大会前夜
イレーネ王女の夫君の座をかけた
「勇者ロードレース大会」がいよいよ明日に迫った。
国中から集結した勇者たちは、それぞれ公園や空き地、河岸などで最終調整を行っていた。
バロウ村の勇者たちも、城壁脇の広場でトレーニングをしていた。
剣を交えたり、筋トレ、ダッシュ。
その様子をアンデールの住民たちが見物しに来ていた。
ロイヤルクラスの剣を持ち、特注の勇者ガウンをまとったマルクは注目の的だ。
さっそく王室ジャーナルの記者も取材にやってきた。
記者
「マルク、君は優勝候補だけど、明日の意気込みを聞かせてもらえるかな」
マルク
「もう準備は完璧です。早く明日にならないかとワクワクしています。
明日はただ自分を信じて力を出し切るのみです」
記者
「優勝すれば、イレーネ王女の夫君となるわけだけど、その心構えはできているのかな」
マルク
「もちろんです。明日、優勝して姫の夫として
生涯をかけ、姫を支え、お守りしていく所存です」
記者
「そうか、頼もしいな。明日は期待しているよ」
カメラマンが、マルクの写真を撮る。
何度もポーズをかえて、カメラに収まるマルク。
周囲の女性たちから歓声が上がっていた。
その様子を見ていたハンス、特に気にする様子もなく皆にタオルや水を配っていた。
自分はトレーニングをする気もないらしい。
ほかの皆は剣はもちろん、ほかの武器を持参しためしているというのに、
ハンスは手ぶらだった。
ハンスに気づいた記者が、
「あ、マネージャーさん、だよね、
この記事、今日の夕刊に載せるから。刷り上がり次第宿舎にとどけるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
とハンス。
大会前日の調整を終え、宿舎に戻るバロウ村の勇者たち。
「お前、マネージャーとか言われてなかった?」
とマルクがからかう。
ハンスが反論しようとしたが、その時にはマルクはもう待ち構えていた
街の女の子たちに囲まれていた。
「気にすんなよ」
と声をかけたのは勇者ロイだった。
「それにしても、ハンス、剣はないのか?さすがにそれはまずいそ」
とロイ。
「一応、持ってるよ。おやじが持って行けって」
ハンスは父親から家の家宝である聖剣「シュバ」を託されていたのだ。
シュバは今まで数々の手柄を打ち立てた名剣。
先代国王から「ロイヤル」の称号をいただいた逸品だ。
そんな剣がなぜ、ハンスの家にあるのか、不思議でならなかった。
宿に向かう路地に差し掛かった時、反対側から別の勇者たちがやってきた。
バロウ村の勇者と同じくらいの人数だ。
すれ違いざま、先頭を歩いていた勇者がわざとマルクの肩にぶつかった。
どう見ても友好的ではない雰囲気だ。
「おい、ぶつかっておいてそのまま無視かい。
どこの勇者か知らないが、随分と礼儀に欠けるじゃないか」
とマルクが言い放った。
相手の勇者が
「おやおや、これはこれは。わたくしどもは、セレントシティの勇者である。
お前たちみたいな村の勇者なんぞ目のはしにもはいらなかった。
なんだか、ぶつかってしまったようだな。
我の式服が田舎臭がすると思ったわ」
と仁王立ちで言った。
「なんとわかりやすい挑発だ」
ハンスはそう思い、さっさと通り過ぎたほうが得策を考えた。
が、しかし。
マルクをはじめ、バロウ村の勇者たちはすでに戦闘モードに入っていた。
「何をやってるんだ、大会前に場外でなにか問題を起こせば、出場取り消しになるんだぞ」
ハンスが叫ぶが誰も聞く耳を持たない。
マルクたちが剣を構え、セレントシティの勇者に立ち向かおう、としたその時
別の集団がマルクたちを取り囲んだ。
「さあ、やれ」
とセレントセティの勇者、さきほどマルクに喧嘩を仕掛けたアイル・ファインが言った。
「やれ」と言われてマルクたちに迫ってくるのは勇者ではなかった。
セレントシティの魔法使いたちだった。
たちまち魔法でマルクたちは身動きが取れなくなり、
剣を抜くこともできない。
それどころか、魔法で操られるように、お互いに攻撃を仕掛けていた。
マルクはロイとやりあっている。
「おい、やめろ」
そう言う、ロイとマルク。
しかし、魔法で動かされている身体は言うことを聞かない。
マルクがロイに向かって剣で切りつける、その寸でのところで
何かがマルクの剣をはねのけた。
そして、砂ぼこりとともにセレントシティの魔法使いたちが次々と倒されていった。
砂ぼこりの向こう側に人影が写った。
魔法使いは全員、地面に倒れこんでいた。
その真ん中に、一人の勇者が立っていた。
「君、セレントシティの勇者だね。明日のロードレース大会出場者。
これは不正行為だけど。
我々が報告すればお前たちは失格だ」
とアイル・ファインに剣を突き立てながらその勇者は言う。
「なんだと、お前、誰だ、俺をセレントシティの勇者と知ってのことか」
とアイル・ファインはまだ大きな口をたたく。
そんなアイルを足蹴にし、マルクたちのほうに向かって
「君たち、大丈夫?君たちが申し出ればこいつ等、失格にできるけど、どうする?」
と聞いた。
「いや、明日の大会でこの決着はつける。なので申し出はしない」
とマルクが言い切った。
「潔いいいね。気に入った。さすがはバロウの村の勇者だ」
被っていた戦闘帽を取りながらその勇者が言う。
そこには長い金髪をなびかせた、美しい姿の女性勇者がいた。
「貴女は、勇者フローレンス」
その姿をみた、マルクとアイルが同時に声をあげた。
それは国一番いや、世界に名をとどろかせているの女性勇者、フローレンスだった。
フローレンスは立ち去り際にハンスに近づくと耳元で
「やはりあなたも出るのね」
とささやいた。
フローレンスの式服の胸元にあった紋章と同じものがハンスが父から持たされた剣の柄にもあった。
そして、ハンスはこの女性と前にも会ったことがあるように気がしていた。