日本奇襲計画
次はルーズベルトの回想です。
(間違えました。訂正します。)
次は珊瑚海海戦です。
日本奇襲計画
ハルゼー中将はB-25がホ―ネットの甲板から飛び立つのを眺めていた。
日本本土への奇襲、これを聞いた時ハルゼーは何としてもその司令官に任命されるのを
望んでいた。日本軍に借りを返す絶好の機会である。
しかし、これに反対する者も多かった。日本と中国が講和しているため、
ソ連に着陸する他なかった。ソ連も日ソ不可侵条約を結んでいるため飛行場の使用は
認められていなかったが、危機的状況にあるソ連は米国の要請を断れなかった。
今は米国からの援助でもっているようなものだったからだ。
まあ、とりあえずソ連に着陸するためにはB-25軽量化、
つまり爆弾搭載量を減らすことが必要だった。
これでは意味がないと反対者は言ったが、日本本土に爆弾を落とす
ことが重要なのだという賛成者の意見によって、計画は実行に移された。
しかし、ここで問題が生じた。B-25は陸軍機であり、当初搭乗者は海軍軍人になる
予定だったが陸軍大将マッカーサーの猛反対により陸軍軍人が搭乗者になることになった。
「卑怯者が。」
ハルゼーはその時、誰にも聞こえない声で呟いた。
三月末についに日本軍が攻め込まぬままコレヒドールは日本の手に落ちた。
マッカーサーはそれより、二十日ほど前に脱出していた。
このとき有名な「アイシャルリターン」という捨て台詞を残したのは有名だ。
マッカーサーは米大統領命令のため脱出は仕方なかったと言っていたが、
他の軍人の目は冷たい。
しかし、ハルゼーもドーリットル中佐率いる爆撃隊を見て考えを変えた。
彼らは必死になって猛訓練に励んでいる。最初は敵意すらもっていたホ―ネットの
海軍軍人も今は彼らを見直し懸命にサポートしている。
日本に一泡吹かす。その一念が陸海の壁を破ったのだった。
四月八日、真珠湾から日本奇襲部隊が出港した。
その陣容は
空母「レキシントン」「ホ―ネット」
重巡二隻、駆逐艦六隻である。
そしていま、四月十七日、日本の三陸海岸から千二百マイルの位置に近づいた。
警戒は厳重にしていたが、幸運なことに日本機との接触はない。
犬吠埼の東およそ三百マイルに近づいてから爆撃機を発進させるつもりだった。
連中が成功すれば、ハルゼーは自ら彼らのために勲章を申請するつもりだった。
ハルゼー中将はトーキョウが空襲された時の、ジャップのたまげる表情を
想像すると、笑みが浮かんだ。
ハルゼー中将は自分たちの接近は日本軍に悟られていないと信じ込んでいたが
実は四月十日に通信諜報により日本通信隊にキャッチされたのである。
通信諜報とは暗号の解読ではない。しかし受信した敵の暗号通信をその頻度や特性から
分析し、パターンを取り出し、敵艦隊の動きを推察さる。
大量のデータを積み上げるとかなりの確度を持って敵の動きを察知できる。
日本海軍は偵察機三十六機を使いその動向を探っていたが発見することはかなわなかった。
日本は敵が空母から陸上爆撃機を飛ばすとは考えてもいなかったのだ。
中国との講和が成されている今、ソ連がまさか飛行場を米国に使用させるとは
日本の想像の範外だった。
しかしこの世界の日本本土には電探が設置されている。
本土防空隊の錬度は空母搭載員ほどではないにしろ、月光、雷電、飛燕などの
新鋭機が配備されていた。
ドーリットル中佐率いるB-25十六機がホ―ネットから発艦した。
彼らが発艦したのを確認したハルゼーは帰路に着いた。
発艦して一時間ほどだろうか、一機の偵察機がドーリットルの目に飛び込んできた。
まだ爆撃隊には戦闘機の護衛が付いている。彼はF4Fがすぐに偵察機を落すものだと思っていた。しかし敵偵察機は雲の切れ間に隠れ逃げさせてしまった。
「もう報告が入ってますかね。」
アラン少尉は呟いた。
「おそらくな。それにしても逃げられるとは…。」
ドーリットルは海軍搭乗員の必死の訓練も見てきている。
文句を言う気にはなれなかった。
「それより、自分の仕事に集中しろ。俺たちはジャップの本拠地に来ているんだぞ。」
「了解しました。」
そう返事をするアランを見て、ドーリットルも気を引き締めた。
偵察機の報告が入った日本軍は本土防空隊を空に上げた。
一二四機の大編隊である。
四十分ほどすると、敵爆撃機が見えてきた。偵察機の報告通り、
信じられないが陸上爆撃機である。
防空隊隊長真壁中佐は全機に知らせた。
「全機突撃、皇国の空を穢させるな。」
十六機のB-25に敵戦闘機が群がってくる。
アランは敵を必死に撃ち落そうとしている、敵戦闘機も大分落されてはいるが、
こちらももう四機が落され、二機が煙を上げている。
ドーリットルはたまらず叫んだ。
「撤退だ。爆弾を投下しだい離脱しろ。」
当てずっぽうに爆弾を落とし彼らは離脱していく。
離脱中に三機落され、残り九機となった。
しかし、二機はソ連の飛行場にたどり着く前に燃料が尽き、日本に不時着した。
残りの七機は何とか無事にたどり着いたが作戦はどう考えても成功とは思えなかった。
日本本土空襲の失敗の報告を受けたハルゼーは肩の力を落した。
さしもの猛将も放心状態になっていた。
なんとか空母には被害なく帰等することができたのがせめてもの救いか。
日本は手ごわい。ハルゼーはこんどこそ思い知らされた。
そして日本との戦いはまだ始まったばかりだった。