ジール魔法団
ダウンタウンの宿で思いがけずアンと再会したイレーネ。
北の国、ダウンタウン・バッドの小さな宿、
「宿所 自由荘」
そこで思いがけず、夏の国で別れたアンと再会したイレーネ。
「わあ、イレーネ」
そう言いながらイレーネに飛びつきてきたアン。
イレーネは驚きながらも、嬉しそうにアンを抱きしめた。
「なんでここにいるの?」
とイレーネが聞くと
「あのねイレーネ、私、みんなと氷の祭典に来たんだよ」
とアン。
しっかりとした口調で答えるアン。少し背が伸びており、幼な子と言うよりももう少女だ。
「みんな?」
アンの言うみんなとは、アンを連れて行ったあの魔法使いのジャン・ジールたちのことだろう。
するとアンが話している相手がイレーネだと知るとすぐさま近くにやってきた。
「イレーネ、イレーネじゃないですか」
とジャン・ジール。
あの夏の国の雨ごいの儀式のときにみたジャン・ジールよりも若く見えた。
あの時は、儀式の装束をまといかなりな威圧感を醸し出していた。
それに比べると、今は近くの公園にでも行くような普段着だった。
「また後で会えるからね」
ジャン・ジールはそういうとアンを客室に行かせた。
他の同伴者たちもだ。
人であふれていた自由荘の玄関フロアから人々が、客室のある上の階へ移動していった。
やっと静かになるフロア。
「じゃあ、あとでね」
アンもそう言うと、皆について行ってしまった。
その後ろ姿を、見つめるイレーネ。
「元気そうでよかった」
とぽつりと口から洩れていた。
「そうでしょう?あの子には素晴らしい才能がある、そしてなにより努力家だ。
一番の魔法使いになるって張り切っています。
あの子の存在は我々にもとてもいい刺激になっているんですよ。修行中の若手連中は、彼女に負けじとがんばりますからね」
とそばにいたジャン・ジールが目を細めながら言う。
ジャン・ジールとその一族は、魔法団を結成していた。
そこでは、魔法使いになる者たちへの指導も行われており、質の良い魔法教育が行われているのだそうだ。当初は一族の子弟のみを対象にしていたが、その評判が口コミで広まり広範囲から入門希望者が集まってきた。
今では四季の国連邦以外の研修生もいるのだとか。
先ほど、部屋に引き上げて行った面々は若者、というより少年少女と言った年ごろだろう。
みなジール魔法団の研修生だという。
「皆さんは氷の祭典に来られたとか、僕は存じていないのですがそれはどのような祭りなのでしょうか」
いつの間にやら話に加わっていたハンスが口をはさんだ。
アンの言っていた「氷の祭典」、イレーネもハンスもそんな催しがあることを初めて聞いたのだ。
「氷の祭典は冬の国最大の祭りですよ。北国ならではの楽しいイベントです。
今回は、修行を頑張っているご褒美に研修生たちを連れてきたんです。アンはそれはもう楽しみにしていましてね」
とジャン・ジール。
冬の国では主要な街で、この時期に祭りが開かれるのだそうだ。
雪で作った滑り台のある遊び場があったり、氷で作られた家の中では食事もできる。
温かい食べ物や飲み物もあちこちで売られていて、人々はそれで暖を取りながら祭りを見て回る。
「この祭典、もともとは」
とジャン・ジール
秋の国から引き渡された、作物の「種」をこの冬の国の寒さの中で保管する。
寒さが、種を強くし次に植えられたときに力強く芽吹くのだそうだ。
その「種」を迎え入れる儀式、これが氷の祭典も本来の目的だったそうだ。
「これで作物の一年が繋がるんですね。
春の国が植えられて、夏で育ち、秋で収穫し、冬で再び次の春を待つ」
とハンスが目を輝かせて言う。
「僕はこの一連の流れをこの目で見てみたかったんだ」
と続けた。
「ハンスは好きだもんね、作物とか農業とか」
とイレーネ。
「そうですよ、人は食物なくしては生きられないんです。この尊い一連の流れを知らないなんて、ありえない。イレーネ貴女はだいたいにして」
ハンスがいつもの調子でイレーネに言い始めた。
ハンスはイレーネが他人事のような言い方をするとちゃんとそれを戒める。
それはとても良いことなのだが、イレーネにとっては耳が痛いだけだ。
「はい、はい、わかりましたよ。」
とめんどくさそうに言うイレーネ。
「いつもいつも、お小言うるさっ」
心の声がそう言っていた。
「あなた方はなぜここに?アンの話だとあなたたちは連邦を巡る旅をしているとか。
外国からの旅行者ならここには泊まらないでしょう」
とジャン・ジールが聞いてきた。
「それは、」
口ごもるイレーネのかわりに
「僕たちは出来るだけその国の暮らしに密着して過ごしたいと思っているので」
とハンスがが代わりに言った。
「当初はセンターシティのクリスタルホテルに泊まっていたのですが、ここに暮らす人たちをもっと知りたいと思って」
「そうですか。それはいいことですね。
あとでアンと会ってやってください。話したいことがたくさんあるようだから」
ジャン・ジールはそういうと、
「では、また」
と言い残し、自分も部屋に引き上げていった。
ジャン・ジールと入れ替わるように、
「イレーネ」
と言いながらアンが顔をのぞかせた。
イレーネが手招きをすると笑顔で駆け寄るアン。
改めて、アンの顔を覗き込み、頭をなでながら
「アン、会いたかったよ」
とイレーネが言う。
でも、アンに会ったら、また会えることがあったら、伝えなくてはいけないことがある。
ずっとそれが心のどこかでひっかかっていた。
そう、アンが慕っていた、妖精シャロンがもういないことだ。
「あのね、アン」
イレーネが言いかけたとき、
「シャロンちゃん、もういないのね」
とアンがつぶやいた。
シャロンの気配を感じない事に、事情を察したようだ。
「わかるのね」
とイレーネ。
「なんで?」
とアン。
イレーネはシャロンが消えた理由をアンには話さなかった。
ルルカ村の孤児院で孤児院の子供たちに「妖精なんか信じない」と言われて消滅したシャロン。
アンはその子供たちと友達だった、そうなるよう仕向けたリリアの事も慕っていた。
言葉を濁しているイレーネに、
「イレーネ、悲しい?」
とアンがイレーネの頬に手をやりながら言う。
そのままうなずくイレーネ。
「でもね」
思いがけず明るい声でアンが言う。
「シャロンちゃんはまた妖精の必要な子のところに行くんだって」
「どういうこと?シャロンとまた会えるの?」
「会えるかどうかはわからないな。イレーネはもう妖精を信じるこどもではないでしょ」
アンの言葉に、イレーネは思った。
シャロンは専属魔法使いではあったが、妖精は妖精だ。
通常なら小さな子供と一緒にいるものだ。
それなのになぜ、シャロンは16歳にもなる自分のもとにいてくれたのだろう。
「そっか、もしアンのところにシャロンが戻ってきたらよろしくね」
イレーネは自分の疑問を打ち消すようにアンに言うが、
「私じゃないな、もっとイレーネに近い人のところに戻ってくるよ」
とアンは言った。
「私の側に妖精が必要な小さな子はいないけどな」
そう言うイレーネに、
「そうか、イレーネはまだ気づいてないんだね」
とアンは言った。
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