国境沿いの家
シャロン亡き後、イレーネは。
馬車は夜道を走り続け、いよいよ国境沿いへと近づいていた。
このあたりから、ロバンナが周囲に気を配りながら馬車を進める。
「夜明けまで、あと少しだ、ここが一番危ない時間だ」
と一人つぶやくロバンナ。
すると後方の脇道から、わずかな明かりが見えた。
「さっそくおいでなすったか」
ロバンナは馬車のスピードをあげた。その明かりから逃れるように。
何度も脇道からの「明かり」が馬車を追ってきた。
そのたび、ロバンナの巧みな操縦で馬車は進んでいく。
急に馬車がスピードをあげ、右や左に蛇行したのを不審に思ってか、
ハンスが荷台から顔を出した。
「なにかありましたか?」
と言いながら。
「おう、色男、そろそろ国境沿いだ。夜が明ける前この時間はゾクがはびこる時間帯だ。
この馬車、質素な辻馬車にしか見えないから、かわしていればすぐにあきらめてくれるのが幸いだ」
いつの間にか、御者台のロバンナの隣に座り込んでいるハンス。
「ロバンナ、少し休んでください。僕だって馬車は走らせられますよ」
そう言われたロバンナは手綱をハンスに預けはしたものの、御者台から離れることはしなかった。
「俺は休まなくても大丈夫だ。またいつ何が襲ってくるかわからんからな。
それより、お嬢さんはどうした、眠っているのか?」
「ああ、イレーネなら。疲れていますからぐっすりと眠っています」
とハンスはわざとのように、あっさりと答えた。
ハンスの態度に苦笑いしたロバンナは、
「国境沿いについたら、まずは俺の家に連れて行く。
そこでまずは休め。それから今後について話そう。
お前たち、秋の国へ行きたいんだろう、秋の国への入り口は簡単には通り抜けられんからな」
「一筋縄ではいかないってことですね」
ハンスはそう言いながら白み始めた空を見つめていた。
馬車は大きな襲撃を受けることなく、国境沿いのとある集落に着いた。
ここは、ハンスたちが水路の復活のために交渉に来た、あの集落だ。
馬車は、小さな道に入りしばらくすると一軒の民家の前で止まった。
「さ、着いた」
と言いながらロバンナが馬車を降りる。
それと同時に、家に明かりがつき中から一人の女性が出てきた。
ロバンナに続いて馬車から降りたハンスが、
「あの方は?」
と聞く。
「ああ、こちらは俺の女房、マデリンだ。」
ロバンナはマデリンの肩に手をまわし、そう言った。
「あ、マデリンさん。僕はハンスと言います。すみません朝早くから押しかけまして」
と申し訳なさそうなハンス。
「いえいえ、気にしないで、長旅疲れたでしょ。さ、中に入ってゆっくりして」
マデリンがハンスを家の中に促す。
「おい、お嬢さんは?」
とロバンナがイレーネがいない事に気付く。
「イレーネ、まだ眠っていて」
とハンス。
「お前、イレーネの事忘れてた、とか?」
「そんなことないですよ、そんなこと、あるわけないじゃないですか」
慌てるハンスを横目に見ながら、ロバンナが荷台に戻ったと思うと、
眠っているイレーネを横抱きにしながら出てきた。
「起きないな、このお姫様は」
と言いながら、イレーネを家に入れるロバンナ。
「さ、あんた、このお嬢さんをこっちに」
マデリンが言う。
イレーネはロバンナの家の客室のベッドに寝かされた。
マデリンが色々と世話を焼く。
ロバンナとハンスは居間のソファにとりあえず落ち着いた。
既に手にはビールを持っているロバンナ。
「イレーネ嬢ならマデリンに任せておけば大丈夫だ」
そう言いながら、ビールをあおっている。
しばらくして部屋からマデリンが出てきた。
「お嬢さんなら、眠っているだけね。あまりに眠りが深いから、心配したんだけど、
精神魔法や、何かをかけられている様子はないわね。
もしかしたら、彼女はすごくショックなことがあったとか?」
マデリンの言葉に、
「わかるんですか?」
と思わず言うハンス。
「やはりそうなのね。あまりに大きな出来事があって、あの子には受け入れられないくらいの。
防衛本能が働くっていうのかしら、脳が眠ることを指示しているのよ」
「マデリンさん、あなたは」
あまりに的を得たことを言うマデリンに思わず聞いてしまうハンス。
「私はね、人の心を癒す魔法が使える魔法使いなの。でも公認の称号は持っていないから
ヤミ魔法使いなんだけどね。
国境沿いの集落にはいろんな人が集まってくる。心が傷ついた人も多くいるわ。
そんな人の心を癒しているの」
マデリンはそう語った。
「あの妖精がからんでいるんだろう?このままお前さんたちを秋の国に行かせるわけにはいかないな。
心の傷はきちんと治療しないと治りが遅くて何度でもぶり返す厄介なもんだ。
マデリンに任せてもらないか、あいつは必ず傷ついた心を救う」
ロバンナの言葉に、ただ頷くハンス。
その時、
「あの、ここは?」
そう言いながら眠っていたはずのイレーネが入ってきた。
「なんだかよく眠ったわ。すごくすっきりしてる。
ハンス、早く秋の国に行きましょうよ」
とイレーネ。
重いかげないイレーネの元気のいい声。その様子にハンスは思わず微笑んだが、
ロバンナとマデリンは見つめあっていた。
「イレーネ、今日はここでゆっくりしてね。
秋の国に行くとしても、馬車が必要でしょうう。
うちの馬車を使ってくれていいんだけど、馬を休ませてあげてよ。
夜、ずっと走ってきたんだから疲労困憊のはずだわ」
とマデリン。
「それもそうね、仕方ない。では遠慮なくここで過ごさせていただくわ」
とイレーネ。
「では、朝ごはんにしましょう。イレーネ、準備を手伝ってくれる?」
マデリンの言葉に、一緒に台所に立つイレーネ。
マデリンの指示でいろいろとテーブルに運ぶイレーネ。
嬉々として「お手伝い」をするイレーネ。
朝食が始まってからも、イレーネはよくしゃべった。
夏の国、ルルカ村孤児院でのこと、引取り祭でのこと。
そんな彼女の様子をずっとみつめるマデリン。
朝食後、イレーネはハンスに誘われ家の周囲に散歩に出た。
「さ、奥さん、見立てはどうなんだい?あのお姫様は」
ロバンナとマデリン、二人きりになった家の中でロバンナが言う。
「そうね、これは大変だわ。
ハンスが教えてくれてた、妖精が死んだこと、これとは別にあの子にはなにかの呪いがかけられている。
とても強い力だわ。
あの子の本来の感情を吸い取っているなにか。あの呪い、魔女の仕業だわね」
ードルーガ国ー
ドルーガ国、アデーレ王国の近隣の国、ソフィア王妃の出身国だ。
その魔宮。
ここには魔族や魔女がいる。
その魔女の頂点にいるのが、魔女メディア。
かつてソフィアの輿入れに同行しアデーレ王国にいたが、イレーネ誕生の後
ドルーガ国に戻っていたのだ。
「なんだい、イレーネの秘密に気付いた者がいるね。
女神でもないのにすごい能力だ。
誰なんだい?今更そんなこと見つけた奴は。ふうん、あいつか、あの嬢ちゃんか。
魔法学校を退学処分になった身でやるじゃないか」
魔女メディアがマデリンの存在に気付いた。
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