追い出したい者と逃げ出したい者
「勇者ロードレース大会」に優勝したハンスが王宮で暮らすようになったその翌日から、
1日1回のハンスとイレーネ王女の対話の時間が設けられることになった。
イレーネ王女とハンスが二人きりで話をする時間だ。
ハンスが王宮に来て翌日の対話の時間。
イレーネ王女の希望で、王宮の庭を散策することになった。
執事と召使がハンスに「普段着」を着せ、王宮の庭の入り口まで連れていく。
普段着といっても貴族の若者が着るような装束で、普段のハンスでは考えられないような、
きらびやかな衣装だった。
着なれない服に戸惑いながら、姫を待つハンス。
そこに、多くの侍女を従えてイレーネ王女がやってきた。
こちらもいつもの王女より多少、ボリュームの少ないスカートとピラピラのすくない
ブラウスを着ている。
そして手には白いパラソルを持っていた。
ハンスと会うと王女はにこやかに笑いながら、
「ではまいりましょう」
と言ってはハンスの顔を見た。
その様子に戸惑いながらもそのまま歩き出そうとするハンス。
その姿を見た執事が、「エヘン」と咳ばらいをし、
「腕を貸して差し上げて」
と耳元さやいた。
執事の見本をまねするように、ハンスは左の腕を少し曲げで姫の前に差し出した。
その腕に、イレーネ王女が手をからませる。
二人は腕を組み、並んで歩き出した。
バラ色のほほと大きな瞳を輝かせながら、ほほ笑んだイレーネ王女が静々と歩いていく。
その姿はまるで宮廷画家の描く、美しい絵画のようだった。
イレーネ王女だけは、だが。
二人並んで、宮廷の庭をどんどんと進んでいく。
庭と言っても、広大な敷地を持つ王宮。緑豊かな自然のままのそこはまるで森林のようだった。
しばらく進んだところで、イレーネ王女が後ろを振り返り、
後ろから着いてきている侍女たちに
「もういいわ」
と一言伝えた。
侍女たちは戸惑ったようにお互い見つめあったが、王女の言葉は絶対だ。
これ以上、王女に付いていくことはできない。
ハンスと二人、歩いていくとそこには庭の中にある小さな小屋、ガゼボがあった。
小屋と言っても、小さいながら豪華な飾りが施されているとても豪華な小屋だ。
中に入ると、そこには豪華なソファと大理石のテーブルがあった。
二人そこに座り、いつの間にかテーブルに用意されていたお茶を飲む。
「それでさ、私考えたんだけど、あんたのこと追い出すことにした」
とイレーネが言う。
「そうですか、わかりました」
と答えるハンス。
この言葉にイレーネは拍子抜けしてしまった。
「あなた、私の夫の座を簡単に手放すの?王族になれるのよ」
「でも貴女は結婚する気自体、ないんでしょ」
僕だって、そんな人とは結婚したくありませんよ。で、追い出す作戦とかあるんですか?」
イレーネの計画によると、ここに来ている侍女は魔法使いなのだそうだ。
それで、ここで魔法を暴発させてハンスが吹き飛んだ、ということにする。
城外の遠くまで飛ばすから、そこからは好きにすればいい。
というものだった。
なんと、安易な計画だ。
ハンスは思った。
「僕が城外に飛ばされても、僕がロードレースの優勝者ってことは知れ渡っているんだから
見つけられてしまえば、また連れ戻されるでしょ?」
とハンス。
「私が、難癖のついた殿方はいやよ、と父上に言えばいいのよ。
そうすればまた選びなおすことになるわ。
来年と再来年は私、厄年だからその後になるわね。いい計画でしょ」
とイレーネは自信満々だ。
「そもそも侍女の方々は僕を城外に飛ばす魔法なんてかけてくれるんですか?」
「うーん、やらないでしょうね、そんなことすれば極刑免れないもん。
だから、シャロンがやるわ。それを侍女のせいにすればいいのよ。
シャロンがいなくなるのはさすがに困るもの」
悪びれる様子もなくイレーネが言う。
「そんな、侍女さんたちがどうなってもいいんですか?
それに、僕だってただじゃ済まない。これから一生虐げられることになるんですよ」
とハンスは言うが、イレーネにはその意味が分かっていないようだ。
「だって侍女でしょ、代わりならいくらでもいるんだから。それに私のために尽くせて本望なはずよ」
ー魔法使いの侍女が誤って、王女の夫を遠くに飛ばしてしまった、そんなことをすればー
この世界では魔法で誰かを「飛ばす」行為は女神にだけに許されている。
一般の魔法使いが、この魔法を使うことは魔法の暴発と言われており大罪だった。
それをわかっているはずなのに、少しも心を痛める様子も、苦渋の選択をしたという様子もないイレーネ。
「侍女のことなんて気にもかけない、僕のことだってそうだ。貴女って性格悪いんですか?
わかりました。僕が逃亡します、それならいいでしょう。
僕が今夜、ここから逃げます。城外へ行くルートの警備を緩めておいてください。
それくらい貴女なら簡単でしょ」
イレーネは生まれはじめて面と向かって「性格が悪い」と言われた。もちろん今までに一度も経験のないことだった。
「私、性格が悪いんだ」
皆が影でコソコソ言っているのは知っていた。
それでも、何も感じたことはなかった。
「性格が悪い」
この言葉がイレーネの頭の中で何度も繰り返していた。