冬の国へ
いよいよ冬の国へ旅立ちます。
ジャックは白馬に乗った。。。
「さあ、イレーネ嬢、こちらへ」
そう言って手を差し出したのは、ホリデイ伯爵の子息、ジャックだ。
イレーネとの約束通り、北の国への旅立ちの日に国境まで送り届けるため
フーベル伯爵邸にやってきたのだ、正装をしてマントをひるがえしながら。
イレーネとハンスの出発の時がきた。
フローラとイーサムも見送りに来てくれている。
イレーネはと言うと、フローラとの話に夢中でジャックの事に気付きもしていない。
フーベル伯爵が、
「ジャック君、それは?」
と声をかける。
ジャックは白馬に乗ってやってきていた。
その真っ白な馬は、大柄で大人でも二人は乗れそうだ。
実際、その馬には二人乗り用の鞍が付けられていた。
「イレーネ嬢、こちらへ私がこの愛馬で国境までお送りいたします」
なかなか自分に気付いてくれないイレーネにジャックが直接話しかけたが、相変わらずイレーネはフローラと話し込んだままだ。
その様子を見たフーベル伯爵が、
「ハンス、君は我が家の馬車に乗りたまえ。ジャックはイレーネを送ることしか考えていないようだ」
と笑いながら言う。
「まあ、そんなことだと思っていましたよ。伯爵、ご配慮に感謝します。
僕と荷物は伯爵家の馬車を使わせていただきます」
とハンス。
「いい?ハンス、国境を越える時には外套を着て帽子をかぶっていてね。
国境の壁一枚隔てただけで季節が全く違うから。今のそのその恰好じゃあっという間に凍りついて動けなくなるわよ」
とテレーズが色々な注意点を話す。
イレーネは全く聞く気がないのですべてハンスに。
「国境での話はついている。君たちはすぐにでも冬の国への扉を出られるようになっいるから」
と伯爵。
この言葉にはさすがにイレーネもハンスと共に心からの礼を伝えた。
「さあ、出発だ」
とフーベル伯爵が言う。
「元気で」
「またどこかで会おう」
「楽しかったよ」
「会えてよかった」
見送りのフローラとイーサム、そして伯爵夫妻と短い別れを交わした。
窓から手を振っている伯爵家の秘書、マリア・ステラ。
彼女は詳しい事情を知らないのだろう、またね、と言う感じの明るい表情だ。
「では、イレーネ嬢」
ジャックがそう言ってイレーネを抱き上げると白馬に乗せた。
馬の上で横座りしているイレーネの後ろにジャックも乗り込む。
ジャックが手綱を取りるとその白馬はゆっくりと歩き出した。
その後ろから、伯爵家の小ぶりな馬車が続く。
伯爵邸を出る白馬と馬車、
「行っちゃったわね」
と手を振りながらいつまでも皆で見送っていた。
国境まで続く一本道、秋の国、最大の都市、ネオ・トワイライトからはどこに行くのも、交通の便がいい。
冬の国の国境へもさほど時間がかからず到着できる。
イレーネ達は、エグゼクティブロードと言われるワンランク上の街道を通っていた。
ここは普通の道と違って通行料がかかるのだが、その分道も整備されており、渋滞するようなこともないのだ。
これも伯爵の配慮だった。
「さすが大都市ネオ・トワイライトからの道は違いますね、とても整っていて馬も歩きやすそうだ」
とジャックの声が背後から聞こえているイレーネ。
少しだけ後ろを振り向くと、見上げたすくそこにジャックの顔があった。
慌てて、前を向くイレーネ。
ジャックは正装にマント、イレーネも旅立ち用のドレスにショールと重ね着をしているが、それでもジャックの身体の動きが直に伝わってくる。
特に手綱もっている両腕はイレーネの身体を挟み込むように伸ばされていた。
後ろを走る馬車のハンスの様子を確認したいが、振り返るとジャックの顔をまともにみてしまう。
仕方なくイレーネは前を向き、前方とその周囲の景色を見ることに専念した。
「そんなに硬くならないで、貴女の緊張が馬に伝わってしまいます。
貴女のようなお方が馬に乗ることなどないのでしょうが、この白馬ロレンスは我が家一の名馬。
安心してお任せください」
背後から、ジャックが声をかけてきた。
イレーネは確かに体を硬直していたが、別に緊張していた訳ではなくジャックと密着感が不快なだけだったのだが。
それに、貴女のようなお方?どういう意味だろう。
伯爵邸に「告白」とやらをしに来た時から、態度が違う。
「貴女のような?ってどういうこと?」
と言うイレーネに、ジャックは父ホリデイ伯爵の言葉を伝えた。
「貴女は王女でいらっしゃる。そうなんですよね?姫とお呼びしないことをお許しください」
「いえ、いいのよ、ただイレーネでいいから。でもイーリアたんはやめてね」
と言うイレーネの言葉に微笑むジャック、そしてしばらくの沈黙の後、
「イレーネ、やはり私には貴女が何者なのか、感じることが出来ません。
貴女には本当に心から惹かれているというのに。
私は、いろいろと修行が足りない。これからはもっと自分を磨いてより良い伯爵となれるように精進するつもりです。それが今の私に課せられた責務なのでしょうね」
なんとも優等生なジャックの言葉にイレーネはたまらず後ろを振り向いた。
そこには、手綱を操りながら、遠くを見つめる一人の青年がいた。
白馬にまたがり、純白のマントをひるがえしながら、美しい令嬢を乗せて颯爽と進む姿は、
以前からイレーネが思い描いていた、
「いつか自分を迎えに来る白馬に乗った殿方」
そのものだった。もちろん自身も「美しく」と美化しているが。
そんな二人の姿は後方の馬車に乗るハンスからも見えていた。
日に照らされて、輝きながら、イレーネの金髪が風になびいてキラキラを光っている、そしてマントをひるがえすそジャックの姿はまるで姫を迎えに来た騎士か王子様だ。
「イレーネったらデレデレしちゃって」
と一人気を揉むハンス。
イレーネはと言うと、日差しがまぶしくて目を細めていただった。
イレーネを乗せた白馬とハンスの乗った馬車が国境に到着した。
秋の国と冬の国の国境は、高い壁で仕切られており、そこには扉が3つついていた。
「ハンス殿、一番左側の扉にお進みください」
と馬車の御者が言う。
フーベル伯爵が手をまわしてくれたおかげで、左側の扉から名前をいうだけで入国できるのだそうだ。
「左の扉から冬の国へ入るのが一番安全です。ほかは豪雪の雪山だとか氷の張った湖なんかに着いたりしますから。左側なら、そのまま冬の国の市街地へ出られますよ」
荷物を降ろしながら御者が言った。
イレーネもジャックの手を借りて白馬から降りていた。
白馬はイレーネを見ると「ヒヒン」といなないた。
まるで見送ってくれているようだ。
ジャックはイレーネの前に立つと、
「イレーネ嬢、それからそのこハンス、私はここで見送ろう。どうか良い旅を」
と言って一礼をした。
荷物を持ち、左側の扉に向かい歩くイレーネとハンス。
あの扉をくぐれば冬の国だ。最後の訪問国だ。
伯爵が用意してくれた滑車つきの大きな旅行鞄を押しながら左の扉に進むイレーネ。
ハンスも同様に大きなカバンをもっていた。
二人並んで歩いていた時、背後から大きな声が聞こえてきた。
ジャックでも御者の声でもない。
振り返るとそこにはジャックの「取り巻き」が数人こちらを目掛けて走ってきていた。
「イレーネを渡してなるものか」
「イレーネはジャックのものになるがいい」
などと口々に叫んでいる。
ジャックの取り巻き達は、あまりにもあっさりとイレーネの事を諦めたジャックのことが腑に落ちず、
自分たちでイレーネを奪おうとしているのだ。
「ジャックはその立場そして、ホリディ伯爵家の為、致し方なくイレーネを諦めたのだ」
そう思って疑わない。
「お前たち、何をしている」
ジャックが取り巻き達に言うが、興奮した彼らを制することはできずにいた。
それどころか、引き留めようとしたジャックは逆に弾き飛ばされて、地面にたたきつけられそのままのびてしまい起き上ることが出来ない。
見ると、取り巻きの何人かが剣を持ち振り回しいる。
剣をかざしながら、ハンス目掛けて切りかかってくるのが見えた。
慌てて、荷物の中から聖剣フリージアを取り出そうとするイレーネ、
これくらいの人数、あの程度の剣さばきなら容易に倒すことが出来る、その自信があった。
しかし、ハンスがそれを止めた。
「イレーネ、奴らに構わず、ここは逃げましょう、扉まで走って」
そう言いながら、イレーネの荷物もまとめて抱えて走り出した。
全速力で走りだしたイレーネとハンスを取り巻きが追うが、追いつくことはないまま
二人は国境の左側の扉を開けた。
扉を抜けてもしばらく走った。
「もう大丈夫ですよ。あいつらは国境を越えられないから」
そう言ったハンスは自分の顔がどんどん硬直していくのを感じた。
そしてイレーネも髪の毛があっという間に白味を帯びてパキパキになり始めた。
吐く息は真っ白で、目を開けているのもつらい、外気がまるで突き刺さるようだ。
「私たち、外套も帽子も着ていない」
とイレーネが叫ぶ。
ハンスがカバンを開けて、取り出そうするが手がかじかんでしまって開けられない。
それにカバンも真っ白になり氷のように冷たくなっていた。
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