑する。
「日本との対談を了承し、
日本との戦争を続けるのは本意ではないと言っておきながら
戦艦六隻、空母四隻をインド洋にもってくるとは…。」
「まあ、英国の戦争継続は本意ではないというのは本音だろう。
米国に要請され断れ切れなかったという所ではないかな。
積極的に動くとは私には思えんが、もしものことがある。
山本君、永野君達と相談して少しは艦隊を派遣しなければならないだろう。
ところで、東条陸相、ソ連の方はどうなっているのかね。」
「ソ連は独逸に戦力を集中させたようで、
ソ連極東軍から十個師団を移動させたという報告が届いています。
ソ連の方から我が国に仕掛けてくることはなさそうです。」
「そうか、それならハワイ攻略作戦に集中できるな。」
報告会が終わり、皆が解散していくなか米内はしばし瞑目する。
確かに戦況は日本有利で進んでいるが疲弊が激しい。
一刻も早い和平を日本は望んでいた。
そろそろハワイ攻略作戦が始動します。