アフロディーテそして、国境の街
いよいよ秋の国への国境の街
神々、女神たちの居る聖地、その中の女神の執務室。
その部屋の中央の大きな事務机に座る女神アフロディーテ。
その手には夏の国、国境沿いの集落に派遣されているロバンナとマデリンからの報告書が。
二人の報告によると、イレーネ王女はいまだ王女としての自覚も、人間性の向上もみられない、
勇者、ハンスに関しても同様。勇者の才覚はほぼなし。
ということだった。
「ま、予想したとおりだわ。順調のようねイレーネ、それからハンスも。
次に会うのが楽しみだ」
報告書を読みながら満足げに頷くアフロディーテ。
そして、
「さあ、魔女メディア。そろそろあなたとも決着をつけないと。
そろそろ解放しておやりなさい。あの王妃様を」
そう強く呟いた。
「そろそろ、国境の町に入ります」
イレーネとハンス、そしてフローレンスを乗せた馬車の御者が荷台に向かって叫んだ。
この馬車を操っているのはフローレンスの部下、国際警備隊の隊員だ。
「そろそろ着くんですか?」
とハンスが起きだしてきた。
「別れの盃で泥酔して、今頃お目覚めか。道中この馬車が襲われていたら、お前は見殺しにするところだったぞ」
とフローレンスがあきれたように言う。
「でも襲撃なんかわれなかったじゃないですか。それでいいってことで。ね、イレーネ」
ハンスはすっきとした表情でイレーネを見た。
イレーネは静かに荷台に座っている、そして
「シャロンの気配が感じられない。やっぱりシャロンはもういなのね。
なんかまだ信じられなくて。眠って起きたらまたシャロンの気配が戻っているんじゃないかって思っていたけど、やっぱり」
そう言ってうつむくイレーネ。
その姿を見たハンスは、イレーネの側に駆け寄りそして、両手を広げ、
抱きしめた、つもりが。
それよりも早く、フローレンスがイレーネをぎゅっと抱きしめていた。
しばらくして、
「さあ、前に進まないと。それがシャロンの意志だから」
涙を拭きながらイレーネが言った。
そう、私は立派な王女に、そして女王になる。
自分に誇れる自分になる。
やがて馬車は街中を走り始め、そしてとある建物の敷地内へ入って行った。
馬車が止まり、フローレンスの部下でもあるエヴァンが声をかけてきた。
「隊長、着きましたよ、皆さんも気を付けて降りてください」
とイレーネが荷台から降りるのに手を貸している。
「ここは?」
イレーネもハンスも周囲を見渡す。
そこには広い敷地にいくつかの重厚な建物が並んでいる。
「ここは、国際警備隊駐屯地兼、国境警備軍本部ですよ」
とエヴァン。
エヴァンが先導して、イレーネとハンスを国際警備隊の事務所に案内した。
そこは、いくつかある建物のなかで一番奥にあり、
「参号館」という表示が出ていた。
そのなか、「隊長室」と書かれたドアを開けるエヴァン。
「お連れしましたよ、隊長」
そう言いながら、イレーネとハンスを部屋に入るように促した。
そこにはフローレンスが待っていた。
「いつの間に?フローレンス」
さっきまで一緒にいたはずなのに、そう思ったイレーネ。
「さあ、ここは秋の国との国境の街だ。そして、君たちが今いるのは国際警備隊駐屯地。
我々の拠点だ。まあ、国境警備軍本部に間借りさせてもらっているんだけどね」
とフローレンス。
「さあ、ハンスにイレーネ、今後の事を話そうか」
フローレンスはそう言うと、二人を別室に招いた。
「さあ、ここまでは来ればあとは国境を通過するだけだ。
まあ、それが最難関なんだがね。
この街にある秋の国への入り口、ここにいる国境管理官、こいつがねえ」
フローレンスの話によると、この街のはずれに秋の国との国境がある。
そこを通過すれば秋の国に入国できるのだが、入国のための秋の国国境管理官との面接がある、それが問題なのだそうだ。
「お前たちは何を聞かれるんだかねえ」
フローレンスが意味深に言う。
「それにしても、母上はいつもこのあたりにいるのですか?そもそも、母上は国境警備軍に入ったのではなにのですか?それが国際警備隊の隊長だなんて、どうなっているのですか」
ハンスは疑問に思っていた。
母フローレンスはアデーレ王国で「国境警備軍」に召集されたはずだ。
それなのに、今は国際警備隊の隊長なのだ。
「それはねえ、まあいろいろあって。国境警備軍の支配下にあるのが国際警備隊っていうところかな。
私は国境警備軍に入って剣術の腕をみがき、世界一の女勇者と呼ばれるようになった。
それが気に食わなかった国境警備軍のお偉いさんに、追い出されて国際警備隊に出向となったんだよ。
あーやだやだ、身分だけは高いやつはすぐに妬む」
そういうこと、らしい。
「いつもは大抵、国境付近を警護しているよ。紛争が多発している国境は多いからね。
ここ神の連邦国だったり、他の王国の国境だったり。
あの時、お前に会ったアデーレ王国の王都、あの時もアデーレ王国とその周辺にいた時だ。
お前がロードレース大会に出ると聞いて王都に出向いていたんだ。
どんな立派な勇者になっているかと思ったら、まあ」
そう言うとフローレンスは笑い始めた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
とハンス。
「いや、お前があまりに父に似ていたから。グロウはやはりお前をそう育てたのか、って思ったよ。
私が家を出て正解だった。私が残ってお前を育てていたら、お前には容赦なく勇者の修行をさせていた」
そうだ、父はハンスに勇者としてやるべきこと、を強制することは決してしなかった。
バロウの村には有能な勇者が多くいた。また勇者になりたい若者も多かった。
それなりの指導体制が整っていたが、ハンスの父、グロウはそこにハンスが参加するかどうかは本人の意思に任せていた。
そしてハンスは剣や武術の鍛錬より、作物を育てたり自然や気候について学ぶことの方が好きな
「変わり者」として成長したのだ。
「じゃ、私達はいつ面接に行くの?」
とイレーネが現実に戻った話をした。
「じゃあ、少し休んで今日の夕方にでも行ってみるとするか。
万が一通過できればお前たちは、そのまま秋の国に入国だ」
とフローレンス。
「そうなんだ、じゃあそれまでの間、私と剣の稽古をしてもらえない?」
とイレーネが聖剣フリージアを手に言った。
「いいだろう」
フローレンスは自分の愛用の聖剣、マヤを手に「武道場」と書かれた部屋にイレーネを連れ出した。
お互い、剣を手に武道場の真ん中にたつフローレンスとイレーネ。
二人とも、真剣だ。
「やはりなんて筋のいい子なんだろう」
剣を交えながらフローレンスが思う。
「剣術をきわめた女王ってのもいいのにねえ」
二人の手合わせはしばらくの間続いた。
窓から入る日差しが傾いてきているのを見たフローレンスが
「そろそろ終わりにしよう」
と声をかけた。
フローレンスが二人を秋の国の国境、秋の国への入り口まで連れて行った、
そこで、待ち構えるのは秋の国の国境管理官。
いよいよ国境通過のための面接だ。
「秋の国への入国希望者か」
面接官らしき白髪の年老いた男が、イレーネとハンスの姿をみて眉間にしわを寄せながら言った
あきらかに機嫌が悪そうだ。
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