女神ティアと
ヘリオスとセレナのママ、女神テイアは女神らしくない女神。
このままヘリオスとセレナを連れていなくなっちゃう?
そうしたら、どうなるの、この部屋にハンスと二人よ、
イレーネは子供たちが母テイアと再会できたことを喜びながらも、もう一つの現実に困惑を隠せなかった。
「ハンスと同じ部屋で二人きり」
いや、それは無理。
「せめて、明日の朝、朝食を食べてからにしない?
だって、セレナだってまだ調子が戻っていないし、そもそも、私たちは4人家族ということでここに泊まってるの。あ、でも本当の親子じゃないってのはもうバレてるけど。
あすになっていきなり子供が二人消えてました、ってなったらホテルの人たちが怪しむわよ、どこにやっちゃったの?って。」
とイレーネが言うと、
「うーん、それもそうね。
じゃあ、私、今日はここに泊まらせてもらうわね。
明日、みんなが朝食を食べ終わるころ、わざとらしくホテルの正面口から迎えに行けばいいんでしょ」
そういうことで話しがついた。
テイアに何かしゃべりながら、まとわりつくヘリオスとセレナ。
セレナの体調もすっかり回復したようだ。
久しぶりの再会だ。
そんな母子の姿を見守るイレーネとハンス。
「明日の朝にはヘリオスたちをテイアに返して、僕たちもこのホテルを出ましょう。
どこか庶民的な宿に移ったほうがいい」
というハンスに、
「そうね、ここはいわゆる特権階級のホテルのようだから、この国の本質を知ることはできないわね、
でも1週間後にはフィリップ殿下の誕生日の宴よ。支度もあるし、どうしよう」
「氷の王宮の皆さんは、貴女はアデーレ王国の王女だと認識している様ですから、現地で支度をさせてもらいましょう。さすがに庶民の宿で晩餐会へ出向く支度はできないでしょうから」
そんなことを話していると、そこにテイアがやってきた。
「子供たちは寝ちゃったわ。疲れていたのね」
と言いながら。
このファミリールームにはベッドルームのほかに、リビングが付いている。
子供たちをキングサイズのベッドに寝かせると、リビングのソファでテイアを囲んで、イレーネとハンスが話し始めた。
「貴女は女神テイアなんですよね?ということはイレーネのことも僕たちが何故ここにいるかも、把握しているっていうことでいいですよね?」
とハンス。
「うん、まあそうね。イレーネ、貴女はアデーレ王国の王女。ハンス、あんたは血筋だけの勇者。
そしてキミ達ふたりはもうすこしで再試験。
あ、キミたちに敬称略してるのは、私の趣味。ごめんねお姫様、呼び捨てにしてて」
テイアが言う。
「ふーん、みんな知ってるのね。あ、呼び方なんて別にそんなの気にしてないよ、イレーネとハンス、でいいから。でもさテイア、貴女は何故そんな魔法使いみたいな恰好をしてるの?女神なら聖人の式服でしょ、普通は」
とのイレーネの問いに、
「私、一応四季の国連邦の視察ってことにはなってるけど、お忍びの旅行なのよ。目立ちたくないじゃない。女神の式服なんか着てたらバレちゃうわよ、だから」
そう言って、自分の着ている黒い装束を見つめるテイア。
「これ、おかしいかな?」
と二人に聞きながら。
「いや、それでもしっかり目立っていますよ」
とハンス。
「それじゃあ、魔法使いか魔女ですよ」
「今時、そんな格好の魔法使いなんていないわよ。コスプレ感満載」
「えーそうなの?聖地ではいまだに魔法使いといえばこんなのよ」
神と女神の住む地、聖地、そこはあらゆる理を超えた世界、しかしいろいろなことが現実世界とズレているのだ。
「そういえば、あなたたち、氷の王宮で王に会ったんでしょ?」
と先ほどまでとは打って変わって真剣な顔で言うテイア。
イレーネとハンスは王へのお目通り、そのすべてをテイアに話した。
そして、来週に行われる王の誕生日の宴に招待されていることも。
「秋の国に貴族と言う身分が存在する、それはまあ許容範囲とも思えますが、国王がいるなんて、ここは神と女神が治める国ですよね」
とハンスが言うと、
「そう、確かにこの四季の国連邦はかつての王国を神々が召し上げた国。
だから国王がいるはずがない。氷の王宮の王も、国王ではない、勝手に祭り上げられた傀儡の王よ。
いまだに王国を復活させようともくろむ輩の仕業ね」
そう言えば、だれもあの王、フィリップ殿下のころを「冬の国の国王」とは呼んではいなかった。
「可哀そうな王様ね。どこかから連れてこられたのでしょうね。自分の事を王だと信じて疑わない、哀れな少年よ」
テイアが悲しそうに言った。
「私たちに何ができるの?」
とイレーネ。
「王とその側近に現実を教えてあげることね」
テイアのその言葉に顔を見合わせるイレーネとハンス。
「現実って?」
「あなたたちが、氷の王宮までの道すがらで、見てきたことよ」
テイアはイレーネたちが何を見て、何を感じてきたのかお見通しのようだ。
「それで、彼らの暴走がこれ以上拡大しないというなら、神々は黙認するけれそそうでなければ、
もう一段階強い権限を行使するしかないわね」
とテイア。
「なんか私たち、めっちゃ責任重大。不安しかないんだけど」
とイレーネ。
ハンスはと言うと、
「いずれ国を治める者として、これくらいの試練は序の口ですよ」
とあっさりと言う。
「他人事みたいに言わないでよ」
イレーネがふくれながら言い返した。
「イレーネ、貴女なら大丈夫。ありのままを伝えるの。貴女の信念をもって、
あ、これ以上は手助けになるから言えないけど」
テイアはそれ以上、そのことについては何も言わなかった。
イレーネとハンス、二人でこの先はどう切り開いていくのか、それを試されているからだ。
「ねえ、ママあー」
眠っていたはずのヘリオスが目をこすりながらやってきた。
「あらら、起きちゃったのね。」
とテイアが抱き上げる。
「私たちも、もう寝ましょう、明日は早起きだし」
そう言うとテイアはヘリオスを伴い、ベッドに向かった。
残されたイレーネとハンス。
少し気まずいのはイレーネだ。
「あ、僕はそこのソファで寝ますから、じゃ、イレーネおやすみなさい」
ハンスは何を気にする様子もなく、ソファに寝転がった。
イレーネもキングサイズのベッドに向かうが、自分が眠れるスペースはあるのだろうか、と思うとベッドサイドに立ったまま思案していた。
「さ、何突っ立つているの?寝るよ、おいで」
と既にベッドに横になっているテイアが手招きをする。
そっとベッドの隅に潜り込むイレーネ。
その日は、朝から氷の王宮に行き、吹雪に合い、王との謁見、それからセレナの発熱、最後にテイアの登場とたくさんの事がありすぎた一日だった。
身体はクタクタなはずなのに、頭の中に今日の事があれこれ浮かんできて、目をつむっても、眠れそうにない。
ごそごそと動くイレーネ。
するとテイアが両脇で寝ている二人の子供、そしてイレーネを抱きしめる。
テイアの手がイレーネの背中を優しく撫でる。
テイアの手の動きに合わせて呼吸もどんどんと静かに、深くなってゆくイレーネ。
そして、いつの間にかあれだけ高揚していた気持ちが落ち着き、冴えていた頭がぼーっとしてくる。
こんな手の感触、初めてだ。
いや、ごく小さい頃、誰かの手が背中をさすってくれていたことがある。
時にとんとん、と軽くたたき、時にゆっくりと撫でてくれた。
大きくはない、細くて繊細な手だった。
それはとても心地よく、安心できるひと時だった。
あの手、は誰のものだったのだろう。
もう思い出せない。
そんなことを考えている間に、イレーネは眠りに落ちていた。
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