珊瑚海海戦(四)
やっと終わりました。
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珊瑚海海戦(四)
ヨークタウンとホ―ネットの攻撃隊百二十二機は発進してから
一時間十五分後に日本機動部隊を発見した。
日本艦隊は味方のような輸形陣を組んでいない。重巡二隻を先頭に、
空母四隻が単縦陣となり、駆逐艦がその側面にいる。
本来なら日本艦隊も米軍ほどではないにしろ、強固な輸形陣を組んでいる。
このような態勢になっているのは、
作戦範囲外から発艦した攻撃隊を迎えに行っているためである。
多くの参謀が反対したが、
角田少将は自分を信じて発艦した攻撃隊を見捨てなかったのだ。
先頭にいるのは最新鋭対空重巡「鈴谷」「熊野」である。
側面にいる駆逐艦も対空駆逐艦秋月型六隻である。
攻撃隊隊長ロス少佐はこの分だと敵の対空砲火はたいしたことはないと
考えていたが、大きな誤算といえるだろう。
ロス少佐はいったん雲に入り旋回すると、遅れている雷撃隊を待った。
攻撃は連携して行わなければならないからだ。
味方の戦闘機隊は敵戦闘機隊に上空から突っ込んでいった。
米の戦闘機隊隊長は史実であのサッチウェーブを考案したサッチ少佐率いる
米国の精鋭部隊だった。
サッチ少佐は列機に散るように合図すると、
上昇してきた一機のジークに向かって突っ込んだ。
ジークが機銃を撃ち上げてくる。
機体を滑らせ回避するとサッチ少佐は十二,七ミリ機銃を発射した。
だが敵には当たらず、すれ違うと同時に双方が反転する。
「いい腕だな。」
思わずサッチ少佐は呟いた。
そのジークは横ひねりに入りこちらの後方を取ろうとする。
少佐は急激に機首を引き起こすとそのまま垂直ロールに入り、なんとか
ジークの後ろに回り込もうとする。
だがジークの方が素早い。視界に入っていたジークがふっと見えなくなった。
少佐は心臓が凍った。必死に機体を左右にスライドさせる。
その時機銃弾が右手空中をかすめたと思うと、横っ跳びに反転するジークが見えた。
その後ろにはF4Fが食い下がっている。列機のリトル大尉の機だった。
隊長の危機を見て、救援に駆けつけてくれたのだ。
ジークは旋回し大尉の射弾を振り切ろうとしている。
なにしろ小回りが効くからたちまち大尉の後ろに回り込んだ。
少佐は逆旋回でそのジークの背後に回る。
ジークは、当面の敵に気を取られ少佐の動きに気付かない。
「死ね。」
サッチ少佐はそう言うと同時に機銃発射ボタンを押した。
曳光弾が吸い込まれていき、ジークはあっけなく煙を吐いた。
そのままジークはきりきり舞いして落ちていく。
そのとき少佐はこの恐るべきジークに対抗する戦法を悟った。
それは簡単なことだ。二機がペアを組み戦えばいいのだ。
そのとき、激しい爆発音が聞こえた。後方を見ると、
救援に来てくれていたリトル大尉の機が木端微塵になっているのが見え、
そこに一機のジークが見えた。
さきほど心臓が凍るような思いをした時より
はるかに強い悪寒がサッチ少佐の背筋を駆け巡った。
大居少尉の零戦が落されるのを上空から見た、
大鳳隊戦闘機第一分隊長工藤大尉は
逆落としに突っ込むと同時にリトル大尉のF4Fに二十ミリ機関砲を浴びせた。
エンジンに命中したらしく、爆発し木端微塵に砕け散った。
その前方に一機のF4Fを見つけたが、その機は急上昇すると雲の中に入っていく。
「一撃離脱か。」
工藤大尉はそう呟くと愛機を急上昇させ自分も雲の中に入る。
一撃離脱は欧米機が得意とする戦法である。
重装甲で運動性がいささか鈍いのが欧米機だが、
大馬力のエンジンを積んでいるためスピードは出る。
それを活かしたのが一撃離脱戦法だった。
すでにゴーグルを外している工藤大尉は目を凝らす。
彼の目は昼間でも星を見ることができた。
史実のイギリスのエースたちも、
昼間の星を見ることができるのが自慢だったそうだ。
一方、雲の中に潜り込んだサッチ少佐は急降下すべく機首を引き落とした。
その時だった。目の前にジークが姿を現した。
その時、少佐はジークの搭乗員と目があった。
西洋人にはない漆黒の目だった。
思わずそれに見とれていると、自分の愛機に衝撃が走った。
必死に機体を立て直そうとする少佐の後ろにジークが回り込んだのが見えた。
「死神め…。」
それが少佐の最後の言葉だった。機銃弾を受けた彼の機は海面に激突し、
二度と浮かびあがることは無かった。
およそ三十機の急降下爆撃隊が敵戦闘機を振り切り、
爆撃のポイントに着くことができた。
ロス少佐は前方左の空母に狙いを定めた。それは海鳳だった。
日本の機と同様一本棒となって突っ込んでいくが、
想像以上の対空砲火にロス少佐は舌打ちした。
四番機が直撃を受け一瞬にして消えてなくなる。
ロス少佐は抱えている四百五十キロ爆弾を敵空母目掛けて投下する。
急上昇しながら空母を見ると最後の機が爆弾を甲板に叩き付けたのが見えた。
思わず歓声を上げるが飛行甲板に穴が開いたようには見えなかった。
「どういうことだ。」
その質問に答えたのは通信員のウェールズ少尉であった。
「装甲空母かもしれません。英国にも同じような空母があると聞きました。」
その返事を聞いた彼はもう一度敵空母の甲板を見た。
火災も起きておらず、やはり穴も開いていない。
「司令部に連絡した方が良さそうだな。」
彼はウェールズ少尉に連絡するよう要請した。
そして、他の空母を見ると後方の空母の一隻が煙を上げている。
急降下爆撃はうまくいったようだ。
しかし雷撃機の姿は何処にも見当たらない。
おそらく敵戦闘機とあの凄まじい対空砲火を浴びて全滅してしまったのだろう。
ロス少佐は唇を噛み締めながら帰投についた。
レキシントンの攻撃隊は〇八五〇に攻略部隊を発見した。
攻略部隊の陣容は
空母「瑞鳳」
重巡「青葉」「加古」「衣笠」「古鷹」
駆逐艦二隻であり、直掩隊に零戦が十二機上がっていた。
一方、レキシントン攻撃隊は五十五機。うち艦爆が二十二機、艦攻が十四機。
それが護衛の重巡の猛烈な対空砲火をかいくぐり瑞鳳に向かって襲いかかった。
瑞鳳は最大速力二十八ノットしか出ない小型空母だったが、
艦長井沢石之介大佐による必死の回避運動を始めた。
瑞鳳は巨獣がのたうつように逃げ回ったが三発の四百五十キロ爆弾が命中して
しまった。
そこに雷撃隊が襲いかかったが零戦の活躍で投下できたのは三機に過ぎず、
命中はなかった。
しかし、大破である。
直掩隊を着艦させることはできないため零戦は燃料が着き次第、
海上に不時着することになるだろう。
攻撃隊指揮官ディクソン少佐は、母艦レキシントンに無線電話の報告をいれた。
「我、敵空母一隻抹殺す。……聞こえたか、
レキシントン、我が隊は敵空母を大破させたぞ。」
だがディクソン少佐の耳を打ったのは、賞賛の言葉ではなく、艦長の怒声とも
いっていいしわがれた声だった。
「こっちはそれどころじゃないんだ、ディクソン。すぐ帰艦しろ。こっちは
敵艦載機と交戦して被害甚大だ。敵はまたやってくるぞ。」
日本機動部隊の攻撃隊が帰艦し始めたのは、十一時すぎである。
直掩隊の山下少尉が隊長の工藤大尉に話しかけた。
「どうですかね。」
「よくはないな。」
そう言うと工藤大尉は帰投してくる攻撃隊を見た。
満身創痍の機体が多い。かなり損害を出したようだ。
「第二次攻撃隊出すと思いますか。」
そう尋ねた、同じく直掩隊の黒江少尉に工藤は答えた。
「角田長官なら出すだろうが、わからんな…。」
最後に指揮官機の高橋少佐の機が着艦してくるのを見て思わず工藤は感嘆した。
見事な着艦ぶりで爆弾を抱いていてもふんわりと着艦できただろう。
角田少将に呼ばれた高橋少佐は戦果報告した。
「敵空母は三隻、レキシントン級と少し小型の空母が二隻であります。」
そういうと、高橋少佐は続けて言った。
「レキシントン型には爆弾三発、魚雷二本が命中。
火災がはなはだしく、速力も落ちていました。
小型の一方には爆弾六発、魚雷五本が命中。
私が見たときにはまだ完全には沈んでいませんでしたが、
おそらく撃沈したと思われます。
もう一方には爆弾一発命中し、損害は軽微だと思われます。」
「うむ。我が攻撃隊の被害はどうだ。」
角田少将の問いかけに少佐は答える。
「甚大です。敵の対空砲火は極めて苛烈、
艦爆は二十四機、艦攻は十六機食われました。」
攻撃隊は百八十機だからおよそ二十パーセントの損耗率である。
こう聞くと、あまり多くないような気がするかもしれないが、
これまでの空母戦闘の時の数字に比べるとぐんと高い。
「しかし、第二次攻撃隊は出さなければならないと思います。」
高橋少佐の声に航空参謀達も賛同した。
角田少将はしばし考えると決断した。
「第二次攻撃隊用意。」
ホ―ネットの艦橋で、フレッチャー少将もいささか顔をこわばらせていた。
かなりの損害だ。
機動部隊の攻撃隊の護衛には精鋭の戦闘機部隊を出したはずだが、
その隊長のサッチ少佐も帰ってはこなかった。
とくに雷撃機の被害はひどい。
五十機近く出したのに帰ってきたのは十一機だけである。
ロス少佐の報告によると日本機動部隊は装甲空母を持っているとのことだ。
爆弾を一発直撃させたらしいが被害は軽微だったらしい。
しかし、後方の空母は装甲空母ではないらしく、
三発の爆弾を命中させ中破させた。
「残りの敵空母は三隻か…。」
それに比べこちらはヨークタウンが沈み、
レキシントンもなんとかといったところだ。
こちらの空母は二隻、フレッチャーは決断した。
「もう一回やるぞ。残った三隻を叩き潰す。」
そのときレーダー員が報告してきた。
「敵航空機です。」
艦橋は一瞬凍りついた。第二次攻撃隊にしては早すぎると思ったからだ。
「何機だ。」
フレッチャー少将の声にレーダー員は答える。
「およそ十機です。」
その言葉に艦橋に奇妙な空気が流れた。
「どういうことだ。」
少将の質問に参謀の一人が答えた。
「攻略部隊の攻撃機ではないでしょうか。」
少将も理解した。
レキシントンの攻撃隊が攻撃したのは小型空母だったらしいから
その空母が攻撃前に発艦させたのだろう。
幸いまだ輸形陣は解いていない。
「対空砲火準備、こいつらを片づけたら発艦準備だ。」
日本機動部隊から第二次攻撃隊が発艦したのは十二時三十分だった。
翔鶴が中破していたため、他の空母に搭載機を詰め込み、
百六機の攻撃隊が敵機動部隊に向かっていった。
指揮官は再び高橋少佐である。
直掩隊も二十八機の零戦が上がっている。
一方、第十七機動部隊も瑞鳳の攻撃隊を片づけ、発艦を開始していた。
攻撃隊は八十二機で指揮官はロス少佐である。
しかしフレッチャー少将の機嫌は悪い。
わずか四機の戦闘機に二十機のF4Fが突っ込んだのはよかったが、
五機のF4Fが食われてしまい、八機の艦攻は、六機はF4Fが叩き落したが
残りの二機は駆逐艦に突っ込んでいき駆逐艦と共に海に沈んでいった。
十二機の攻撃隊にここまでされるとは思っていなかったのである。
日本の第二次攻撃隊は、策敵機を出していないため敵艦隊を捕捉できるかわからない
不安があったが、幸い視界は良好だ。
しかし、米艦隊が見えた時、思わず攻撃隊は別の艦隊ではないかと疑ってしまった。
あれほど叩いたのに、煙一つ上げておらず、正常に走っているように見えたからだ。
敵の上空にはいくつかの金属のきらめきが見える。
今回の攻撃は大鳳隊、海鳳隊がレキシントンを攻撃、瑞鶴隊がもう一方の空母を
攻撃する手筈になっていた。
護衛の零戦隊が敵戦闘機に突撃するのを見た高橋少佐はトトト連送を電信員に命じ、
機首を下げると照準器の中に敵空母をとらえながら、急降下に入った。
エンジンの咆哮が高まっていく。
米の第二次攻撃隊は直掩隊の零戦の攻撃を受けながらも、
日本空母上空に到達することに成功した。
レキシントン隊が襲いかかったのはいまだ煙を上げている翔鶴、
ホ―ネット隊は瑞鶴に襲いかかった。
ロス少佐は何としても敵空母を撃沈させる心積もりだった。
彼も高橋少佐と同じように急降下に入っていった。
フレッチャー少将はあたりが突然静かになったように感じた。
このあっけなさが航空戦の特徴なのだ。
日本機はまるで通り魔のように去って行ってしまった。
少将は望遠鏡を取ると、炎上し続けるレキシントンを眺めた。
彼は冷静な表情を見せながらも、腹の中は煮えたぎっていた。
ジャップの野郎はヨークタウンに続きレキシントンまで餌食にしやがった。
「レキシントンから通信です。」
参謀長の声が聞こえた。
「爆弾四発、魚雷三発を浴び、消化不能。
もはやレキシントンは救えず、総員退去の許可を願う。」
「今何時だ。」
「十五時三十分です。」
少将はほっとした。さすがに第三次攻撃は無理だろう。
「うむ、総員退去許可。乗組員を救出せよ。」
「了解しました。」
ホ―ネットの方はなんとか中破で済んだようだ。
甲板修理を急がせたら航空機は収納できるだろう。
角田少将の方は瞑目していた。
今回の航空機被害は軽微だったとはいえ、
翔鶴には爆弾一発、瑞鶴には魚雷一発が命中した。
これで済んだのは零戦隊のおかげだろう。
猛将と呼ばれる角田だったが、第三次攻撃は取りやめた。
敵空母二隻は間違いなく撃沈したと報告が入っており、
MO攻略のために残して置かなければなるまいと考えたからだ。
五月七日に攻略部隊と合同した機動部隊は、
傷ついた五航戦と瑞鳳を駆逐艦四隻の護衛をつけ本土に送った。
MO攻略作戦は角田少将の意見により実行に移されることに決定した。
航空機は合計百三十三機であり、
ポートモレスビー攻略には十分であると判断されたからだ。
しかし、井上中将は知らなかったが、ポートモレスビーの航空基地には
二百八十機という膨大な航空機が控えていた。
ともかく、空母二隻、重巡八隻、軽巡三隻、駆逐艦十五隻による、
攻略作戦が始まろうとしていた。
次は攻略作戦の前にルーズベルトを入れたいと考えています。
次もよろしくお願いします。