フィリップ殿下の「お誕生日会」クリスタルホテル編
クリスタルホテルで開かれるお誕生日会、どんな会?
クリスタルホテル、最上階にある
「クリスタルルーム」
ここはこのホテル最高級の、パーティルームのようだ。
この部屋は、パンフレットでもホテルのホーム―ページでも、
「このお部屋のご利用には審査があります。事前にご相談ください」と記されていた。
いわゆる特別な部屋なのだ。
そこで行われる
「フィリップ殿下、お誕生日会」
イレーネとハンスは開始時間に合わせて、最上階へと向かった。
「招待状」には、急な催しのため、「平服」にてご参加ください。
となっていたが、周囲にいる同じく誕生会に向かうのだと思われる客たちは皆それなりにドレスアップをしていた。
しかし、「平服」いわゆる普段着、と真に受けてしまったイレーネとハンス。
まったくもって浮いている。
タキシードとイブニングドレス姿の紳士淑女の中に、近所に買い物にでも行くのかといった風貌の男女が紛れ込んでいるようなものだ。
「すこしはおしゃれしてくればよかったですね」
とハンスがささやく。
しかしイレーネは、
「だって、平服、ってことだし、これでいいわよ。
この服だってフーベル伯爵があつらえてくれた上等な品よ。堂々と胸をはっていましょう」
と動じる様子もない。
実際、ピンと背中を伸ばし、優雅に歩くイレーネは周りのドレス姿のご婦人方に囲まれていてもまったく引けを足らない。
どこか、人々をはっとさせてしまうような圧倒的な美しさがあった。
それに比べると、ハンスは。
そう、ハンスはいたってどこにでもいる、平民の若者そのままだった。
「ほらほら、またまたあのお嬢さんカワイイって周囲が注目してますよ。
なんなんですかね、貴女のこういう時にでてくるオーラ」
とハンスが少々妬みを加えながら言った。
「しょうがないじゃん、そういう風に育てられたんだから。
ちょっとは貫禄ないと困るでしょ。暴徒と化した人民をなだめなきゃいけないことだってあるかもしれないんだし。」
とイレーネ。
確かに、王、女王になる者は圧倒的な、カリスマが必要なのだ。
現アデーレ国王も、歓喜に沸く群衆の前に立った時、片手を挙げただけであたりが静まり返る。
人民の前ではそんな強烈な存在感をはなつのだ。
「だから、そんなにやきもち焼かないの」
とイレーネに言われるが、
「や、や、やきもちじゃあないですよ。偉い人も大変ですね、そう思っただけだから」
とそう言い返すハンス。
そう言いながら、周囲のだれよりも美しく気品のあるイレーネを誇らしげに見つめるハンスがいた。
会場のパーティールームにはいくつかの大きな丸テーブルが並んでおり、前方にはこれまた大きな「バースデーケーキ」が置かれ、その周囲にはたくさんのお花とプレゼントが並べられていた。
「なんかクリスマスみたいだね」
とイレーネ。
バースデーケーキをクリスマスツリーに置き換えればここはどう見てもクリスマスパーティーの会場だ。
そんな違和感を感じるイレーネ。
皆が席に着くと、ホテル専属の楽隊が華やかな音楽を演奏し始めた。
そして、前方のスクリーンには、フィリップ殿下をお祝いする映像が流れる。
そして、映像はフィリップ殿下の今までの功績を紹介していった。
ここ、冬の国での唯一の王、フィリップ殿下。
様々な困難を経て、このちに王国を築いき、はや半世紀。
なのだそうだ。
そしてここで暮らす人々の様子が映し出された。
満ち足りた生活、紹介されているどの家庭も豪華すぎはしないが、一般庶民からは程遠い暮らしをしていることがうかがえる。
スクリーンに登場する人々は皆、笑顔でフィリップ殿下を称賛していた。
「フィリップ殿下ご自身の映像、一度も出てこない。ヘンすぎるよね」
と前を見ながらイレーネがつぶやく。
「黙って」
ハンスは頷きながらもイレーネが口に出して言うことを制した。
周囲の客を見渡すと、皆食い入るように画面をみつめ、その目、表情は憧れと賛辞に包まれている。
涙ぐみながら拍手を送る者もいる。
スクリーンでの映像紹介が終るとボーイたちが一斉に各テーブルに料理を振舞い始めた。
会場は和やかな歓談の場となっていた。
大きな円卓に数人ずつが座っている。
イレーネの隣に座っている婦人が話しかけてきた。
「貴女はどちらのお姫様なのかしら?」
一瞬、その婦人を凝視するイレーネ。
「バレてる?」
そう思ったが、そうではなく。言葉のあやとしてお姫様と言ったのだろう。
「私たちは外国からの旅行者です。そんな高貴な身分ではありません。今日は特別にここにご招待いただきました」
とイレーネ。
婦人はイレーネ達の身なりを見て、納得したように
「そうなんですね、外国からということはお目通りもお済ませに?」
と続けた。
聞けばそのご婦人は夫と共に、同じ北の国よりこのセンターシティに移り住んできたという。
元は国境沿いの裕福な商人だったそうだ。
結婚記念日のお祝いで、このクリスタルホテルに泊まりに来ているのだそうだ。
「わたくしたちはね、王、フィリップ殿下直々にここへの移住を依頼されたのですよ。
こんな名誉なことはないわ」
とご婦人は満足そうに言う。
その横にいるご婦人のご亭主と思われる男性も、もっともだ、とばかりにうなずいていた。
ご婦人夫妻が席を離れた時、イレーネが
「あの旦那さん、お喋りを封じられてるんだね」
とハンスにささやいた。
「何?そんなことがあるの?」
とハンス。
「そう、あの旦那の口の開け方、見たことがあるもん。あれは口封じの呪い。魔女の仕業だと思うよ。
何かまずい事でも言ったんだね。
小さい頃、王宮でまずいこと言った侍従がやられてたよ。3か月間くらいだったけど」
とイレーネ。
「まずいことって?」
「イレーネ王女って嫌な奴だって言いふらした」
「本当の事じゃないですか。王宮って怖いところなんですね」
そうこうしている間に宴は滞りなく進んでゆき、フルコースの食事もデザートが出されていた。
そろそろ誕生日会も終盤だ。
「それではご臨席の皆様方、本日のお祝いの宴もいよいよお開きのお時間となりました。
フィリップ殿下より皆様方への贈り物がございますので、お受け取りになり客室へお戻りください。
この宴会の司会がそう言うと、フロアのボーイたちがそれぞれのテーブルに何かを配り始めた。
それはプレゼント包装された綺麗な包みだった。
イレーネ達のテーブルにも、そのプレゼントを抱えたボーイがやってきた。
先ほど話しかけてきたご婦人とその夫はその包みを受け取ると、さっさと席を立ち「ではごきげんよう」と声をかけて部屋を出て行った。
他の客も同様だった。
もうこのテーブルにはイレーネ達しかいない。
周囲を少し見まわしたボーイが、イレーネに包みを手渡す。
「こちらをどうぞ」
イレーネの目をしっかりと見ながら。
イレーネはその渡された包みを大切に抱え込んだ。
部屋に戻ってきたイレーネとハンス。
そのまますんなり戻ってこられるとは思っていなかったので少し拍子抜けした感じだ。
ハンスが例の棒を取り出し、電波を確認する。
「大丈夫ですね」
と言うハンス、その隣で
「でも、いつ何か仕掛けてくるかわからない、油断はできないね」
とイレーネ。
「ねえ、これ見て」
とイレーネ。
先ほどのフィリップ殿下からのお返しの品、その包みに一枚のメモが差し込まれていた。
そこには、
「どうか私たちをお救いください」
と書かれていた。
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