「ポンコツ」と呼ばれた勇者
「罠を仕掛けた、だって?」
王女の言葉に思わず言い返すハンス。
イレーネ王女と妖精のシャロンは無言でお互いを見る。
シャロンが先に話し始めた。
「イレーネ、もう白状しちゃいなよ。そうじゃないと彼も納得いかないでしょ」
と。
シャロンに促されて、イレーネが言う、
「あのね、あのロードレース大会のコース、所々に仕掛けを作っておいたの。
シャロンの魔法でね。
最初は、鉄砲水、それから大きな岩が転がってきて、最後は落とし穴。
だから、勇者はそのどこかで、ギブアップルートに進んだはずなんだけど」
そういえば、ハンスがロードレースのコースを「走って」いると、遥か彼方前方から悲鳴や絶叫が聞こえてきた。
ハンスが通過するときには、コースは何かが起こった?と思われるような惨状と化していた。
そして、周囲にはほかの勇者の姿はどこにもなかった。
「そうか、そういうことだったのか」
とハンス。
「あんた、通過するのが遅すぎたんだね。
だから、鉄砲水は流れていったあと、岩もころがってったあと、に通過したんだ。
落とし穴はどうやって切り抜けたの?」
シャロンがなんだかおもしろがって聞く。
「そういえば、最後のほうに穴があったなあ。
でも、俺は道の一番端を通っていたから落ちなくて済んだ」
「なによ、このポンコツ、勇者だったら道の真ん中、走りなさいよ」
イレーネが大きな声で言う。
どうやらハンスは想定外の遅さでコースを通り、想定外に隅っこを走っていたらしい。
「勇者っていうのは、なんでも一番乗りをして、堂々と真ん中にいるもんじゃないの?」
シャロンもあきれながらハンスに言った。
「もう、このポンコツのおかげで計画が台無しだわ」
イレーネが怒りながら言う。
それに対し、
「なぜ、そんな妨害をしたのですか?
勇者から夫を選ぶのは決められていたことですよね。あんな妨害工作しなければ
しかるべき勇者が貴女の夫として選ばれていたのに」
ハンスは静かに言った。
「勇者ロードレース大会」の優勝者がイレーネ王女の夫となる、国王からその知らせが出て以来、
ハンスの村はもちろん、国中の勇者が大会を目指して準備をした。
勇者だけではない、その村や街をあげて準備をしてきたのだ。
「そ、それは」
イレーネは口ごもる。
「そこまで考えてないよね」
シャロンがイレーネをからかうように言った。
「だって、この大会で全員が棄権すれば、結婚が先送りにできると思ったんだもん」
とイレーネ。
「私だって、わかっているのよ。魔女メディアの予言。
でも、いきなり結婚だなんて」
とう言うとうつむくイレーネ。
「姫、僕は貴女を責めるつもりじゃ」
ハンスが慌てて言う。
その時、ハンスの部屋をノックする音がした。
執事だ。
「あ、やばい、イレーネ行くよ」
シャロンがそう言うと、立ち上る霧とともに二人の姿は消えていた。
魔法で移動してしまったのだ。
ドアを開けると、執事が立っていた。
「ハンス様、お夕食のお時間です。本日は客人の食堂にてお召し上がりいただきます」
そういわれて、部屋から少し先にある小部屋に通された。
そこには小さな食卓テーブルと、ワゴンがおいてあり椅子が一つだけ用意されていた。
食前酒と前菜から始まり、次々とテーブルに料理が運ばれてきた。
どれも高級な食材を使い、高級な皿に美しく盛られている。
一人テーブルに着いたハンスは、昔村の学校で習った「テーブルマナー」を必死で思い出しながら
何本あるんだ、というくらい並んでいるナイフとフォークと格闘していた。
「ハンス様、お食事中申し訳ありませんが、今後のことについてお話させていただきます」
執事がそう言うと、今後のスケジュールを話始めた。
まずは近いうちに聖地で神と女神から「結婚の認定試験」を受けることになる。
これは、王族の婚姻を神が承認するといういわゆる儀式なのだそうだ。
これが済めは晴れて、姫の夫としての生活が始まる。
結婚式、お披露目の舞踏会、先祖に結婚の報告、近隣諸国への挨拶、
結婚にまつわる行事は数限りない。
1年ほどかけてそれらが執り行われる。
「それらが済めば」
と執事。
「それらが済めば?」
とハンスがオウム返しに言った。
「お世継ぎの誕生の準備に取り掛かっていただきます」
と執事が声高らかに言った。
「え?」
ハンスが首をかしげる。
「だから、姫が元気なお世継ぎを産めるように最善を尽くし、それに専念せよ、
ということだ」
と執事が軽蔑したように言った。
ほどなく夕食が終わり、自室に戻ったハンス。
「お世継ぎ誕生」
執事のこの言葉が耳にこだましていた。
それと同時に、結婚をすること自体をためらっているイレーネ王女のことを思った。
「まだ16歳だ」
ハンスは今年で20歳になる。
自分が16歳のころ、といえばまだ村の学校に通っていて、将来のことなど漠然としか考えていなかった。
それに比べて、この国の未来を背負い人生を決められているイレーネ王女。
ハンスの心に王女への同情心が芽生えていた。
そのころ、イレーネ王女の寝室では、
王女とシャロンがひそひそと話していた。
「あのポンコツ、絶対に追い出してやる。女神の試験の前に」
と息巻くイレーネ。
「なんでそんなに嫌なの?結婚は仕方ないって言ってたのに」
シャロンが尋ねた。
「だってさ、もう少し遊びたいかなって思うようになって。
従妹のヘレンが隣国、ファレルへ留学してたじゃない、ファレルの王都には、
ナイトクラブっていうのがあって、若者たちが一晩中そこで大騒ぎしてるんだって。
すごく楽しそうじゃない?
そういうところだって、行ってみたいし。まだもう少しこのままでいたい」
とイレーネ。
「ふうん、珍しくしんみりしてんじゃん」
シャロンがそう言うと、
「結婚しない、っていうつもりはないのよ。あと3,4年したらちゃんと婿を迎えるわ。
でも、あのポンコツはお断り。
あんなに、白馬も勇者のマントも似合わない奴、見たことがないわ」
イレーネはそう言い切った。
「なぜ、そんな妨害をしたのですか?」
と言った時のハンスの真剣なまなざしが一瞬イレーネの脳裏をよぎったが、
それを打ち消すように、レースの時に不格好に最後尾を走る姿を思い出していた。
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