コスプレ大会参加
コスプレ大会に参加することになったイレーネ、そしてアデーレ王国では。
収穫祭で催される
「キング&クイーンコンテスト コスプレ部門」
への参加。
イレーネはすっかり乗り気ですでにデザイナーのフローラと盛り上がっている。
しかし、ハンスの方はどうもテンションが低い。
人気ドラマ「ベッキーの旅」
のメインキャスト、ベッキーとロイドに扮するというこのコスプレ大会。
ロイドという登場人物が、ハンスとは似ても似つかない。
「ねえハンス、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。フローラとイーサムがなんとかしてくれるから。
フローラは特殊メイクも得意なんだって。うまく化けさせてくれるわよ」
とイレーネ。
「あなたはいいですよね。きっと、あの子素敵ー可愛いーキレイーとか言われるんでしょ。どうせ僕は」
ハンスは文句を言うが、本当の懸念事項は別の事だった。
「この大都市、ネオ・トワイライトで行われる収穫祭はこの国最大規模の祭りです。それだけの人が集まるんですよ。そしてあなたが出場しようとしているこのイベントはかなりの人気でメインステージで行われるそうです。
大勢の人が見に来るんですよ、それだけのリスクがあるってことを承知で、それでも出るんですよね」
ハンスの言葉を聞き、しばらく考え込むイレーネ。
そして、
「あの伯爵のドラ息子が追ってこないとも限らない、それはわかってるわ。
でもここネオ・トワイライトではさすがに嫁にしたいからって誘拐するようなことはできないそうよ。
フローラに確認したもの。
コンテストに出るのは、ハンスと一緒の思い出が作りたいから」
と最後は小さな声になるイレーネ。
春の国のホッピイ農場でも、夏の国の水路復活作戦でも、イレーネとハンスは別行動だった。
この秋の国を通り、次の冬の国でこの旅は終わることになる。
それまでに少しでも多く、ハンスと「一緒に」何かがしたかったのだ。
そんなイレーネの思いを聞いたハンス、
「じ、じ、じゃあ、何かヤバそうになったらすぐに逃げる、それから本名ではなく偽名を使おう」
と口ごもりながら言った。
そんな様子を見ていたフローラ、
「あなたたちって、いとこ同士って言ってたけど、違うよね」
「そして、恋人同士でもないよね」
と意味深に言う。
「でも、今のところは、だよな」
とフローラの夫、イーサム。
「じゃあ、偽名ってことで。正式に申し込むからね。名前はどうする?」
すっかりモジモジシテいる二人にフローが言う。
「イーリアと」
そう言うイレーネに、
「それはだめですよ、イーリアたん」
とハンス。
「ぶつよ」
イレーネが小さく答える。
「はいはい、君たちが仲良しなのはよくわかったよ。
じゃ、偽名はベティとファビアンでどうだろう。うちの猫たちの名だ」
とイーサムが提案した。
イレーネとハンスに異論はなかったので、
「キング&クイーンコンテスト コスプレ部門」
参加者、ベティとファビアン。
衣装、メイク担当、フローラとイーサム
として正式に参加を申し込んだ。
このコンテストは収穫祭初日に予選が行われ、そこから上位5組が決戦大会へと進む。
予選、決戦ともメインステージで行われるが、決戦大会は収穫祭の最終日の目玉となるのだ。
「目標は、もちろん優勝だけど、まずは予選突破ね。
収穫祭まであと三日。それまでに何回か衣装合わせとリハーサルをやりたいのでよろしくね」
とフローラはその場でハンスとイレーネ二人の採寸を始めた。
「よかったら今夜、うちに夕食を食べに来ない?
どうせホテル住まいなんでしょ?」
とフローラ。
ーアデーレ王国、王宮ー
王と王妃の居間。
ソファに座る王と王妃、その傍らで女官長が手紙を読み上げていた。
王女イレーネからの手紙だ。
「愛するお父様、お母様へ」
から始まり、日々の出来事がつづられていた。
もちろん、かなり脚色をされて当たり障りのない、女王への修行、花嫁修業の事ばかりに改編されていた。暴漢に襲われて聖剣を振り回して撃退した、とか、身代わりとして生贄になろうとしていた、などということはすべて伏せられた。
そして
「お父様とお母様がとても恋しいです、再びお会いできる日を心待ちにしております」
と結ばれていた。
イレーネは女神アフロディーテの指示により定期的に王と王妃に手紙を送っていた。
その手紙は王宮で、このように読み上げられるのだ。
「まあ、イレーネったら」
そう言いながらハンカチで涙をぬぐうソフィア王妃。
手紙を読み終わると、女官長始め侍従、侍女たちが国王夫妻の居間を退出した。
部屋に王夫妻だけとなったのを確認すると、にわかに表情がかわるソフィア王妃。
「国王陛下、例のお話お考えいただけましたでしょうか」
とソフィア王妃がすっかり大きくなったお腹を撫でながら言う。
「王妃よ、そなたの気持ちはわからにではないが、それは認めるわけにはまいらぬ。
王夫妻の第一子が王位を継承する、これは何代もにわたって引き継がれてきたゆるぎなき伝統であり決まりだ。
そなたが此度、懐妊したこと、これは本当にうれしく思う。しかしそれとこれとでは話が別だ。
王位を継ぐのはイレーネだ。生まれてくる子ではない」
王の言葉に、
「でもイレーネは女神の試験に落ちたのですよ。前代未聞です。再試験に受かるという確証もない。
それでは国が揺らいでしまいます。下手をすると神に没収されかねない。
それならイレーネの王位継承権をはく奪してこの子に」
とソフィア王妃も言い返す。
「そもそもイレーネの婿を勇者から選ぶ、これもそなたの連れて来た魔女メディアの予言であろう。
本来ならば、勇者といわず国中からふさわしい婿を選ぶのが妥当なはずだ。
とにかく、王位継承のことは考えず、そなたは健やかな子を産むことだけを考えよ」
そう言うと、王は居間から出て行った。
その去り際に、
「王妃よ、そなたはなぜイレーネを疎むのだ」
そう言い残して。
居間に一人取り残された王妃ソフィア。
魔女メディアの予言。そうだ魔女メディアの力を借りなくては子宝に恵まれなかった10数年前。
そして魔女メディアはイレーネの「素直な心」まで差し出せと迫った。
そうしなければ、この赤子は育たない、と。
イレーネ、いつも不機嫌で意地悪で可愛げのない子。
自分はこの子に愛情をもったことがあるのだろうか。
魔女メディアに呪われた、可哀そうな子。
「今度生まれてくる子はメディアの呪縛のない子。今度こそわが子を愛せるはず」
ソフィアはお腹の中の愛しい子にそう語らずにはいられなかった。
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