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ポンコツ勇者と性格の悪い姫  作者: 明けの明星


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35/126

直前

雨ごいの儀式直前。

引取り祭は昨夜の花火でフィナーレを迎え、

ルルカ村にも、その周辺や郊外の農場にもいつもの静けさが戻っていた。


ルルカ村孤児院もいつもの朝だ。

にぎやかな子供たちの声、食堂では朝食が始まっている。


「あれ、アンがいないよ」


「ほんとだ、いつも一番乗りなのに、あとイレーネも」


子供たちがアンとイレーネの不在に気付き始めた。


「アンとイレーネはご用があって役場まで行ってるの」

そう答えるリリア。


リリアはハンスの不在にも気付いていたが、子供たちが話題にしなかったのでスルーした。


「今夜、雨が降ればそれでいいのよ」

リリアがつぶやく。


朝食が終わると、子供たちはそれぞれ年齢に分かれて「教室」に向かう。

孤児院内に学校があるのだ。


ルルカ村にも学校はある。

だがそこに通うのは村の子供たち、普通の家庭の子だ。

孤児院の子供たちは一般家庭の子供たちと接触する機会を最低限にすること、と夏の国政府から通達されているのだ。


確かに、ルナやマルク、ジェフ、最初にイレーネ達を子の孤児院に連れてきた子、のように家族と死別した子供にとって、普通の家庭の子の様子を見るのは辛いことなのだ、そんな配慮と、

それから、孤児院の子供たちに課せられている「任務」が人道的にとても許されることではないことだから、それを悟らせないようにするため。


そして孤児院の子供たちはある程度成長すると、男子は兵士として国境沿いの軍隊に、

女子は同じく国境沿いの看護施設に「卒業生」として派遣されるのだ。


「変なところ」

リリアはいつもそう思っていた。

リリアが母に連れられてここに来てもう10年ほどになる。

まだ小さかったころだ。

母が慌ただしく荷物をまとめ、自分の手を引き家を出た。


その家には父と兄がいた。

父は母に対してひどい罵声をあびせ、兄は呆然と立っていた

そして、馬車を乗り継ぎ、国境を越えここに来た。


「さあ、ここがこれから暮らすところよ、ここは孤児院なの。

家族のいない子供たちのおうちよ。ママはここでみんなのママになるのよ。

リリアあなたもお手伝いお願いね」

と母が無理をしたような笑顔で言ったのを忘れない。


その日から、ママは「ママイメルダ」になった。

自分とお兄ちゃんだけのママはみんなのママイメルダになったのだ。



ー祭り会場のトレーラーハウスー


昨夜の夜更かしのおかげで、まだぐっすりと眠っているアン。

天蓋付きのベッド、きれいな刺繍がほどこされベッドカバーで眠るアンはまるでお姫様のようなかわいらしさだ。


その傍のソファで横になっているのはイレーネ。

一緒にいるのが想定外だったために、寝具もなくこのザマだ。


「イレーネ王女がこんなところで寝てるなんて、王室ジャーナルの記者が知ったら大スクープなのに」

とアンの姿を見ながらイレーネは思った。


いよいよ今夜が雨ごいの儀式だ。

このトレーラーハウスには外側から施錠されている。

昨夜、ママイメルダが帰る時にしっかりと鍵をかけたのだ。


「逃げたりしない、って言ったのに信用されてないんだよね」


儀式の時間まで、ここから出してはもらえないだろう。

イレーネはこれからのことを思った。


自分が身代わりになる、それはいい。しかし、アンを本当に開放してもらえるのかそれが心配だ。

孤児院の評価は、何人の孤児が「貢献」したかにかかっている。

孤児ではない自分が犠牲になったとしても、孤児院の評価にはつながらないのだ。


これでよかったのだろうか。

不安が襲う。

シャロンだけではない、ハンスからも

「貴女が身代わりになったりしてはいけませんよ、貴方はこの先に進まなければいけないのですから、

アデーレ王国の未来がかかっているのです」

と釘をさされていたのに。


ハンスだったら、もっといい案があったのかもしれない。

ハンスだったら。


ふと気が付くと、ハンスの事ばかり考えているイレーネ。

四季の連邦国に飛ばされて以来、ずっと一緒に行動してきた。


時々、いや頻繁に脳裏によぎるハンスの姿、

王宮に仕える貴族の子息のような優雅さもなければ、謁見にくる精鋭の勇者のような勇ましさもない。

ずんぐりとした体形、に満面の笑み、どこか憎めないその風貌。

そんなハンスのことばかり考えている。


「これって」

とイレーネは思ったが慌てて打ち消した。

そんなことはない、そんなはずはない。


これはアデーレ王国のため。

再試験に合格するためだ。


ぜったいに違う、このイレーネ王女がハンスのことが好きだなんて。


「おはよう、イレーネ、どうしたの?お顔がまっかっかだよ」

いつの間にやら起きだしていたアンがイレーネの顔を覗き込んで言う。


「え、赤い?いやいやいや、何でもないよ。さあ起きたんだったら朝ごはん運んでもらおうか、

もうだいぶ遅いけどね」

と頬に手をやりながら焦ったように答えるイレーネ。


居間にはいつの間にか朝食が準備されていた。

真っ白なテーブルクロスの上にあるのは、まるで王宮での朝食だ。


イレーネとアン、向かい合ってテーブルに着く。

イレーネはこういう食事は慣れているので、ごく普通に食べ始めたが、アンはもじもじして手を付けようとしない。


「どうしたの?食べないの?」

というイレーネに。


「どうやって食べればいいの?これ朝ごはんでしょ。なんでこんなにたくさんのお皿があるの?

こんなにたくさんのナイフとかフォークとかあるの?

それに、こんなにたくさん食べていいの?」

と明らかに戸惑っている様子のアン。


確かに孤児院での食事とは違いすぎる。

戸惑うのも無理はない。


儀式で犠牲にされる者には最期の一日を王侯貴族として扱う。

これは万国共通だ。

アデーレ王国でもかつてはそうだった。


これは、自分が身代わりになることがまだ周知されていないということか、

とイレーネが不振に思ったとき、ドアが開きママイメルダが入ってきた。


「やっと朝ごはんなのね、お寝坊さん」

と優しいほほ笑みをアンに向けながら。


「このお食事はね、いろんな国の王女様が食べているのと同じものなのよ。

今日、アンとイレーネには大切な役目があります。

だから特別に用意したのよ」

とアンに言うママイメルダ。


「昨日の事、覚えてるでしょうね、なんでアンはもう」

小声でママイメルダに訴えるイレーネ。


「大丈夫よ、万事うまくやるわ。ただ上層部には伏せてあるの。これも計画よ。

直前にあなたに代わってもらうからそのつもりで」

やはり小声で答えるママイメルダ。


「じゃあ、ご用事お願いする時間までここにいてね」

そう言ってママイメルダは部屋を出て行った。


「お姫様のごはんなんだね」

とアンが嬉しそうい言う。


「アン、お姫様になりたいんだったらお食事の作法も覚えないと、これはね、」

そう言いながら、食事のマナーをアンに教えるイレーネ。


「ああ、このミルクまだ熱いけど音をたててフーフーしちゃだめ。

ゆっくりとスプーンでかきまぜて冷めるのをまつんだよ」


「イレーネって本当にお姫様みたい。イレーネ姫だね」


そうだよ、私はアデーレ王国のイレーネ王女、次期女王だよ。

イレーネの心に少しずつ、「本物の」自覚が芽生え始めていたのはこのころからだった。


ー国境添いのとある集落ー

その場にいる者がすべて酔いつぶれ、朽ち果てているとある酒場、

そんな中、一人まだ立っている者、それはハンス。


その数時間後、その場に居合わせた者はみな蒼白な顔でつらそうにしていた。

ハンスも同様だった。


「おい、約束をまもれ、俺が勝ったんだ」

しかし威勢よく、こう言った。


「王宮魔法使いの妖精立会いのもとの勝負なんだから、これは従ってもらうよ」

同じく、全身が蒼白なシャロンがハンスに加勢した。


「それは、そうだ、仕方ない。水路を整備してすぐにでも水が夏の国まで流れるようにする。

それにしても、吞み比べてで俺に勝つ奴がいるとは思わなかった」

そう言いながら、口を押えながら洗面所に消えたのは、

国境沿いの水路を管理する、「国境沿い、水路管理団体」の代表、ロバンナ・イーサムという

いかつい男だった。


洗面所から戻ると、ロバンナは、

「さ、野郎ども大至急水路を治せ、日が暮れるまでに復旧させるんだ」

と周囲の輩に言い放った。


「イレーネ、水路は復活しますよ、待っててください」

とつぶやくハンス。


それにしても、

「僕って酒豪だったんだ」

と内心思っていた。


と同時に小さなころ、

「さあ、お前も荒くれ者と一緒に旅をするなら酒くらい吞めないと」

笑い声と共に目の前に出されるジョッキ、それを分けなく吞みほした。

とても小さなころだ。


こんなこと教えたのは誰だよ、

父は未成年の飲酒と喫煙は絶対に許さなかった。


その言葉の主、古い記憶をたどっていくと、金髪をなびかせた女性の姿が思い浮かんだ。

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