「ホワイトダンス」の余波
イレーネが急遽代行したホワイトダンスのセンター、思いのほか話題になっているようです。
領主の娘、ドロテアのおかげで宿まで無事帰りついたイレーネとハンス。
「いやいや、疲れましたねえ」
とハンス。
「私もだよ、ダンスしてイカれた貴族に追い回されて」
そんな話をしながら、国境の街 グリンズフィルズ 総合案内所の受付カウンターへ行く。
ここが宿の受付も兼ねているのだ。
「やあ、お嬢さん。どうでしたか領主様のお館での歓迎会は」
受付の男が言う。
最初にイレーネ達に歓迎会とダンスの事を教えてくれた男性だ。
「お二方はお従妹様同士と伺いましたので、ダンスへのご参加もお薦めしましたが、
どうでしたか?素敵な殿方はいらっしゃいましたでしょうか?」
どうやら、この国で「ホワイトダンス」に参加するということは、花婿募集、ということになるらしい。
イレーネの知る限り、ホワイトダンスに参加するのは、これから社交の場にデビューするという証、
決して婿探しのばではない、しかも男性が勝手に娘をさらっていくなんて、聞いたことがない。
平民の娘は拒むことも出来ないなんて。
「あの、淑女のダンスに参加する女の子たちって、みんな自分から喜んで参加してるの?」
とイレーネが受付の男に聞いた。
「それはもう。農村の娘たちにとっては貴族や高級平民の子息から見初められるかもしれないまたとないチャンスですから。
あなただって、貴族のお屋敷で侍女なんかとして働けたらうれしいでしょう?」
この男はイレーネを完全に村の娘だと思っているようだ。
「そちらの殿方も農業関係の方ですよね、どうですか?今年の収穫は。豊作だと聞いていますよ」
今度はハンスに向かって男が言う。
「私たちってそう見えてるみたいね」
とイレーネがハンスにささやく。
「いや、僕はそれで合っているのですが、貴女も村娘って」
というと笑いをこらえるのに必死の形相になっているハンス。
そこに、同じく領主の館での歓迎会から帰ってきたらしい夫妻が受付にやってきた。
イレーネ達と同じ宿に泊まっているのだ。
「お館はいかがでしたか?楽しいひと時をお過ごしになられましたでしょうか」
と受付の男が客室の鍵を渡しながら夫妻に言う。
「国境の街だというのに、素晴らしいお屋敷だね。
領主殿のお人柄よさそうだ。とても楽しかったよ」
と夫が答える。
その言葉にうなずきながら、
「ホワイトダンスが披露されるなんて。目の前で見ることが出来て光栄だわ。初々しいお嬢さんたちが大人数で踊るダンス。とても素晴らしかった。私も若かった頃を思い出したわ」
と妻。
「まあ、ホワイトダンスは領主のお嬢さんがいきなりアクシデントで退場してしまうし、
ハプニング連続だったけどな」
「そうね、でも急遽、領主のお嬢さんの代役になった娘さん、とても素敵だったわ。
あの子もどこかのご令嬢ね。あの立ち居振る舞い、村の娘じゃないわ。そのご令嬢を貴族の坊ちゃまが追いまわして」
そう言いながら、夫婦で顔を見合わせる。
「追い回して?」
とハンスが口をはさんだ。
「そうなのよ、領主のお嬢様のダンスのお相手、有力貴族の坊ちゃまで、急遽代役の娘さんがたいそう気に入ったようよ。
村の娘たちがみんなで帰る乗合馬車にそのお嬢さんがいないって、それはもう大騒ぎで。
御父上まででてきて領主に詰め寄っていたわ」
夫妻の話によると、あの後もジャックはイレーネを探し回っており、狙っていた帰り際、相乗り馬車にイレーネがいないとわかると、父親まで加わって領主を呼び出して問い詰めたという。
「ホワイトダンスの参加者名簿を出せって言って」
そう言えば、ホワイトダンス、参加申込書というのを書いた。
そこには、イーリアではなくイレーネと書いてあるのだが。
「あら、こちらのお嬢さんもホワイトダンスに参加したのかしら?
じゃあ、あの貴族の坊やが何か聞きに来るかもね。
あのお嬢さん、ほんとにどこに行ってしまったのかしら。あの屋敷で相乗り馬車で帰る村の娘や関係者でなければ、普通に馬車に乗ったはず。そこにも彼女の姿はなかったそうよ」
そう言うと、夫妻は宿に向かって去って行った。
ハンスも鍵を受け取り、案内所の受付カウンターから宿に向かった。
その時、イレーネを受付の男からみえないように、ハンスが自分の姿で遮るように歩いた。
イレーネの姿を受付の男にこれ以上印象付けない方がいい、そう思った。
宿は案内所を道をはさんだ隣にある。
歩いても数分もかからない。
「イレーネ、明日にでもこの街を離れましょう。秋の国の中心、ネオ・トワイライトに行きましょう。
あまりここに長居しないほうがいい」
とハンス。
ここを離れるのはイレーネも同感だった。
「ネオ・トワイライト?大きな街なの?」
「そうです。秋の国、最大の都市です。あそこならいろいろな人がいるし、紛れ込みやすい。
それに、最大の収穫祭が行われる街でもあるんですよ」
とハンス。
「ここでのミッションは作物の収穫を見届けること、だと思うんですよ。だから収穫祭で今年の作物の出来を確認したら、早めに冬の国へ移動しましょう」
とハンスが続けて言った。
「そうね、私もまたばったりあのジャックを会ったりしたくないもん。
でも、ドロテアが心配だわ。あのバカ息子、父親に頼んで領主に圧力とかかけなきゃいいけど」
とイレーネ。
「そうですね、それは気になるところですが、何を差し置いても貴女がさらわれる事だけは避けなければ。あの領主、平民らしいですがここまでの街を治めているんです。それなりの有力者だ。
そう簡単に屈したりしないでしょう」
ーグリンズフィルズ郊外、ホリデイ伯爵の壮大な館ー
その一室で、書類に目を通す、ジャック。
グリンズフィルズ領主、ノービス公から「ホワイトダンス」に参加した娘の参加申込書を受け取っていたのだ、半ば無理やりにだ。
「イーリア、イーリア、いないじゃないか」
その中に、「イーリア」という名の申込書は見当たらない。
「やはり招待されて参加したどこかの令嬢か?
でもそれなら、ノービス公がそう言うはずだ」
その時、一枚の申込書が目に入った、
参加者氏名「イレーネ」と書かれているその申込書。
「イレーネ、イレーネ? イレーネか」
そうつぶやくジャック。
「イレーネ、どこかで聞いたことがある名だ」
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