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異説大東亜戦争  作者: たこ焼き
一章
1/80

八隻の空母

初めまして、よろしくお願いします。

たった半年で戦況の泥沼?という疑問は許してください。

どうしても1938年に日中戦争終わらせないと軍事費足りないので

角田覚治が活躍しだすと、思いますので好きな人は楽しみにしてください。

                   八隻の空母



1941年12月

「長官、間もなくC点に達します。」

艦橋から海を見ていた南雲忠一中将は振り向いた。

現れたのは参謀長の草鹿龍之介少将である。

南雲はうなずいて命じた。

「変針命令を出せ。」

「了解しました。」

通信参謀は発光信号を出すよう命じた。

信号手は緊張しきっているようだが無理もない。

大日本帝国海軍初の、

いや世界初の空母主体の機動部隊が太平洋艦隊の本拠地である真珠湾に向かっているのだ。

その陣容は、

第一航空艦隊、司令長官南雲中将、参謀長草加少将

第一航空戦隊南雲長官直卒、空母「赤城」「加賀」

第二航空戦隊司令官山口少将、空母「飛龍」「蒼龍」

第五航空戦隊司令官原少将、空母「瑞鶴」「翔鶴」

第六航空戦隊司令官角田少将、空母「大鳳」「海鳳」

第三戦隊司令官三川中将、戦艦「比叡」「霧島」を中心とし、

重巡二隻、軽巡一隻、駆逐艦十二隻に補給艦十隻の三十五隻である。

艦載機は、

零式艦上戦闘機五十二型、百十八機

九十九式艦上爆撃機、百七十機

天山艦上攻撃機、四十機 九十七式艦上攻撃機百三十三機の計四百六十一機である。

史実より空母二隻、重巡一隻、駆逐艦三隻多いのは、1938年にまで遡らなくてはならない。

1938年1月、史実では近衛首相が、「国民政府を相手とせず。」と声明し、

和平交渉を断ち切ったはずだが、戦況の泥沼化を嫌った日本は国民政府へ講和を呼び掛け、

中国と講和した。それにより莫大な軍事費が浮いたため、

陸軍は航空機及び戦車の近代化、

海軍は艦艇の増大、航空機の増産を可能にしたのだ。

航空機の更新、増大により搭乗員の育成も行われたため、

開戦時の海軍機搭乗員数は、約8800名。

陸軍機搭乗員数は、約7600名と史実の二倍以上の

搭乗員を育てることができたのだった…

発信信号による変針命令を受けると、艦隊はいっせいに回頭してハワイに南下した。

乗員の錬度は最高潮に達しており素晴らしい回頭を見ることができ、

南雲は作戦の成功を心静かに確信した。




第六航空戦隊「大鳳」第一分隊隊長、工藤大尉は、総員起こしのラッパで目が覚めた。

眠い目を擦りながら腕時計を見ると午前零時だった。

日本時間の午前零時は、ハワイでいうと、朝5時といったところである。

4時間ほどしか眠っていないが鼓動が高まってきている。

いよいよ攻撃のときである。手早く飛行服を着て、階段を上がって飛行甲板に出る。

飛行甲板にはすでに自分の愛機である零戦五十二型が上げられている。

「見てください、隊長、偵察機が飛んでますよ。」

嬉しそうに喋っているのは、二番機の、山下少尉である。まだ21歳だが、

腕は良く工藤は信頼している。

「見ればわかる。」

工藤は苦笑しながら、偵察機を射出している、重巡利根、築摩を見ていた。

重巡利根型は、35ノット、偵察機6機というまさに機動部隊直衛のための新鋭型だ。

射出された水偵は母艦のまえで、旋回し南下していった。

「待機室で、司令官の訓示だそうです。」

そういったのは、三番機の、黒江少尉だ。ちなみに陸軍の「魔のクロエ」とは関係ない。

三人は搭乗員待機室に降り、司令官を待った。

しばらくすると、菊池艦長と一緒に、角田少将が入ってきた。

史実では空母の高角砲で基地を砲撃した、闘将は、搭乗員を見回しながら言った。

「この作戦には、皇国の興亡がかかっている。

山本長官からの訓示も聞いただろう。旗艦赤城は、

これからZ旗を掲げる。この旗に恥じぬよう奮戦してほしい、以上だ。」

山本長官からの訓示とは、12月7日についた電報である。

「帝国の興廃、かかりてこの一戦にあり。各員いっそう奮励努力せよ」

帝国海軍の軍人ならこれを聞いて血のたぎらないものはいない。

「所定の命令に従って出発せよ。」

菊池艦長はそう命じ、搭乗員たちは敬礼ののち、飛行甲板に上がった

工藤大尉は愛機の零戦五十二型に乗り、発艦した。

舞い上がった零戦隊は、艦爆、艦功隊が発進するのを待った。

日中戦争での実戦がない、この世界でも、鹿児島沖で猛訓練を行っている飛行隊は

危なげなく、全機発艦することができた。

上空に上がると、他の空母の搭載機も集まってきた。

零戦八十八機、九十九艦爆九十二機、天山四十機、

九十七艦功八十九機の計三百九機の編隊が

真珠湾攻撃に飛びたった。

第一次攻撃隊の指揮を任された淵田中佐は、一時間程でオアフ島の陸影を認めることができた。

彼の搭乗する天山は、火星25型のエンジンを積んだ帝国海軍の最新鋭艦上攻撃機である。

利根から射出した、偵察機からは連絡がないため、

強襲になることを覚悟したが、バーバス岬が近づいてきても、敵の戦闘機は見えない。

淵田は奇襲と判断し、信号銃を発射した。

偵察機から電信が入ったのは丁度そのときだった。

「真珠湾材は在泊艦は戦艦十、重巡一、軽巡十…空母は発見されず。」

「空母はいないか…。」

淵田は唇を噛み締めながら、通信員に電信を打たせた。

第一航空艦隊に空母がいないことを伝えるために。

電信を打った後すぐに真珠湾が見えてきた。米戦艦がずらりと並んでおり、

空母がいないことを悔しがっていた淵田も興奮を抑えられなかった。

「全機に発信、全軍突撃せよ。」

通信員はト連送を発信。

制空隊はすでに真珠湾上空に殺到しており、米軍基地に動きはない。

奇襲の成功を確信した淵田は、

通信員にトラトラトラの略符をたたかせた。

1941年12月8日太平洋艦隊を完膚なきまでに叩き潰す真珠湾攻撃が、始まった。















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