もう一方の「告白」
イレーネの元にやってきたジャック、その目的は?
フーベル伯爵邸の応接室、
そこにジャックが立っていた。
部屋に通した執事は椅子をすすめたが、ジャックはそれを断った。
背筋を伸ばして立つジャックは今までにはなくかしこまった姿で正装をし、白いマントを羽織っていた。
ヘアオイルを付けた髪をきちんとなでつけてある。
フーベル伯爵夫妻、そしてイレーネとハンスが応接室にやってきた。
「やあ、ジャック、昨日とはずいぶん様子が違うようだね」
とフーベル伯爵が言う。
「フーベル伯爵と奥方、イレーネ嬢、それからそこの勇者。昨日は失礼をした。私もいろいろと思うことがあり、昨夜のことは、あの、その、その、反省している、いや反省しています」
と言うジャックの言葉に、周囲は多少ならずも驚きの顔になった。
「どうしちゃったの?」
小声でささやくイレーネ。
「で、何か思うところでもあるのね」
フーベル伯爵が続けて声をかける。
「私は、私は、改めてイレーネ嬢にお話がしたくここに参上した、いや、致しました。
昨日の私は、昨日迄の私はなんとも失礼な態度だった、それは認める。
でも、今は、私は自分の心に正直になりたい。イレーネ嬢、あなたに直接伝えたいことがある」
そう言ってイレーネの前に立つジャック。
ジャックがフーベル伯爵邸にやってきた、と執事から連絡があった時、
フーベル伯爵はイレーネに、
「これはあなたに何かを言いに来たのでしょうね。
どうしますか?ジャックに会うとなると、その何かを聞くことになりますよ」
と意味ありげに言う。
「でもねイレーネ、人にはそれが叶わないとわかっていても、その思いを伝えなくてはならない時がある。今のジャックがまさしくそれだ、そしてそれを聞いた君はどうする?
君の返答が彼の未来を変えてしまうかもしれないんだ」
ジャックがイレーネに対して好意を持っていることを伝えに来た、これは彼にとっては人生の分岐点となるだろう、それに対して真摯に向き合ってほしい。
フーベル伯爵の言葉にはそんな想いが詰まっていた。
ついさっき、ハンスから「告白」を受けたばかりのイレーネ。
ハンスに対してもまだ何もリアクションをしていない。
「ジャックには今の自分の気持ちを包み隠さず素直に話します。もちろん、ハンスに対しても。
それが、誠意が伝わる一番の方法だから」
「そうか、それなら君に任せよう」
フーベル伯爵邸の応接間、
イレーネの前に立つジャック。
ジャックが右手を胸にあて、深呼吸をすると静かに話し始めた。
「イレーネ嬢。
グリンズフィルズの領主の館できみを一目見た時から、
私の心は貴女でいっぱいになってしまった、きみに惹かれてしまったんだ。
きみがホワイトダンスで私のパートナーとなった時、どれほどうれしかったか。
あの時間は夢のようだった。
しかし私は、自分の地位をいい事に貴女を力ずくで奪おうとした。
貴女の気持ちも考えず。
私の権力があれば、貴女の事が手に入ると思っていた。実に浅はかで野蛮な考えだ。
きみに対してそんな風に思ってしまって本当に申し訳ない。
貴女に婚約者がいること、これは紛れもない事実のようだ。
私はきみをその婚約者から奪うつもりはない。
ただ、このままでは私はただのイカれた貴族のバカ息子だ。
貴女方はもうじき、北の国へ旅立つと聞いた。
その前にどうしても伝えておきたかった。
イレーネ、私は真剣に貴女を愛していた。
どうしてもそれをきみに知っていてほしい。
そして、これから貴女には、貴女とその婚約者には幸せになってもらいたい」
ここまで言うと、ジャックは大きく息を吐き、両手でイレーネの手を握った。
「イレーネ、貴女のこの先の人生が幸多からんことを心から願っています」
そう言いながら。
イレーネはというと
「え、愛していた?過去形なの?」
と小さく呟いていた。
イレーネの中では、ジャックが自分に愛の告白をしてくる、
そして婚約者ハンスか自分がを選ぶように要求してくる、そうすると自分はハンスを選びジャックには、
「貴方の幸せをねがっています」なんて言葉をかけてやる、
そんなストーリーができあがっていたのだ。
それが、これでは、
「ジャックっていい奴だ」
とハンスが感心するのも納得な、いいやつだ。
たった一晩で、いったい何があったのだろう。
「ジャック、今日は会いに来てくれてありがとう。
貴方のことば、とてもうれしく受け取ります。
貴方の言ってくれた通り、私はこのハンスの婚約者。冬の国の周遊が終われば結婚するわ。
貴方の事は忘れない。ジャックもええっと、だれだっけ婚約間近のお方とお幸せにね」
展開が予想外だったイレーネ、だがうまく話をまとめてみた。
イレーネの話を聞いて、傍にいるハンスはすっかり顔を赤くしていた。
「奇跡は起こらないか」
ジャックがつぶやいた。
内心、イレーネがまさかの自分を受け入れてくれる発言をしてくれるのではないか、そんなことを心の中、ほんの1パーセントほどだが持っていた。
しかしそんな一縷の望みもあっけなく砕け散っていった。
「イレーネ、最初で最後のお願いがあります。あなたたちは北の国へ行くんでしょう?
その北の国の国境まで私に送らせてほしい」
そんなジャックの申し出に、一瞬考えるイレーネ。
まだジャックの事を完全に信用しているわけではないから。
「大丈夫よイレーネ、言葉に偽りはないわ。彼の心にやましいところはないってことよ」
とテレーズが言う。
ジャックは、イレーネとハンスに対して、出発の日が決まったら教えてほしいと言い残して
フーベル伯爵邸を後にした。
その後で、ハンスがもじもじとしながら、イレーネに語り掛ける。
「イレーネ、あの、旅が終わったら僕と、結婚するって?」
「最初からその予定でしょ。私たち結婚の認定試験を受けるのよ。さっさと合格して結婚するにきまってるでしょ」
イレーネは晴れ晴れとした表情できっぱり言い切った。
「これって、運命だったと思うんだよね」
と付け加えて。
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