自警団のアジトで
イレーネとハンスが連れていかれた先は。
ロージーマリーの家を出てすぐ、数人の男たちに拉致されるように、路地の奥に連れていかれる
イレーネとハンス。
ハンスが
「イレーネ、イレーネ、彼女に何かしたら許しませんよっ」
と叫んでいる。
イレーネはと言うと、胸元に忍ばせている聖剣フリージアに手をかける機をうかがっていた。
しかし、武骨な男たちに肩をつかまれ自由の効かないイレーネ、
急ぎ足で路地裏の細い通路を歩かされる。
「自分で歩けますから、その手をお放しなさい」
とキッパリと言うイレーネ、その姿に男たちがひるんだ。
背後のハンスを見ると、頭から麻袋をかぶせたられずば抜けて屈強そうな男に担がれていた。
それでも足をバタバタさせて、何やらうめき声を上げ続けている。
「ハンス、静かにしてちょうだい、まずはこの人たちが連れて行きたい所に行ってみようじゃない」
とイレーネ。
いつの間にかイレーネが先頭を歩き、先ほどまで彼女の肩をつかんでいた男たちが、つき従うように後に続いていた。
古い建物の一室、ドアを開け中に入るように促す男たち。
そこにイレーネが入ってきた。
その堂々とした姿に、中にいた者たちがしばし息をのみ、彼女を見つめていた。
ハンスも麻袋を取り払い、よろよろと歩いていた。
「イレーネ、大丈夫ですか」
そう言いながらイレーネに近寄り彼女に怪我がないか確かめるハンス。
「私は大丈夫よ、あなたこそ大丈夫なの?」
とイレーネ。
「僕は大丈夫ですよ、それにしてもイレーネ、迫力ありますねえ」
とイレーネのいつもと違い威厳のある態度に感心しているハンス。
「こんな時に」
とイレーネはあきれ顔だ。
すると中にいたリーダー格の男が、
「手荒なマネをしてすまなかった」
そう言いながら二人を迎えた。
「あなた方、名乗りもしないでいきなりこんなところに連れてくるなんて、紳士のすることではないと思うのだけれど、説明してもらえるかしら。なぜ,私たちをここに連れてきたの?」
とイレーネ。
周囲の男たちが顔を見合わせる。
「紳士だって」
そういいながら。
「重ね重ね失礼を。私はハイン・ジェットと申します。この地域の自警団の団長をしております」
とリーダー格の男が言った。
「で、ハインさん、私たちに何のご用なの?」
とイレーネ。
するとハイン・ジェットは二人連れ別室に移った。
そこにはダウンタウン・バッド自警団の幹部メンバーだという数人も同行した。
「単刀直入に言います、イレーネさん貴女にアデーレ王国のイレーネ王女の替え玉になっていただきたい」
とハイン・ジェットが言った。
思わず、身体に力が入るイレーネ。
自分の事が身バレしている?
いや、それは違うようだ。この人たちは私をイレーネ王女だとは思っていない。
「どういうことですか?」
ハンスが冷静に言った。
「氷の王宮で執り行われる、フィリップ殿下の誕生日会にアデーレ王国のイレーネ王女が招待されているという情報をつかんだ。
我々は王女に氷の王宮のあたらしい王に据えるつもりなのだ」
ハイン・ジェットが言うには、
氷の王宮にいる現王、フィリップ殿下を失脚させてイレーネ王女を新しい女王とする。
そして、氷の王宮を支配する幹部の役割も自分たちが担う。
そう言う計画を企てている。
しかし、王女の到着が遅れているということで、誕生日会に間に合いそうにない。
王女の到着まで、替え玉になってもらいたい、とういうことらしい。
「その情報をどこで入手したのですか?アデーレ王国のイレーネ王女が誕生会に列席するという」
ハンスが続けて聞く。
「とある情報筋だ。詳しくはお前たちが知ることではない。
そこのお嬢さんもイレーネという名だというじゃないか。年頃も同じくらいだし、ご両親がイレーネ王女にあやかって付けたのだろう?」
とハイン。
そう言えば、自分が生まれた時、同じ名をつけるのが流行ったと聞いたことがある。
「気安くイレーネを名乗るとは」
と王女の側近たちは怒り心頭だったらしいが、父である国王はそれを差して問題視しなかった。
「それで、私は何をすればいいの?」
とイレーネ。
「イレーネ王女としてフィリップ殿下の誕生日会に出席してもらう」
とハイン・ジェット
「そこで我々が反乱を起こし、王女を氷の王宮の新しい王とする。
情勢が落ち着き次第、正当なイレーネ王女と入れ替わる、その時まで替え玉として過ごしてほしい」
「話を整理すると、まずイレーネ王女はフィリップ殿下の誕生日会に出席予定。でも到着が遅れそう。だから私が代わりに誕生日会に出席する、ってことね?」
とイレーネ。
「で、王女はいつ来るの?」
と続けるイレーネ。
「誕生日会の翌日の予定だ。万一、間に合うことがあったとしても王女に誕生日会への出席は避けていただく。
その場で反乱を起こせば戦闘になる可能性もある。王女に怪我でもさせたら大ごとだ」
とハイン・ジェットが答えた。
「それから、失脚したフィリップ殿下はどうなるの?」
イレーネが気になったいたことを聞いた。
通常ならこういう場合、無事では済まされない。
「フィリップ殿下のことは気にするな。お前がそこまで気にかける必要はない」
とハイン・ジェット。
イレーネはそっとハンスを見た。
ハンスもイレーネを見ていた。
自分はどうすればいいのだろう。ここで自分の身分を明かすこともありなのか。
いや、言っても信用されないだろう。
イレーネはこの状況を判断しかねていた。
「イレーネの身の安全は保障してくれるんですよね?」
とハンスが口を出した。
ハイン・ジェットが答えずにいると、
「我々は外国からの旅行者だ。母国は治安国家だ。その旅行者の身に何かあれば国際問題だぞ。
この国、いやこの地域の実情は多少なりとも、理解しているつもりだ。
我々の協力がほしいなら、イレーネの身の安全を保障するとこの場で誓え。
そうれができないなら、いますぐにでも女神を召喚するぞ、勇者ハンスの名にかけて」
とハンスが言い放った。
「お前、勇者なのか」
とハイン・ジェットはじめ、その場の幹部たち。
見つめる視線が先ほどとは違う羨望の眼差しだ。
「ぽんこつだけどね」
とイレーネが心で言う。
「わかった、イレーネ嬢の身の安全を第一優先とすることを誓う。どうか我々の窮状をわかってほしい」
ハイン・ジェットはそう言うとハンスと手を取り合った。
「じゃ、私たちはっていうか私はイレーネ王女として誕生日会に出ればいいのね。
それまでは普通にしてていいの?
そろそろ帰りたいんだけど」
とイレーネ。
「そうですね、イレーネそろそろ戻りましょう」
とハンスが言い、イレーネを連れ出そうとすると、
「いや、それはだめだ。二人ともここで過ごしてもらう」
とハイン・ジェット
「でも、宿に戻らなかったら通報されちゃうかもよ」
とイレーネも言い返す。
「そうですよ、あの宿には旧知の友人も泊っている。僕たちが帰らないと捜索願をだされるかもしれませんよ。そうなると大ごとだ」
とハンスも加勢した。
しばらく考え込むハイン・ジェット、そして
「お二人とも帰すわけにはいきません。逃亡される可能性もある。
イレーネ嬢はお戻りください。部下に送らせます。ハンス、きみはここに残ってくれ」
と言った。
イレーネが何かを言おうとしたがそれより早く、
「ではそれで妥協しましょう。イレーネを安全に自由荘まで送り届けてくださいよ」
とハンスが言う。
それから、ハンスと話をすることも出来ず、イレーネは自警団の団員に付き添われて
自由荘まで戻った。
部屋に帰る時、その団員が
「変な気を起こさないように。こちらにはあなたのいいなずけがいるんですから。わかっていますよね」
と声をかけた。
「いいなずけって」
と口ごもりながら、ひとり部屋に戻るイレーネ。
どっと疲れが襲ってきた、それでも頭がさえている。
ダブルベッドに一人で横たわり、
「どうすればいいんだろう。こんな時にシャロンがいてくれたら」
とつぶやいた。
このベッドにハンスと二人で寝ることになる?
そんなことを思って焦ったのがすごく昔のようだ。
「寂しいな」
イレーネは震えながら身を丸くして寝ころんでいた。
心細くてたまらない、こんな気持ちになるのは初めての事だった。
いつしか涙がこぼれていた。
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