二日酔いと再び収穫祭へ
二日酔いのイレーネ、今日はどうする?
ヤアナの手助けで、やっと支度が整い、いつものイレーネに戻った。
「まだ少し、頭痛い」
そう言いながら立ち上がるイレーネ。
「二日酔いね」
ヤアナが言う。
「二日酔いって、酔っ払いがなるやつよね。じゃ違うわよ、私酔っ払いじゃないし」
イレーネはそう言い張るが、ヤアナは笑って取り合おうとしなかった。
「イレーネのおうちでは新年やお誕生日にお父さんとかお母さんとかお酒飲まないの?」
ヤアナがあえて聞いてみる。
イレーネが一般家庭の娘ではないと承知していながら。
「そうね、うちの両親は家族の前ですらお酒はたしなむ程度にしか飲まないかな。
新年の祝賀では、お酒を進められるけど呑んでるフリしかしてないしね」
イレーネの返答は何とも微妙だ。
この頃にはイレーネが自分の育った環境が一般庶民とかけ離れていることを十分に認識していた。
それを悟られないように、会話をする話術もかなり上達していたのだが、これではヤアナには通用しないだろう。
「さあ、ロビーに行きましょう。ハンスもアイルも貴女の事を心配しているわ。
顔色、まだ少し青いけどだいぶマシになったわね」
そう言われてヤアナとホステルのロビーに行くイレーネ。
そこにはハンスとアイルが待ち構えていた。
アイルはともかく、ハンスと顔を合わせるのは気恥ずかしいものがあるイレーネ。
ハンスの事をまともに見ることが出来ずうつむいていしまった。
「イレーネ、大丈夫ですか?頭痛くない?気持ち悪くない?」
そんなイレーネとは対照的に、彼女を覗き込みながら矢継ぎ早に話しかけるハンス。
「あ、大丈夫。それから、あ、あ、あ、ありがとう」
下を見きながらもはっきりとした声でイレーネが言う。
そんな二人のやり取りを、アイルとヤアナがほほ笑みながら見つめていた。
「で、今日なんですが、僕とアイルは収穫祭の会場に行って作物の生育状況を改めて確認してこようと思うのですが、イレーネ、貴女はどうしますか?一緒には来ないでしょ」
「うん、行かない」
そんな会話の後、ハンスはアイルと共に収穫祭会場へ向かった。
の残されたのはヤアナとイレーネ。
「あの、あなた今日、どうするつもりなの?」
とヤアナ。
「あ、私?収穫祭会場にはいくつもりなのよ。露店巡りがしたいんだ。
あとフローラのお店にも行きたいし。ヤアナも行く?」
ハンスたちから1時間ほど遅れて、イレーネとヤアナも収穫祭の会場、トロイアパークに向かってホステルを出発した。
その頃にはイレーネの二日酔いによる不調もほぼ回復していた。
並んで歩きながら、たわいもない話をするイレーネとヤアナ。
ヤアナは当たり障りのない会話をしながらも、イレーネの素性を探ろうとしていた。
そのことに薄々気が付いているイレーネ。
「貴女の事に強い興味を持つ人間だけが貴女の正体を知ることが出来る」
ここ秋の国、国境の街で領主の娘、ドロテアが言った言葉を思い出す。
「ヤアナは私の事が知りたいの?」
思わずそう問いかけるイレーネ。
このままだと、ヤアナが自分の事に気が付くのは時間の問題だろう。
「知りたいって言うか」
ヤアナは自分の下心を見透かされていたことに気付いて、なんだか恥ずかしい気持ちになっていた。
イレーネの正体を知りたい、確かにそう思った。でも、彼女が自分で明かしていないということは、知られたくないのではないだろうか。
それをわざわざ詮索する必要があるのだろうか。
「確かにイレーネ、あなたがただの娘さんじゃないって思ったのは確かよ。
でも、あなたが誰であっても、イレーネはイレーネだよねって思えるようになったかな」
最後の一言は自分に言い聞かせるように言うヤアナ。
収穫祭の会場、トロイアパークに到着したイレーネとヤアナ。
今日のメインステージは「キング&クイーンコンテスト」決戦が行われる。
イレーネが出場したのは「キング&クイーンコンテスト コスプレ部門」いわば余興だ。
今日の決戦では国中から集まった美男美女たちが、ナンバーワンの座をかけて美を競う、正当なコンテストだ。
今日の優勝者たちと、明日の最終日に一緒に表彰されるイレーネ。
明日の衣装をフローラが大張り切りで作成中だ、あとで打ち合わせことになっている。
だが、まずイレーネの頭にあるのは露店巡り。
何度か来ているけれど、飽きることなくまた店から店へと駆け回っている。
一緒のヤアナも同じく楽しそうだ。
「ねえ、あのお店、かわいいものがいっぱい」
そう言いながら二人で愛らしい小物を売る店を覗く。
ハンスと一緒だとこういう店をじっくりと見て回ることが出来なかった。
嫌がっているわけではなさそうだけれど、なんとなく気まずそうに離れたところで待っていたから。
「ねえ、これお揃いで買わない?」
イレーネがその店で売っていた小さなぬいぐるみの付いたキーホルダーを手に取りながら
ヤアナに言う。
二人は色違いでキーホルダーを買った。
ヤアナは自分のバッグにすぐに付けたが、イレーネは大切に持ったままだ。
ホッピイ農場でみんなと買い物に行った時の髪混ざり、それから夏の国の引取り祭りで
アンとお揃いにしたブレスレット。
それからこのキーホルダー、またお揃いが増えた。
「そういえばイレーネってバッグとか持ってないの?いつも必要な物はポケットに詰め込んでいるでしょう?」
ヤアナが言う通り、イレーネのバッグといえばあの女神アフロディーテのところから吹っ飛ばされたときに持っていたあの小さなバッグだけだ。
もともと自分で荷物を持つという習慣すらないイレーネ。
ハンスがやっているのをまねて、すべてポケットに入れていたのだ。
「バッグか、手ごろなのがなくて。どこかで買えるかな」
そう言うイレーネをヤアナがとある露店に連れて行く。そこには手ごろサイズのバッグから旅行用の大きなカバンまで何でもそろっていた。
「ほらこれなんかどう?女の子たちに人気だよ」
そう言って、肩から斜めに書けるタイプの可愛らしいバッグをイレーネに差し出した。
イレーネもその斜め掛けバッグが気に入り即座に買い求めた。
なんでもその品はこの店での一番人気なのだそうだ。
この店は、ネオ・トワイライトに本店のある大きなかばん屋で、収穫祭に出店をだしていたのだ。
他にも、そんな店がいくつもこの収穫祭には出店されているという。
「ネオ・トワイライトの収穫祭と言えば春の国でも有名だもの。そこで店を出せばそりゃあ大勢の客から注目されるわよ。国外のから旅行者も多いしね」
とヤアナ。
「すごいんだね、ここで店を出すって。じゃあその店を出しているフローラのところへ行こう」
とイレーネ。
二人はフローラの店にやってきた。
なんだかフローラの店が今までよりも立派に見えているイレーネ。
中に入るといつも通りのフローラがいた。
それでもイレーネには今までよりもカッコよい女性に見えていたのだが。
「あらイレーネ、酔っ払いお嬢さん、二日酔いがはどうかしら?」
からかうように言うフローラ、そして
「あんたにお客さんよ、よくここに来るってわかったわね」
そう言うフローラの後ろから姿を現したのは、
「ルイザ」
そう言って駆け寄るイレーネ。
そこにいたのはホッピイ農場でイレーネと一緒に働いた、魔法使いのルイザだった。
応援していただけるとうれしいです。




