馬車はネオ・トワイライトへ
馬車の旅も終盤、イレーネ達は秋の国最大の都市、ネオ・トワイライトに着きます。
馬車が国境の街、グリンズフィルズを出発してどれくらい経ったのだろう。
街を出ると、何もない一本道である街道が続いたが、そのわきに小さな街がいくつか点在したいた。
その街で何度か小休止をとりながら、馬車は進んでゆく。
休息のため立ち寄った街では、馬車から降りてわずかな時間だが街を散策することもできたが、
イレーネとハンスは馬車にとどまっていた。
「何が起こるかわからない」
これが二人の本心だ。
長距離馬車の休息地点となっている街道沿いの街は、大きくはないがそれなりに人の往来が多く、
それなりに賑わっている。
食料品や雑貨、お土産物を売っている商店も多く、休息で止まった馬車から降りて街に出かけた乗客たちが、店で買った品物らしい大きな包みを抱えて戻ってきていた。
中には、美味しそうな焼き菓子や、フルーツを頬張りながら戻る客もいた。
「次の休憩では降りてみましょうか?少しは外の空気を吸わないと」
イレーネがうらやましそうに、客の荷物を眺めているのを見たハンスが言った。
「あ、でもいいよ、やめておうよ。ネオ・トワイライトに着いたら収穫祭のお祭りがあるんだし。
そこで露店を満喫するから」
とイレーネ。
そこに、身分を隠して乗車中のフーベル伯爵夫妻が戻ってきた。
手にはカップに入ったアイスクリーム2つを持っている。
「ハンス、君たちは外に行かないようだから、賢明だとは思うがね。
これ、お土産だよ」
と伯爵がハンスとイレーネにアイスクリームを渡した。
「お嬢さん、目覚めのアイスクリーム、いかがかしら?」
と妻のテレーズ。
カップに3種類のアイスが入ってその上にはカラフルなチョコレートチップそしてクリームが添えてある。
スプーンでアイスを口に運ぶイレーネ。
「ありがとうございます。とてもおいしい」
とイレーネが笑顔で言う。
かなり良く眠ったイレーネ、まだほてっている身体に冷たいアイスが体に染み渡るのだ。
「イレーネ、そういえば僕に先に食べさせませんでしたね。
忘れたの?」
とハンスがからかうように聞いた。
この旅に出てから、何かを食べる際イレーネは無意識のうちにハンスが先に食べるのを待っていた。
「毒見」をしてもらうために。
王宮での食事は、数度にわたる毒見を経てイレーネの前に出されていた。
訪問先などで急に何か食べ物を出された時も、先に毒見役の侍従がが食べてた。
常日頃から、「毒見」されていない食物を決してたべることのないように、と厳しく言われていたのだ。
そんな生活が染みついているイレーネ。
この四季の国々でも、他の誰もが「イレーネ王女」と認識していないこの地であっても、
いつも誰かが先に食べるのを待って、無事を確認してから自分が食べていた。
その「誰か」は大抵がハンスだった。
それにはハンスも早くから気付いていた。
しかしイレーネの置かれた立場、それを考えると致し方なし、と納得していたのだ。
「そう言えば、いつもハンスが先に食べるの待っていたよね、私」
とイレーネ。
「染みついた習慣ってやつだよね。前は食事するのが怖かったもの。
毒殺されていった王子や王女の話を何度も聞かされていたから。でもなんかそんなのどうでもよくなって来た。好きな時に好きなものを食べられるってこんなに幸せなんだね」
と嬉しそうに続ける。
「幸せを感じるのは大いに結構だけど、どうでもいいっていうのはだめでしょ。やはり少しは気を付けないと」
ハンスがため息交じりに言った。
「やはり僕が気にしてあげないと」
と心で思いながら。
イレーネ、そしてハンスもフーベル伯爵からの差し入れのアイスクリームを堪能してしばらくしたころ、
馬車の通る街道の周囲が変わり始めた。
「そろそろ到着だね」
とフーベル伯。
他の乗客たちもにわかに身の回りの荷物をまとめ始めている。
イレーネもボサボサになっていか髪を整え、春の国、ホッピイ農場での仲間とお揃いでそろえた髪留めで結わえた、
周囲は、今までのような緑地や小川などの自然豊かな風景とは一変し、大きなビルがひしめいている。
そして、そのビル群がまるで艦隊のように前方に見えて来た。
そこが秋の国、最大の都市、ネオ・トワイライト中心部だ。
ネオ・トワイライト中心部の入り口、そこにはゲートがあり往来する馬車のチェックがある。
イレーネ達の乗った、このグリンズフィルからの定期便も例外ではないようだ。
ゲート前で止められ、係員が荷台を覗き込んだ。
ハンスはまたジャックが何か仕掛けてきているのではと内心心配したのだが、幸い何事もなく係員は陽気に
「ネオ・トワイライトにようこそおいでくださいました。収穫祭への参加お待ちしていますよ」
と笑顔で声をかけただけで、ゲートを通過することが出来たようだ。
ネオ・トワイライト市内、と言われる中心部は通路はどこも石畳の舗装がされており、
馬車の往来も頻繁だ。
軍服を着た警備兵らしき姿も見受けられた。
馬車や通行人がスムーズに往来できるように、いろいろ指示していた。
「すごい大きな街ね、アンデールよりも大きいかも。
それに歩いている人たち、みんな素敵ね」
イレーネが外の様子を見ながら言う。確かにこの街を歩いている住人は男性はきっちりとしたスーツ、女性はドレスにパラソルを持っている、そんな人々ばかりだ。
「まるで舞踏会へいくみたい。みんな貴族なの?」
イレーネが続けて言う。
「この町に住んでいる人々は、それだけで上級平民と言われているの。貴族ではないけでど一般の平民よりも格上ということね。だから変なプライドを持っている人も多くてね」
とテレーズが話に加わった。
「この馬車を降りたとたん、私達は否応なくフーベル伯爵夫妻ということになってしまう。
あまり嬉しくはないのだが。
ハンス、そしてそちらのお嬢さん、あなた方の旅が順風であることを願っているよ。
もしも、困ったことが起きたらすぐに私のところに来るがいい。
フーベル伯爵の館と言えばだれでもその場所を知っているから」
と伯爵が言う。
その言葉にうなずくハンス。
「どこかでお会いできることを」
そう言いながら。
馬車はネオ・トワイライト中心部の馬車ロータリーに到着した。
乗客が次々と降りていく。
イレーネとハンスの後、最後にフーベル伯爵夫妻が降りた。
そこには数人の身なりのいい、男たちが待ち構えている。
「旦那様、お帰りなさいませ。
さあ、あちらへ馬車のご用意が。お屋敷に戻られましたらお目を通していただきたい書類が」
と男たち、フーベル伯爵家の侍従たちに取り囲まれながら待たせてある個人馬車、とても豪華できらびやかな、に誘導されようとしていた。
「奥様も、お急ぎください」
そう言われながらも、テレーズは、
「お嬢さん、イレーネさん、何か困ったことが起きたらすぐに連絡してね。少しは手助けになるわ」
そう言いながら馬車に向かった。
伯爵夫妻を乗せると、華麗な馬車はその場を去って行った。
「でも私達なんか、もしお尋ねしたとしても伯爵様にお目通りなんか叶わないでしょ」
馬車を見送りながらイレーネが言った。
「え、そうですか?僕なんかは心強いなーって思ったんですけど。イザという時に」
ハンスは言う。
イレーネには伯爵夫妻の言葉がその場だけの「社交辞令」としか受け取れなかった。
自分がそうだったら。
今まで会った少女たちに
「いつでも王宮に遊びに来てね」
と言ったことがある。
しかし、その後イレーネと面会が叶った少女はただの一人もいないのだ。
いつも門番が冷たく追い返していたのだった。
「姫があんたなんかにお会いになるわけないだろう。真に受けてもらっては困る」
そんな言葉と共に。
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