フィリップ殿下
ついに王に会いました
髪を結い上げたイレーネが廊下に出ると、そこにハンスが待っていた。
ハンスも、髪を整えられており、オイルで固められた髪がテカテカと光っていた。
「その頭」
イレーネがハンスを見て笑う。
そして真新しいマントも羽織っていた。
第一従者のヨハンが着ているような正統派の式服だ。
「勇者ならマントは必需品だってさ」
とハンス。
「勇者だってバレてたの?」
「そうみたい。貴女の事もたぶんバレてますよ」
ハンスはイレーネの姿を見て、確信したように言った。
イレーネのその高貴な立ち居振る舞い、どこから見ても王族の風格だった。
二人並んで、謁見室の扉の前に立つ。
「イレーネ様、ハンス様をお連れ致しました」
とヨハンが中に向かい声をかけた。
ここでも、イレーネの名の方が先に呼ばれた。
それはイレーネのほうが身分が高いということを把握している、そういうことだ。
謁見室の大きく荘厳な扉が静かに開いた。
ヨハンに促され、部屋の中に踏み入るイレーネとハンス。
部屋の中は、
思いのほか狭くこじんまりとした部屋だ。
一番奥に、大きな机、その横には旗がいくつも掲げられている。
この旗は、四季の国連邦の旗なのだろうか。
大きな机は重厚な木製で、きれいな彫刻が施されていた。
机の上にはたくさんの写真が飾られている。
「この部屋は」
イレーネは小さく呟く。
この部屋は、アデーレ王国、クレメンタイン城の王の執務室にそっくりだった。
部屋の奥に、もう一つ小さな小部屋が付いており、王はそこで謁見に来た者たちを待つ。
イレーネとハンス、そして周囲にいた従者や侍女たちがひざまずき、あまたを下げた。
ドアが開く音がしてコツコツと足音がする、王のおでましだ。下を向いていても周囲の緊張が伝わってくる。
イレーネの前に人の気配がしたと思うと、
「やあ、よく来てくれましたね、イレーネ王女。お会いしたかった」
そう言って、イレーネの手を取った。
イレーネと視線を合わせるようにかがみこんでいる 王、フィリップ殿下。
バラ色の頬と大きな瞳、きれいな金髪がくるくるとカールしている。
「フィリップ殿下、お会いできて光栄でございます」
イレーネが一礼をしながらそう言う。
「そんなに硬くならないでよ、そこの勇者殿も楽にして」
というフィリップ殿下は、イレーネと並んでみると頭一つ分は背が低く、声も甲高い。
みたところ、10歳くらいの少年だ。
そこで、周囲にこの場を離れるように目で合図をするフィリップ。
そこにはにはイレーネとハンスが残された。
「ねえ、イレーネ王女、僕、君に会いたかったんだ。この国に来てくれてありがとう」
とフィリップ。
「あの、殿下は私の事を知っているのですか?」
とイレーネ。
「当たり前でしょ。アデーレ王国のイレーネ王女、世界の愛する姫君だ。
僕は君の大ファンなんだよ」
フィリップは落ち着いた様子で話す。
見た目は少年だが、その仕草はどこか貫禄があり、威厳に満ちていた。
「あの、私達はこの国で色々なことを学びたいと思っております。この国ではまず殿下にお目通りをしないといけないと聞き、ここに参上いたしました。」
とイレーネ。
イレーネはこの少年王にどう接してよいのかわからない様子だ。
ハンスときたら、一言も発することができず、中途半端な笑顔を見せながらイレーネの一歩後ろに立ちすくんでいた。
「お目通りはもう完了だよ。君たちはこの国で自由に動くことができる」
とフィリップ。
ホッとした様子で顔を見合わせるイレーネとハンス。
その様子を見たフィリップが、
「あの、来週僕の誕生日なんだ。お祝いの宴に君たちも来てほしい」
とイレーネに言った。
王からの申し出を断ることなどできない。
「喜んで、伺います」
とイレーネ。
いつの間にか戻ってきていた第一執事のヨハンが二人に、招待状を手渡した。
「お待ちしていますよ」
と言いながら。
フィリップ王との謁見はこれで終わりだった。
王に見送られて部屋を出るイレーネ達。
先ほど、髪を結った部屋に通されると髪を元に戻す。
結った髪を下し、豪華な髪飾りをバッグにしまった。
ハンスも、テカテカだった髪が元にもどり、マントも脱いでいた。
ヘリオスとセレナが待つ部屋に戻ると、二人はたくさんのおもちゃに囲まれご機嫌で遊んでいた。
それでもイレーネの姿を見つけると
「おかえりー」
と駆け寄り飛びついてくるヘリオス。
「お待たせ、さあ、帰りましょう」
ヨハンが皆を王宮の入り口の大広間まで送ってくれた。
ヘリオスとセレナはそれぞれ両手におもちゃを持っている。
「良い子で待っていたご褒美に」
と保育係の侍女からもらったのだ。
大広間は相変わらず大勢に人たちがいた。
まだ「お目通り」を待っているのだろう。
クリスタルホテルからのシャトル馬車で一緒だった面々も、まだ順番待ちの列にいた。
その横を通り、王宮を出るイレーネ達。
出口には多くの馬車が待っていたがクリスタルホテルへのシャトル馬車は、つい今しがた出発したばかり、次は数時間後まで出ないという。
馬車の案内係が、
「30分ほど歩いた先にある集落には路線馬車がが止まる。
そこからクリスタルホテルの近くに行く馬車に乗るといい」
と教えてくれた。
30分先の集落、来るときに吹雪から避難したあの家のあるあたりだ。
ヘリオスの機嫌もよいので、来た道をまた歩くことにしたイレーネ達。
歩きながら、先ほどもらった招待状を見る。
そこには、王の誕生日パーティーへのお誘い、という文面で、日時、場所などが記してあった。
「おかしな招待状ね」
とイレーネ。
「そうですね」
とハンス。
この招待状には王の名が、 「フィリップ王」となっているのだ。
仮にも刻印の付いた封筒にはいった正式な招待状。通常なら王の名はフルネームで記載されるものだ。
イレーネの父、アデーレ王国の現国王なら、
「セレウス・ファン・アデーレ」と。
「おかしいよね」
とイレーネ。
「イレーネ、貴女って父上の本名、知らないんですか?」
とハンス。
「御父上、アデーレ王国国王のお名前は セレウス・フォンバルト・ジョーイ・ファン・アデーレというのですよ。アデーレ国民なら学校に入ると一番最初に教えられることです」
とハンスが声高らかに言う。
「だって、学校なんて行ったことないもん」
イレーネは少し不貞腐れながら言う。
「じゃあ、覚えましょうね」
とハンスがからかうように言うので、思わず頬を膨らませるイレーネ。
「ちなみに、イレーネ、貴女は」
ハンスがそう言いかけた時、
「あれ、どうしたんだろう」
その時抱っこしているセレナの様子がおかしい事に気付いた。
どうも身体があつい。
慌てておでこに手を当ててみると、驚くほどあつい。
顔も真っ赤になっていた。
「熱がある」
とハンス。
「疲れたのか、寒かったのか。どこかで休ませてもらえるといいんですが」
「じゃあ、さっきのあのお宅に行こう。避難させてもらったお礼もちゃんとしていないし」
とイレーネ。
見るとあの家はすぐ近くにあった。
ハンスが先ほどの家の玄関でドアをたたいた。
すぐに主人が出て来た。
「子供が熱をだしていて、少し休ませたもらえないだろうか」
そう言うと、主人はすぐに中に招きいれてくれた。
中に入ると、小さな子供用のベッドにセレナを寝かせた。
主人の妻が、セレナの様子を見て
「小さな子にはよくある発熱ね。これで冷やして、あと薬草を煎じてくるから」
と言う。
「あの、お医者様を呼ぶことはできないのですか?」
とイレーネ。
病気の時に医者に診せないなんて考えられないイレーネ。
自分が風邪をひいたときは、すぐに医師団が診察をし、看護してくれた。
「こんなところに来てくれる医者なんていないよ。破格の金やゴールドを払えるなら別だがね。
この国の庶民はみんなそうだ。自分の事は自分で守るほかないんだ。この国では」
と主人が苦しそうな顔をしながら言った。
「そんなことがあるの?」
イレーネはただ茫然としていた。
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