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八月一五日

作者: L.Caffe

 受話器を置いて、まあ、ね。と俺は納得する。


 親戚一の美人である、いとこだったか、はとこだったかの有紗に会えなくなったのは悲しいし、人数的にかなり拍子抜けのお盆になるのも、ちょっと残念だが、コロナに罹った家族が居るなら仕方ない。他の親戚もなんだかんだで田舎旅行を諦め、いつもなら満員になるはずの居間は、お寺のお堂みたいにがらんどうだ。


「高田んとこも来れんのか?」


 義夫おじさんが胡坐のままで言う。コロナだって、と俺は返す。


「まあ仕方ねえな」


 おじさんは正面に向き直って、空になったコップにビールを注ぐ。


「ひるっからビールばっか飲んで。おじさんどうすんの?」


「まあ、おれらは同じことをやるだけだけどな」


「暇だなー」


「淳史は、まあそうだべなあ」


 おじさんは笑いながら、友達と盆踊りでも行けばいいだろ、と言う。


「まあ、そうすっか」


 俺は友達数人にSNSで伺いをたてる。10分と待たず返信が着て、集まりの良さにちょっと驚いた。まあコロナでどこにも行けないだろうしそりゃそうか、と納得する。

 少し早く集合することにして、夕日を待たずに家を出た。


「なに? ジャージ?」


 花那子があかしろの金魚みたいな浴衣をひらひらさせて渋い顔をしている。


「いいじゃねえか」


「あと二人も着てくるかもよ。浮いちゃうよ」


 真司も花那子の口調を真似して浮いちゃうヨー、とか言ってくる。内心失敗だったか、と焦りつつも何食わぬ顔を決め込み、伊藤と吉田さんを待つ。


 日が傾いて少しだけ涼しい風が吹くようになってきた。靴の形に日やけした花那子の足が浴衣の裾から少し見え、田んぼは紫色になった空に、緑青色に照らされている。ボロになったバス停の標識、裏山からのひぐらしの声。


 少しノスタルジックな気分になる。


「再来年にはここともサヨナラか」


「と、黄昏にタソガレる淳史であった」


「ナレーション入れるな」


 雰囲気をぶち壊されたのと同時に、二人も合流した。結果ジャージ一人、浴衣四人の不格好な高校生集団となったが、それでもあれこれ言い合い、笑いあいながら広場へと向かう。


「なんかこのメンツで盆踊りとか久しぶりな気がする」


「コロナって中三だっけ」


「そんな昔だっけ?」


「そうかも」


 でも、盆踊り会場には、予想より多くの人が集まっていた。


「俺、あめりかんドックかってくるぅ」


 真司らしく、真司が巨体を揺らすと他の二人もついてゆく。花那子は子供ね、とかなんとか言いながら俺についてくる。一番チビで子供っぽいくせに、と言いそうになって、物騒な言葉を飲み込む。


「お前もなんか買って来ねえの?」


「あんたは?」


「俺、さっきそうめんタラフク食ったしな」


「そう。私もさっきケーキ食べちゃって」


「あ、いいなあ。俺もケーキ食いたい」


「なんなの? 食べたいのたべたくないの――あら?」


 花那子は近視をカバーするべく、大きな目を露骨に細めて遠くを見ている。なに? と言いながら俺もそちらを見るが人混みみしか見えない。


「あれって……」


「どれ?」


「あれよあれ。かなり暑そうな服着てる子」


「ああ、あのパーカー」


「そう、あれって絵里香じゃない?」


「エリカ。……えーっと、を?」


 忘れたの? と俺は背中をぶったたかれ、やっと思い出した。

 小六の時に転校していった伊原絵里香。


「ああ。え? そうかも」


「そうかも、じゃないでしょ。行くよ」


 おめん屋の前でかなり奇妙な動きで選んでいたパーカーに接近する。花那子は執拗に俺の背中を押してくる。


「おい、ちょっと待てよ」


「なんで待つの」


「違ったら恥ずかしいだろ」


「だからあんたが行くんでしょ」


「なんで俺」


 パーカーはふとダンスをやめてこちらに向きなおった。それでも俺は確信が持てない。絵里香ってこんな……こんなに綺麗だったっけ?


「ええーっと。あのー」


 パーカーが口を開いた。いよいよやばい。

 俺は花那子を振り返るが、俺の腕と腰の辺りを掴んだまま、陰から出ようとしない。

 どんだけ恥ずかしがりなんだ。


「ええーーっと。伊原……さん?」


「あっちゃん?」


 そうだ、あの頃俺は「あっちゃん」だった。間違いない。


「絵里香~ぁ」


 安全が確認されると同時に、花那子ががっつり前に出る。


「かな~! 久しぶり~。会えると思ってなかった」


「絵里香大きくなったねえ」


「お前は伯母かなにかか」


「あっちゃんも大きく……なった?」


「淳史はね、あまり変わってないの。ジャージだし」


「お前が言うな、チビ」


「なに~!」


 そうだ。あの頃は花那子と真司と絵里香と四人で、よく遊んでいた。夏になれば山に分け入り、川で水遊び。冬には毎日誰かの家に行ってあれやこれやとインドア遊びをしていた。花那子が酷く寒さに弱かったから。


 絵里香は親とスキーによく行っていたので年中真っ黒で、一部からはカゲの愛称で呼ばれていた。


 それがこんなに白くなって、ハーフみたいにきっちりした目鼻立ちで。と俺は感動していた。

 陸上部に入った花那子が今ではカゲの称号に相応しくなってしまった。絵里香は姫かな。


「なに、にやけてるの? 淳史」


「え、俺はそもそもこういう顔だか?」


「そういう顔だっけ、あっちゃん」


「そうだよ。なんだ絵里香まで」


「……あ、ごめん」


「うん……えーと、ひさしぶりー」


「あっちゃん、元気そうで……」


「そっちも元気だったかよ、絵里香」


「えへへ」


「あはは」


 内容の全くない会話と不安のスパイスが効いた笑いが続く。昔の友達との再会は嬉しさと胸騒ぎのカクテルになるわけか、と俺は一つ勉強をした。


 どどん、と太鼓が鳴り、盆踊りのはじまりを告げると、ふっと絵里香の表情が変わる。


「真司は?」


「ああ、今食い物買いに行ってる」


「相変わらずだね」


「そう、相変わらず」


 花那子も、ギアを入れ替えたらしい。すこしリズムを緩め、服装の質問をして絵里香が原チャリ旅行中だという情報を聞き出すと、どこに行っただの、何がおいしかっただのとあれこれ質問を浴びせる。それに苦笑いで絵里香が答える度、まるで音が聞こえそうなくらいに時が巻き戻っていくのを感じる。そおいえばこの時計屋の前で……。


「そおいえば、六年の時も盆踊り来たよね。四人で」


 絵里香も言った。

 でも、今、時計屋のショーウインドウに移り込むのは、大人一歩手前の三人だった。


 それを見た時、すごい力で巻き上げていた時間が一気に今に戻った気がした。


「あれが最後の思い出……だなあ」


 部外者になってしまったことを絵里香は感じていたんだろう。綺麗な顔をゆがめてちょっと笑う。


 花那子は言葉に詰まって、笑顔のままうちわを片手でくるくるまわしたりしている。


「なんか食わねえ? 絵里香お好み焼き好きだったろ。な」


 真司達を探しながらあれこれと買い食いをし、担任教師のことや、山の中に作った秘密基地のことや、色々な友人のその後を話した。合流した真司はあからさまに驚き、持っていたタコ焼きを二つ絵里香に分けた。


「真司も大人になったね」


「絵里香にだけだ。淳史になんか半個だってやらない」


「うん。あまり変わってなかったか」


「で? で? 彼氏とか居るの?」


「かなは?」


「居ない」


「じゃあわたしも」


「じゃあってなによ。はっはーん、怪しいー」


 一般客の踊りの輪が無い、寂しい盆踊りを少し離れて眺める。大ベテラン達の模範的な踊りがひとしきり終わると、感染対策のために早く終わりますというアナウンスが流れ、屋台の灯も一つまた一つと落ちてゆく。

 こちらも別れのタイミングとなった。


 吉田さんもすっかり絵里香と仲良くなり、ガールズトーク的なものに三人で華を咲かせていたが、絵里香がすっと立ち上がると、途端にモードが変る。女子たちはサバサバしたもので、携帯を取り出して連絡先を交換すると、じゃあねまたねを繰り返した。


 俺と真司は言葉にならないうめき声のようなものを少し発しただけでモジモジしていた。男はこういう時だめなんだな、とまた一つ勉強する。


 ブラブラとみんなで駐輪場まで歩く。絵里香は突然拳を作った腕を顔の前にあげる。テレビで政治家とかがやってる腕タッチだ。いつの間にか買っていた人気アニメに出てきそうなきつねのお面を頭の横に付け、本当に綺麗な笑顔を作っていた。


「うえーい」


「へーい」


 俺たちもやっと素直に笑い、それに答える。


「宿まで何キロくらい?」


「隣町だから、あと20キロくらいかな」


「暗いから、気をつけてな」


「うん、真司もあまり食べないで。100キロになっちゃうよ」


「ならねえよ」


 俺も何か言おうと思った。でも絵里香の顔は既にメットで隠れ、誰だかわからなくなってしまっていた。


「またね」


 皆に掛けられたその言葉の後ろにはスクーターの排気音だけがくっついた。

 手を振る四人。俺も小さく手をあげる。


「絵里香ちゃん、可愛かった」


 伊藤にとっては、思わず美人とお友達になれた喜びと、吉田さんの肘鉄の痛みだけが残る日だっただろう。

 真司も、嬉しそうな顔で手を振って吹っ切れていそうだった。


 じゃあなんで俺だけこんなに寂しいのか。


 地味な日常の続いた残り少ない夏休みにあって、ちょっとしたスパイスになった盆踊りの日の余韻を噛み締めるようにゆっくりと歩きつつ、三々五々別れ別れになってゆく。そして、俺と花那子だけになった。四軒しか離れてはいないが、奥の花那子の家まで送るというと、うん、とだけ返ってくる。


 田んぼ沿いの道をなぜか二人で黙って歩いてゆく。

 最初の頃こそ連絡をとっていたが、だんだん疎遠になり、受験だ高校入学だというどさくさで絵里香のことはすっかり忘れていた。それが今日突然現れたことで、一気に時間がまきもどされた。まだ、何もかもがあの頃の鮮明さで目に飛び込んでくるように思える。

 街灯の下で、浴衣をゆらして歩いている花那子の姿が目に飛び込む。。


 花那子もそんな気持ちなのだろうか。違うのかな?

 というか、花那子にとって俺はどういう……。


 彼女の手はうちわをくるくる回している。


「あのさ」「あのさ」


 言葉が被った。俺は笑って手を差し出し順番を譲る。


「淳史ってさあ。絵里香好きだったでしょ」


「え……いやあ。どうかなあ」


「わかってたよ。私があっちゃんって言った時と、絵里香にそう呼ばれた時の顔が全然ちがってたもん」


「そんなところまで見てるのか」


「まあ、一応女だし」


「一応ねえ」


「でもダメだからな」


「え? なにが」


「私も絵里香が好きだから」


「まあそりゃそう……え?」


「私ねえ。はじめて言うけど……どっちかというと、女の子のほうが」


「え……」


――えっ!。

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