告白
煮え切らないハンスにイラつくイレーネ、どんな展開になるのでしょうか
ソファの上でそのまま眠ってしまったイレーネ、
翌朝、窓からの朝陽と小鳥のさえずりで目を覚ました。
一瞬、とてもすがすがしい気分になったイレーネだがすぐに、昨夜の悶々とした思いがよみがえっていた。
「どんな顔してハンスに会えばいいんだろう」
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けるとそこにはテレーズが立っていた。
部屋に招き入れるイレーネ。
そのイレーネの様子を見たテレーズが、
「あらまあ昨日はそのまま寝ちゃったのね」
着替えもせず、髪もボサボサのイレーネをみたテレーズが慌てて召使の女性を呼びつけた。
すぐに駆け付けた数人が、手際よくイレーネに着替えをさせて髪を整える。
有能なフーベル伯爵邸の召使たちのおかげで、体裁を保てる姿になったイレーネ。
その支度の様子を見ていたテレーズが
「貴女、とても慣れているのね。普段の生活も乳母や召使が付いているのかしら?」
と聞く
曖昧になっていたイレーネの身分の事を思い出したようだ。
「慣れているというか」
侍女にすべてを任せるのが当たり前だった王女としての生活。
この旅では自分の事は自分でできるようになったつもりだ。
それでも、こういう時には「地」がでるんだ
私はやはり王女としての自分を捨てきれないんだ。
そう思うイレーネ。
「イレーネ、起きてますか?」
ドアの外からハンスの声がした。
イレーネより先にドアを開けるテレーズ。
「もう食堂に行くところですよ」
そう言いながら。
テレーズに先導されて、館の食堂に向かうイレーネとハンス。
並んで歩きながら、イレーネはどこかぎこちない。
フーベル伯爵邸の豪華な食堂、昨日夕食の時とは違う場所だ。
ここは朝のための食堂だそうだ。
窓が大きく、日当たりのよいその部屋にはたくさんの花が飾られていて、
とても鮮やかだ。
大きな丸いテーブルに着くフーベル伯爵夫妻とイレーネ、そしてハンス。
目の前には、出来立ての朝食が運ばれてきた。
昨日の夜、ほとんど何も食べずに眠ったイレーネは今朝は大いに食欲があるようだ。
「今日は食べられそうですね、よかった」
とハンス。
「君たちはこれから冬の国へいくんだろう?
少しこの館で休んだら、君たちを北の国境に連れて行こう。そこから入国するといい。
私の名を使えば、簡単に入国することができるはずだ」
「それでは伯爵にお世話になりすぎです。
この決闘騒ぎだって、伯爵はご厚意で立会人になってくださった。
これ以上、あれこれと巻き込む訳には」
そういい渋るハンス。
それに対して、
「いいって言ってるんだからいいんじゃないの?お言葉に甘えようよ」
とイレーネ。
「イレーネ、なんて口の利き方を」
ハンスがたしなめるが、
「いやいや、気になさらずだ。
貴女からしたら、私なんぞ小さな国の一貴族でしかない。
そうですよね、イレーネ王女」
思わずハンスと顔を見合わせるイレーネ。
「貴女のこれまでの事をいろいろと思い返しているうちに、どんどんと貴女のことが分かってきた。
貴女はアデーレ王国の王女イレーネ様だと。
貴女が何故ここで旅をしているのか、それは詮索しないことにしよう。
王位を継ぐ中でも有望なお方は放浪の旅に出ると言われている。
貴女もそんな旅をなさっているのでしょう?」
「あ、あの」
私を今まで通りのイレーネとして扱ってください、
そう言いたかったイレーネ。
「貴女は王女だけど、この国で出会ったちょっとお転婆なお嬢さんだわ。
貴女に会えてよかった。もちろんそちらの勇者さんもよ」
とテレーズが口をはさんだ。
「あなたたちの旅に私達が出会えてよかった。とてもうれしいよ」
伯爵も今まで通りの態度で接してくれる。
「王女なのに王女扱いされないって、なんて素晴らしいのかしら」
イーレネが喜んで言う。
「ほんとですか?、いつもなら怒るくせに」
とハンス。
「怒らないよ、このほうがしっくりくるんだもん」
イレーネも言い返す。
「あれまあ、随分と変わりましたね」
とハンスが笑った。
「で、君たちは冬の国に滞在した後、神と女神のいる聖地へと向かうんだよね」
と伯爵。
「そうよ、そこで女神アフロディーテの再試験を受けるのよ。結婚の認定試験の。
この前受けたとき、不合格にになっちゃったのよ」
サラッと事情を話すイレーネ。
伯爵夫妻は顔を見合わせる。
王族の婚姻には神々の承認が必要だ、そのために認定試験があるのも知っている、がしかしその試験に不合格になるものがいる、そんなことは聞いたことがなかった。
「あれはただの形式だけの儀式かと」
そういう夫妻に、
「そうなのよ、そのはずなんだけど、私たちは落ちちゃって。で、こうやって修行の旅をしてるの。
私は女王になるべく人格となる、そしてハンスは申し分のない勇者となるってね」
と言うイレーネの表情はとても明るい。
「国とあなたたちの未来がかかっているというのに、なんだか楽しそうね」
「試験に落ちたというのに呑気なもんだ」
と夫妻が口々に言う。
「もちろん、期限までにアフロディーテの元に戻れなかったら、再試験に合格できなかったらと思うと怖くなるわ。夢に見て飛び起きるくらいよ。でもねこの旅に出たおかげでいろんな経験が出来た、たくさんの人と出会えた、今までの生活では考えられなかったことばかり。本当に感謝しているの」
「イレーネ、貴女のことは僕が必ず、女神アフロディーテのもとに連れていきます。
僕を信じて」
イレーネを見つめ、優しく言うハンス。
まるでドラマ「ベッキーの旅」のワンーンのようだ、そんな和やかな雰囲気の中、
「あのさ、」
とイレーネ。
「あのさ、連れて行ってくれるだけなの?
ハンス、あなたも試験の対象者なのよ。なんでそんなに他人事なの?」
今まで悶々としていた思いが一気にあふれ出るイレーネ。
ハンスが勇者としての鍛錬をしている様子を、この旅の中ではほとんど見ていない、
それどころか、やむを得ない窮地に追い込まれた時にしか剣も抜かない。
これではいつまでたっても血筋だけの勇者だ。
「それは、僕の代わりは他にもいるけど、イレーネの代わりはいないから。
貴女が次期女王としてふさわしい、そのことを認めてもらう方が大事だから。僕の事は後回しでいいんです」
ハンスは自分が女王になった時、傍にいてくれないのかもしれない。
イレーネの心を何とも言えない、寂しさと悲しみが襲った。
急にひとりぼっちにされてしまったように切なくわびしい。
「私が女王になった時、あなたはどうしているの?」
ついに、聞いてしまった。
しかし、ハンスの答えは。
「だから、貴女が無事に立派な王女になりいずれは女王になるのが先決なんですって。僕の事なんかよりも」
ハンスは口癖のようにこう言う。
ー僕の事はどうでもいいからー
そして今も、まさに
「僕のことなんかどうでもいいんです」
そう言い切った、しかし次の瞬間、
「いや、だめだ、どうでもよくはない。
僕は、僕は、貴女と一緒にいたい、一生貴女を支えていきたいんだ」
そう言い放ったハンス。
「やっと告白したか、この色男」
フーベル伯爵が満面の笑みで言うが、
ハンスもイレーネも放心状態、その場に立ちすくんでいる
「なんだか、やっと話が動きだしたって感じね。あとはイレーネは王女として、ハンスは勇者としての資質が問題なければすべてがうまくいくわ」
嬉しそうに話す伯爵夫妻、その横でうつむくイレーネとハンス、お互いの顔がほんのりと赤くなっていた。
その時、朝食用の食堂に、伯爵邸の執事が入ってきた。
「旦那様、お客様が来られております」
そう言いながら。
「ジャック・ホリデイ様が、ここにおられるイレーネ様にどうしてもお話したいことがある、とお目通りを願っておられます」
一瞬、緊張が走るイレーネとハンス。
しかし、
「彼に荒っぽい気配は感じられないわ。高揚はしているけれどとても紳士的よ」
とテレーズ。
「テレーズの判断に間違いはない。イレーネ、ジャックの話とやらを聞いてみるかい?」
伯爵がイレーネに聞く。
「そうね、会うわ。私の方からもきちんと話しておきたいし。いいわよね、ハンス」
イレーネの言葉にハンスも頷いた。
フーベル伯爵邸の応接間、そこに今までにないほどのきちんとした正装をしたジャックが待っていた。
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