クリスタルホテルでの過ごし方
クリスタルホテルから出て行かないようになんだか監視されているようです。
「行っちゃったね」
ヘリオスとセレナが母親のテイアと共に去って行くのを見送った、イレーネとハンス。
そのまま一旦部屋に戻った。
子供たちがいないファミリールーム。
先ほどまでとは打って変わってガランとして広く感じた。
「さあ、荷物をまとめて。忘れ物のないように」
とハンスに言われて、部屋を見渡すイレーネ。荷物は既にバッグに詰められており、あとは出かけるだけになっていた。
このクリスタルホテルを出て、もっと一般庶民の泊まる宿に行く、
そう決めていたイレーネとハンス。
このクリスタルホテルがあるのは、センターシティと言う北の国第3の都市だ。
クリスタルホテルがあるのはセンターシティのアップタウンと呼ばれているいわゆる山の手だ。
その一方で、ダウンタウンと言われている庶民の住むエリアがある。
そこに行くつもりだ。
このホテルをチェックアウトして、ダウンタウンに向かう、
イレーネとハンスで部屋を出ようとしたその時、
「イレーネ様、ハンス様」
ドアをたたく音がし、ミセス・フロリナの声が聞こえた。
ドアを開けると、ミセス・フロリナが作り笑いで立っていた。
「今夜、このクリスタルホテルで王、フィリップ殿下のお誕生日パーティーが催されます。
ぜひご参加を」
と言った。
「え、お誕生日って来週なんじゃ」
そう言いかけたイレーネをハンスが制止した。
「そうですか、それはおめでたい事ですね」
とハンスが何食わぬ顔で言うと、
「そうなんですよ、フィリップ殿下のお誕生日を今お泊りのお客様みんなでお祝いできる、またとない機会です」
とミセス・フロリナ、そう言いながら部屋の中を素早く見回した。
荷物がまとめられている、そしてこの二人がすでに着替えを済ませていること、すべて把握した。
そして、イレーネのバッグから飛び出していた封筒に目が留まる。
これは、王宮の公式な書簡だ、瞬時にそう見極めたミセス・フロリナ。
「あら、これは?」
とミセス・フロリナがわざとらしく声をかけた。
その封筒を指さしながら。
「あの、これはお目通りに伺った時に、いただいたんです。氷の王宮でのフィリップ殿下のお誕生日の宴へのご招待状」
とイレーネ。
ここはもう下手に隠すよりも正直に伝えた方が良いと思ったのだ。
「まあ、なんて素晴らしのでしょう!やはり貴方方は選ばれた方々。王宮のお誕生日会へ公式に招かれるなんて名誉なことですね」
と両手を合わせて感嘆の声を上げるミセス・フロリナ。
「それでは宴にご列席の際のお支度はわたくし共にお任せください。あと1週間、このクリスタルホテルでごゆるりとお過ごしを。
それでは、本日のパーティの開催時間までは、ホテル内でお過ごしくださいね。ラウンジでのアフタヌーンティーや、スパやフィットネスジムなどもご利用くださいませ」
そう言うと、ミセス・フロリナはここクリスタルホテルで開催される王フィリップ殿下のお誕生日パーティー「招待状」を手渡し去って行った。
「言っちゃったの、まずかったかな」
ミセス・フロリナがいなくなるとすぐにイレーネが言った。
「いや、どうせかぎつけることですよ、自分たちから言っておいた方がいい。
ただ、あの人たちの僕たちへの監視が、一層厳しくなるのは確かなことですけどね」
とハンス。
「なんだか私たちをホテルに缶詰めにしておきたいみたいだよね」
イレーネはそう言いながら、女神テイアがと飛び込んできた窓を見ていた。
「そこから逃げるのは無理ですよ。ここ何階だと思ってるんですか」
そう、ここはクリスタルホテル、25階にある客室なのだ。
窓から外に出るのは、魔法使いでもない限り、不可能だ。
「そうだ、これがある」
イレーネがそう言った時、またしても客室のドアをたたく者がいた。
「客室係でございます。お部屋のお掃除にまいりました」
そう声が聞こえ、掃除用具を持って中に入ってきた。
「お客様のお部屋をお掃除したいのですが、よろしいでしょうか」
と言う客室係。
ここで断ってミセス・フロリナにこれ以上不信感を抱かせたくない。
イレーネもハンスも思いは同じだったようだ。
「どうぞ、僕たちはこれからスパに行くところですから」
「じゃあ、お願いします。行きましょう」
と少しわざとらしくとはなったが、そのまま掃除を任せ部屋を出た。
「スパは32階にございます。お客様方がこれから向かわれると連絡しておいきますね。
いってらっしゃいませ」
と客室係。
廊下を歩きながら、
「監視されてるね」
とイレーネ。
「そうですね、どうやってここから逃げましょうか」
とハンス。
「で、スパって何?」
とイレーネが言う。
「スパって言うのは、お風呂やサウナ、プールなんかもある施設の事ですよ。この国には温泉があるってフーベル伯爵夫妻も言っていたじゃないですか、ここのスパ、温泉を引いているそうです」
とエレベーターを待ちながらハンスが言う。
イレーネはスパなんてところに行ったことがない。
温泉そう聞いて、楽しみにしていたあの温泉、と思うと同時に「混浴」もあると聞いた事を思い出していた。
32階に着くとすぐにスパの入り口になっていた。
受付で、着替えと鍵をもらい、それぞれ更衣室へ。
このスパでは浴場は男女別、他のサウナやプールは共有となっていた。
ほっとしながらまずは温泉のひかれた大浴場に行くイレーネ。
大きなお風呂なら、ルルカ村の孤児院でも入ったが、ここの施設は段違いな豪華さだ。
ライオンの銅像の口からお湯が流れる浴槽、壁には素敵な絵が描かれており、天井には星空が映し出されている。
お風呂に入りながら、ここから逃げ出す手はずを考えるはずが、しばらくこの極楽な状況に酔いしれるイレーネ。
バラの香りのする風呂につかりながら、心の底からくつろいでいた。
湯船から上がり、ふと鏡で自分の姿を見る。
無意識に背中が見られるように、姿勢を変えていた。
「あれ?」
と思わず声を上げるイレーネ。
背中の左側にあったアザがとても薄くなっている。
イレーネには背中の左側、ちょうど肩甲骨の付け根のあたりに数センチのアザがあった。
侍女が言うには生まれた時からあるそうだ。
「大きくなって、素敵なドレスを着た時に、見えたら嫌だな」
小さの頃からそう思っていた。
ルルカ村の孤児院でみんなでお風呂に入った時、その時はまだアザがはっきりと見えていた。
それなのに。
今は、よく見ないとわからないほどだ。
「どうしたんだろう」
とイレーネは不思議に思った。
アデーレ王国、王宮の医師も、「一生消えることはないアザです。」そう言っていたのに。
ードルーガ国 魔宮ー
魔女メディアと側近である魔人や魔女たちが何やら議論そしている。
「いよいよ時がこようとしている」
「我々の集大成を」
そんな声が飛び交う。
そんな側近たちに向かい、
「イレーネの呪縛が解けようとしている。想定よりも速いスピードだ。
我々が出向く時が来たようだ。
さあ、同士よ、いざ、アデーレへ」
そう言うと、大勢の魔人、魔女が一斉に立ち上がった。
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