貴族、平民、そして「若い娘」
「ホワイトダンス」に隠された本当の目的は
先ほど「ホワイトダンス」を踊った娘たちが談笑している。
その輪の中にはイレーネもいた。
「あのね私、このままダーガン侯爵様のお宅に行くのよ」
興奮しながらこう言ったのは、赤ら顔にそばかすいっぱいの頬、白いドレスを着ていてもどことなく垢ぬけない「田舎娘」だった。
「わーすごい、いいなー。侯爵様のご子息に射止められたの?」
周囲の娘たちが言う。
「射止められた?そんなわけないじゃない。あたし田舎の村娘だし。
侯爵様のお嬢様の侍女としてよ」
「そっかー。でも貴族の館で暮らせるなんて、うらやましいな」
そんな会話を聞いていてもイレーネにはよく意味が分からない。
なにが、そんなに「いいなー」なんだろう。
「私は、あそこの殿方に射止められたわ。明日には私の実家に御身受けの使者が来るはずよ。
あーあ、こんなにあっさりと見初められるなんて」
一人の娘がそう言った。ほかの子たちより少し垢ぬけているその娘は、ルビイと言った。
「ルビイ、本当に?いいなあ、お相手は貴族なの?」
周りから質問攻めにあうルビイ。
「残念だけど貴族ではないわ。豪商の子息よ。
うちは先祖が貴族だからまあつり合いがとれてるってとこかしら」
勝ち誇ったような表情のルビイ。
「ねえ、貴族の侍女になったり、商人に見初められたりするのってそんなに大喜びすることなの?」
イレーネが隣にいた娘に小さな声で聞いた。
「当り前じゃない、あなたは、センターの代役さん、えっと」
「イーリアよ」
「イーリア、あなた村の娘じゃないでしょう?だから知らないのね。
私達みたいに村で生まれた平民はこんなことでもないと、貴族や高級平民の館に入ることなんかできないもん。侍女になれるのは名誉なことなのよ」
とその娘。
そう言えば、イメルダも私の侍女になった時は名誉だって言われたって。
でも、侍女でしょ?
「そうなんだね、じゃあ、ここで見初められるってことあるの?あの子みたいに」
周囲に取り囲まれて嬉しそうに話しているルビイを見ながら言った。
「そうよ、ここに来ている殿方には花嫁を探しに来ている人も多いのよ。
ルビイはお金持ちのお家の娘だから、きちんと御身受けの使者が行くみたいだけど、
どうでもいい平民だったら、あ、私みたいにね、そのまま連れ去っていくことだってあるのよ」
「それって、誘拐?」
とイレーネ。
どうも、このあたりの風習としてこういう場で見つけた意中の娘を否応なく連れ去ることがあるというのだ。
大抵は貴族の子息が、平民の娘をさらっていくという。
「イーリア、あなたジャック様に言い寄られていたでしょう?
気を付けた方がいいわよ。
でも、ま、ジャック様に見初められたならいいわよね」
冗談じゃない、あんな裏の顔がありそうなやつ、こっちからお断りだ。
内心そう思うイレーネ。
「連れていかれた子はどうなるの?貴族と平民じゃ普通に結婚なんかできないでしょ?」
とイレーネ。
「そうなのよ、大抵は貴族の子息の、なんというか、まあ妾ってところね」
そんなことがいまだに横行しているとは。
アデーレ王国では王族でさえ側室を持つことは許されていない。
結婚は、お互いの愛をもってなせるものとする、そう決めたのは3代前の初の女王、アリアーネ女王だ。
「でも私の結婚相手はなんでロードレースで決めてんのよ」
と少し疑問を持ったイレーネ。
その時、
「やあ、お嬢さん、一緒に来てもらおう」
そう言いながら数人の男たちがやってきた。
すると今までイレーネと話をしていた娘を担ぎ上げてあっという間にその場から去って行った。
「わあ、ライラが連れていかれちゃったわ」
と周囲が騒ぐが追いかける様子もない。
これが連れ去りというやつらしいが、どうやら連れ去られるのはまんざら悪い事でもないようだ。
「こんなの私はごめんだわ、こんなの。早くハンスを探して宿に戻ろう」
とイレーネはその場を離れハンスを探し始めた。
同じころ、ジャックのたくらみを聞いたハンスもイレーネを探していた。
「イレーネがさらわれるとか、シャレになりませんよお」
さっきまで、イレーネが一緒に話をしていた娘たちが、
何かを物色するように歩き回るハンスに、「色目」をつかって魅惑的な視線を送っていた。
「さっきのダンスでセンターを踊っていた子、いまどこにいるか知りませんか?」
とハンス。
「あ、イーリアね、彼女ならあっちに行ったわよ。
ねえ、貴方もイーリア狙いなの?倍率高いわよ、貴族の子息がこぞって狙っているわ、私達でどうかしら?」
と娘の一人が言った。
「イーリア?そう、そのイーリアさん。僕はただイーリアさんとお話がしてみたくて」
そう言うハンスに、
「ふーん、純真なのね。ま、当たって砕けてみれば?
イーリアなら、荷物を取りに行くって言っていたから、屋敷の奥の部屋あたりにいるんじゃない?」
そこにいた娘からそう言われたハンスは、屋敷の奥の部屋に向かって急いだ。
屋敷の奥、イレーネがダンスのために着替えをした部屋に戻っていたイレーネ。
まずは自分の荷物を持ち出す。
それから、この白いドレス、素敵だけれだ動きにくい。
自分の服に着替えて、ドレスを衣装棚に戻した。
久しぶりに着たドレス。
以前は毎日来ていたのに。
そんな事を考えながら部屋を出ると、向こう側からジャックと数人の男がこちらにやってくるのが見えた。
「まずい」
慌てて急ぎ、そこにあった階段を駆け上がるイレーネ。
「あ、イーリアちゃん、みっけー」
「そんなに逃げなくても、僕は君を館に連れて行きたいだけなんだけど」
遠くからそんな声がしてイレーネを追ってくるのが分かった。
「どうしよう」
階段を駆け上がったのはいいが、これからどうすれば。
そう思いながら、2階の長い廊下を走っていた。
その時、一つの部屋のドアが開いた。
「こっちに」
そいう声に、ドアの開いた部屋に駆け込んだイレーネ。
そこには領主の娘、ドロテアがいた。
「あの、ホワイトダンスでは助けてくれてありがとう」
ドロテアが深々と頭を下げた。
「いえ、私は何も。っていうか本当だったら貴女が踊るはずだったセンター。
私が代わっちゃってなんだか申し訳ない気分なんだけど」
とイレーネ。
「あのダンス、私はどうしても踊れなくて。本番で転ぶだろうなって思っていたらしょっぱなに派手に転んで、ジャックから足まで踏まれて。
でももし、あのままダンスが中止になっていたら、お父様の立場はなくっていたわ、本当に感謝してるのよ。」
とドロテアが言う。
「それなら少しは私も気が楽になれるかな」
とイレーネは少しだけホッとしていた。
そこに、廊下を荒々しく歩く足音が聞こえた。
ジャックたちだ。
「そうだ、それで私ジャックにさらわれそうなのよ」
「あの、あの、貴方は、イレーネ王女ですよね?」
改まった表情でドロテアが言った。
「わかるの?」
イレーネが驚いて言う
ここでも、今までの国でも、イレーネをイレーネ王女ど認識している者は皆無に等しいというのに。
「あの、私、イレーネ王女の大ファンなんです。」
ドロテアがそう言ったところで、この部屋の扉が叩かれた、
「イーリアちゃん、そこにいるんでしょ、出てきてよ。僕が伯爵の館に連れて行ってあげるって言ってるんだから」
とジャックの声がする。
「王女、こちらに」
ドロテアがイレーネを部屋の奥にある、隠し扉に案内した。
隠し扉を開けると、そこは2階のもう一つの廊下につながっていた。
足を怪我しているドロテアは早くあることが出来ない、
「王女、このまま進めば北側の階段にでます。そこを降りば通用門があるのでそこから外に出られます。
今すぐに行ってください」
というドロテア。
そこに一人の人影が近づいてくるのが見えた。
イレーネもドロテアも身構える。
「やっと見つけましたよ、イレーネ」
その声はハンスだった。
「もう、どこにいたのよ、散々探したのよ。ジャックってイカれた伯爵の息子が私をさらおうとしてるのよ。このドロテアがいなかったら捕まるところだった」
とイレーネは不満をぶつける。
「僕だってあいつの本性を見ちゃったから大慌てで貴女を探してたんですよ。
でも、ドロテアさん、ありがとう。イレーネをかくまってくれたんですね」
ハンスの言葉に同意するようにうなずくイレーネ。
ドロテアに感謝の眼差しを向けているのは、まぎれもなく自分が憧れた王女イレーネだ。
イレーネ王女。
ドロテアにとってあこがれの存在だ。
優雅で可愛くて、気高くて。
「私もあんなふうになれたらいいのに」
王女が載った王室ジャーナルを見ながらいつもそう思っていた。
自分は太っていて、どんくさくて、人見知りで、何もいいところがない。
でもイレーネ王女は違う。
明るくて誰にでも優しくて。
何をしても完璧なイレーネ王女。
ホワイトダンスで自分の代わりにセンターで踊るイレーネを見て、
ドロテアは確信していた。
「あれは、イレーネ王女だ、間違いない」と。
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