夕べの夢
想い出は哀しい記憶まで背負い込むから宝箱が悲鳴をあげている
幼い頃は見えていたはずのものいつの間にか見えなくなってしまって
人の見えない処で泣いている小さな亡骸
温泉街の提灯はあの世まで続いているような気がする不思議な気分
隠れ家を探して庵を立てた山奥に夜汽車の音ががたんごとんと毎夜の夜想曲
神社の境内でお面を被った知らない子、雨が降ると母を呼ぶずぶ濡れで
懐かしい面影に過去を映し出す鏡があれば
そっと末香の香りが通りを行く喪服の女
あれが見えるのよと襖の隙間から花魁の焼けただれた顔
仄かな恐ろしさとは懐かしさと同じなのかもしれない
古き家の神棚の大黒様の微笑みが不気味
永遠ってなんだろう
人生とは永遠なのか
空は何も答えずただ風が冷たい
夏の柱時計は逆さまに刻を刻んで
冬の気配に仏像抱いて眠る朝の二度寝
ススキの穂が風に揺られて菩提寺の蝋燭を思い出す
常世にゆくために焚いた線香が赤子の声に揺らめく
こんこんと子宮の中で眠る嬰児は
海の水母のため息に欠伸をして
焚き木の中に位牌を落として
秘かに反魂の儀式をするませた妹
夏の想い出と共に棺桶に入る或る晴れた朝
冬は沈黙する仏像が幾つも並んだ屋敷に居る
朝は眩しすぎて半纏が線香臭い祖母の香り
懐かしい匂いのする干したばかりの布団
子宮の形をした蝶を捕まえました
昭和通りで逢いましょう彼岸の恋人
夕べの夢で確かに自分の影と踊っていた
何処かで風鈴の音夏の幻
人生とは孤独なのだよと誰しもと風の旅人は言う
孤独が人に教えてくれるものもあろう
燐寸を擦って煙草を咥える旅人
宿場町はなにも答えない
夏を教えてくれるものだけが私を救い
懐かしい玩具箱の中で布袋様の根付が嗤ってる
玄関に貼られたお守りの札に赤い染み
どこか奇妙な大人の世界は
魔術のよう
深夜のラジオは銀河鉄道の事ばかり
私の鼓動はがたんがたんと
夜行列車の車輪の音に合わせて鳴っています
ラジオを消すと部屋は静かに沈黙し
私の心臓もことことと小さく消えて行く
街の夜は賑やかなのでしょうか
此処にいたら何もかも忘れてしまう
旅人になりましょう
そして鳥居を潜って化けましょう
夕暮れ時の風が玄関の白熱球に触れて火傷したみたいで
僕は目に見えない風に絆創膏を手探りで貼った
風は小さな子猫になって夕暮れの神社に消えて行く
真っ暗な家の中に赤い糸が張り巡らされていて
今宵もあやとりしようと座敷童が顔を見せる
僕もそろそろ危ない
気が付いたら病院のベッドの上で
夜の旅は孤独の旅
電灯の下でたましひは集まって次の旅の話をして
田んぼの上を夜鳴く鳥が行く
たましひは十分集まったかい
心臓の光ってゐる少年が鳥の口から幾つもの魂を取り出す
それは人生をあきらめて仕舞った者たちの悲しい想いの塊
こうして眠らせておくとよい酒になる
光る少年は哀し気に云う
夜の町には秘かに「アングラ」という名前のお店が
今日も眠れぬ子供らを飲み込んでゆく
柘榴の汁を啜り眠剤を飲んで闇の舟に乗る
大人の気持ちが分からないから
仮面を被って大人のふりをするんだよ
三丁目の婆は肝油の味の金平糖をむさぼり喰うらしい
辻道の大屋敷には座敷牢があるって噂
秘めやかに
夏という病はじわじわと心臓を浸食して
みな古町を旅する旅人になってしまう
旅人の脳には子供の頃が映写機で映し出され
コートの中に銀河系を隠し持って古い列車に乗る
幸福行きの切符は鄙びた温泉街へと続いている
真夜中はマントの怪人が電柱の上で
たましひを捕ろうと
旅人の炎の心臓を狙っている
夢の幾ばくかを笹船に乗せて川へ流す
夜は独りぼっちの友達にて
あの灯りもあの灯りも孤独を抱えて
旅人は海蛍を小瓶に入れて提灯代わりに
陽だまりの中で人生を語れるほど大人になっていない躰
躰の殻の中には小さな子供が棲んでいる誰しも
大人という仮面の下で小さな子供が泣いている
夏は仄かに夏蜜柑の香り
寺の中で不意に仏像の目が怖くなって
ごめんなさいと何度も謝り夏の中に逃げてゆく
トイレの花子さんはいじめられっ子にしか見えないという病
旧校舎の踊り場で確かに見かけた自分と同じ顔
ぼっとん便所の闇に涙が吸い込まれてゆく母に怒られて
影法師と遊ぶ独りぼっちの遊戯
旅に出てみないかと影法師は夕暮れ時に誘ってくる
煙草に火をつけた線香花火を仏壇にお供えして
夕陽を追いかけて西へ虫取り網を片手に
夕陽を捕まえたらそっと池に浮かべて
洗面所のバケツに入っている星屑を
入道雲とかきまわして化学反応を楽しむ
夏休みの自由研究は空の生き物で
神様気分
夏はサイダーの空き瓶の中で
すっかり眠りこんでいる
蝉の止まっていた木々は
冬の風に激しく起こされて
小さな匣に入った風鈴は
過去の夢を見ている
夜空の星々は冷蔵庫の
梅干しのパックの中で
なんとか夜空に還れないか
虫網を持って立ちはだかる
私の影にお願いしてみる
月夜の道をスキップして
夢の欠片は琥珀のなかの懐かしい街
夏はまだ洗面台の隅でこっそりと呼吸をしている
空の階段昇っていく泳いでいる
人生とはなんだろう
ふとした想いを胸に秘めて
枕の底に夜が眠っている
古い町の底にマグマが眠っていて
あの夏で陽炎となり蜃気楼となり
影は仏壇の前でやっと眠れると
白い百合を飾り
遠い夏の面影は夜の床に沈んでいる
ゆったりを鎌首揺らして昔の静かな曲を聞く
羊水みたいな唄ださざ波が画面を揺らす
ゆっくりと躰が溶けだして夏と混ざり合う
何故かしっぽが生えてきて鱗の光る人魚になる
海は遠いし夜は寒いし近くの川にでもと
小さな川を訪ねると青大将が冷たい川に眠っている
夜の闇は深いため息
たましひは蜉蝣のように灯りを求め
右へ左へやがて玩具匣の万華鏡の上に止まる
屋根の上で闇の怪人がソーダ水を飲んで
此の世は逆さまだって嗤ってる
寂しい夜の呼び声はずっと闇に向けて寂しい顔をして
それでも神社の境内には赤い糸が巻かれた狛犬が
夜空に飛び立とうと闇の翼を
野良猫が不意に風に気が付いたとき
私は窓辺で眠っている
旅人がポケットの中のカナブンを見つけた時
夢はみな砕けて壊れてしまっていた
何も嘆くことはない
あるべきものがあるべき姿に戻ったのだ
夜景は通りをたましひの巡業行脚
白粉を塗りたくった芸子が
日本人形のこうべを撫でている
風は吹く
影多き町は古い町
静かに其処に浸ってゐたいと
影の中に沈殿している黒い出目金とは私の事か
朝は座敷牢の中で壊れた人形にお札を貼る仕事
昼には蔵の中で地獄絵巻に赤を足す仕事
赤い色を何に喩えよう血が零れる孤独の方に
夢ばかり追っていたから
こうして古い町に沈殿している澱のようなもの
光の定義を思い出して影を足す
酒に酔うては故郷に帰るたましひだけが
暗がりの電灯に集まってはひそひそと
あの世への旅路への会議を
人の居ない道子供のいない道
老人が徘徊しております旅人が混ざります
夕立が去ってもう少しいてもいいんだよと
声をかける人の温もり
貝の中に閉じこもってゐたい
綺麗な物を集めれば綺麗になれると思っていた
あの頃私は何も知らなかった
夢を見ては夢になれるのだと
街は静かに眠ります夜汽車を乗せて
夢の合間に花弁提灯舞います
櫻の花びらが墓石を照らして
何処迄も暗く何処までも深淵
昨日の私はきっと私ではなかった
だんだん自分が人間ではない
亡霊のよう
どうして人は過去に縛られるのだろう
夢を追い夢を捨て過去にすがり不幸症
きっと欲しかったのは昨日の私なんかじゃ
回送列車が走ります昨日を乗せて
夢見の水晶玉には私ではない私が映り
終ったキネマに夏は美しく
暗い夜道を風に吹かれ帰ります
前世の業にて亡霊に生まれ変わり
夜が好きなのさ
記憶の中にいつもよみがえる光景
微かな雨音、夜の闇に浮かぶ電灯、夕暮れ時のテールランプ
物語はいつも其処にあった
バケツの底の水たまりを泳ぐおたまじゃくしは
けして出目金にはならないからと
黒い喪服を見てあの世へ行かなければならないのは私
雨はしとしとと降り
暗い電灯にたましひが集まる
想い出は哀しい記憶まで背負い込むから宝箱が悲鳴をあげている
幼い頃は見えていたはずのものいつの間にか見えなくなってしまって
人の見えない処で泣いている小さな亡骸
温泉街の提灯はあの世まで続いているような気がする不思議な気分
隠れ家を探して庵を立てた山奥に夜汽車の音ががたんごとんと毎夜の夜想曲
神社の境内でお面を被った知らない子、雨が降ると母を呼ぶずぶ濡れで
夜空の幽霊船は三日月に不時着した模様
そっと星屑を入れたたらいを掻きまわす
明日が幸福でありますように
古い町並みは夕暮れ時になると不意に語り掛ける寂しい人だと分かって
夕立は子守歌を掻き消した仏間に嬰児の泣き声
夜鳴く鳥は不吉だと荒れ野の上を夜風が行く
静かに黙って影が出て行くまで
想い出は階段の淵にいつの間にか
あめふらしが溶けたみたいなんだ
泡ぶくが宿場町を海の底みたいに浮かんでは消える面影と想い
爪をやすりでこすっていると夜空の三日月が微笑んだ
三和土のタイルが鈍く輝いていると幸福な事が訪れそうで
古い町並みは死んでいるかのように幸福行きの夜行列車は旅立つ
夜の旅は孤独の旅
電灯の下でたましひは集まって次の旅の話をして
田んぼの上を夜鳴く鳥が行く
たましひは十分集まったかい
心臓の光ってゐる少年が鳥の口から幾つもの魂を取り出す
それは人生をあきらめて仕舞った者たちの悲しい想いの塊
こうして眠らせておくとよい酒になる
光る少年は哀し気に云う