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ポンコツ勇者と性格の悪い姫  作者: 明けの明星


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前夜

いよいよ雨ごいの儀式前日。

「あなたは気付いているようだから」

ママイメルダがイレーネの目の前に立ちそう言い放った。

アンはすっかり眠ってしまい、その寝顔を見ていた時だった。


ー数時間前ー

アンが「イレーネと一緒じゃなきゃ嫌だ」と

散々駄々をこね、なんとかここに残ることが出来たイレーネ。


それから、ママイメルダに連れられて祭りの露店を巡った。

周囲はもう暗くなり始めていて、露店の店先にはランプがともされている。


「こういうのを夜市っていうのよ」

ママイメルダが優しく言う。その言葉にうなずくアン。

二人はとても楽しそうだ。

アンとしっかり手をつなぐイレーネだけが、「楽しく」なさそうだ。


たくさんの露店をまわり、お菓子もおもちゃも持ちきれないほどだ。

脇道のベンチで、休息しながお菓子を食べるアン。


クリームたっぷりのマフィンを頬張るアン、口の周りもクリームだらけだ。

それを優しくタオルでふき取るママイメルダ。

アンに向けられている眼差しは、どこまでも優しく愛おしい者を見る目だ。

あきらかに、イレーネを見つめているときとは違っていた。


やがて露店が並ぶ側、昨日式典があった広場で、楽隊が音楽を演奏し始めた。

それに合わせて踊る人々。


しばらく様子を見ていたアンだったが、

「ねえ、踊りたい、行こうよイレーネ」

とイレーネの手を引っ張り、踊りの輪の中に入っていった。


祭りの参加者、近隣の町や村の住人たちが大勢集まり、楽し気に踊る。

イレーネにとって「踊る」なんてものは、舞踏会しか思いつかない。

ここでみんなが踊っているものとは種類が違うようだ。


舞踏会ではこんなにみんな楽しそうじゃない、

こんなに、エキサイティングじゃない。


15歳を過ぎると、イレーネも公式に舞踏会に参加した。

隣国の王族を招いて開かれる舞踏会、名門貴族の令嬢の誕生を祝うための舞踏会、それから。

そこは社交場であり、王にかかわる者たちの根回しの場でもあった。


「ドロドロだったなあ」

イレーネも華やかな陰にある闇に気付いていた。


楽隊の音楽がゆっくりとした曲に変った。

先ほどまでのテンポのよい楽し気な曲ではなく、少しムードのあるバラードだ。


いつの間にか、男女がペアになり踊り始めている。

小さな子供たちは、一旦引き上げて行くようだ。


「レディ、一曲いかがですか」

とイレーネに手を差し出す青年。


しかし、イレーネはアンの手を離さない。

「すみません、ご遠慮するわ」

そう言って、アンの手を引きその場を離れる。


「えーなんで踊らないの?あの人、かっこよかったのに」

とアン。


「おませだねえ」

そう言いながら、アンと一緒にバラードの曲で踊る。

イレーネと小さなアン、二人で踊る姿は何だ滑稽だ。


それでもアンは、真剣なまなざしでイレーネを見つめ、ゆっくりとステップを踏む。

イレーネはこういうダンスはお得意だ。

こういうダンスを美しく踊るのは王女のたしなみなのだ。


「イレーネ、なんだかお姫様みたいだね」

とアンが言う。


「そうかな、なんでそう思うの?」

と聞いてみると、


「なんか、とってもエレガントだから」


そんな言葉を知っているんだ。

ほほえましくなるイレーネ。


「私、大きくなったらお姫様になりたいな、

だってきれいなドレスを着て、こんなふうにダンスできるんでしょ」

とアン。


お姫様なんていいもんじゃない、そう言いたかったイレーネだが、それは黙って

「そうなんだね、じゃあいつもおしとやかでいないとね」

そう言いながら、いつかアデーレ王国に連れて行って、お姫様のようなドレスを着せてあげたい、

そう思った。


そんなイレーネとアンの様子を遠くから見守るママイメルダ。

そこにはイレーネが置いていった布袋があった。


イレーネの布袋、小さなバッグが入っている。

そのバックを取り出し、眺めるママイメルダ。

バッグの中央には、アデーレ王国の刻印があった。

そしてイレーネ王女の紋章が刺繍されていた。


しばらくバッグの刻印と紋章を見つめていたママイメルダ。

そのまま布袋にバッグをしまい、元の場所に戻した。


ダンスタイムはかなり長く続いた。

先ほどのようなバラードもあれば、ノリのいいポップな曲も。

広場は老若男女大勢がダンスを楽しんだ。


そして、ラストの曲が終わると、空には花火が打ちあがった。

ベンチに戻り、イレーネとママイメルダはさまれて座るアンは、楽しそうに空を見つめる。


「こんなの見るの初めて!」

何度もそう言いながら。


アンとイレーネがトレーラーハウスに戻ったのはかなり遅くなってからだった。

部屋に戻るなり、アンはもう眠ってしまう寸前。

何とか、顔を洗い歯を磨き、寝間着に着替えさせてベッドに入れるイレーネ。


アンはすぐに眠りについた。

その寝顔を見つめるイレーネ。


その時だった、ドアが開く音がして誰かが入ってきた。

素早く立ち上がり、居間に行くイレーネ。


目の前にいたのは、ママイメルダだった。

「あなたは気付いているようだから」

そう言いながら、イレーネににじり寄るママイメルダ。


「明日の夜、雨ごいの儀式をするんでしょ、それでアンが捧げもの」

とイレーネが言う。


「そうね、だいたいそんなところね。それであなたはアンを助けるつもりなの?

それとも雨ごいの儀式自体を阻止するつもりなの?」

とママイメルダが重ねて言う。


イレーネはすべてを話した。

ハンスが今、国境沿いに行き水路を復活させようとしていること、

これが実現すれば、もう雨に頼らなくても水不足になることはない。

ハンスを信用してほしい、と。


「ずいぶんと信頼しているのね、あの男のことを」

とママイメルダ。


「水路の復活、今まで何度も交渉したわ。それでもできなかった。水路は諦めるしかないの」

枯れた水路、ハンスだけが見つけたものではなかったのだ。


「雨ごいの儀式をやることはもう決定事項よ、今更中止も延期もできません。

もう神官も呪術師も到着しているわ」


「それなら、せめて捧げものをやめて。雨ごいだけでいいじゃない。なんで生贄がいるの?

なんでアンなの?」

イレーネの言葉に、


「それは、あの子が孤児だから。身寄りの全くない、孤児だから。

あの子の犠牲で孤児院が存続できるのよ」

と答えるママイメルダ。


「この国で、この閉鎖的な村で、よそ者が生きていくには何か恩恵を与えないと。

私がここで平穏に孤児院の運営ができているのは、村と国に貢献しているからよ」


「貢献」それは生贄や人質として差し出される孤児のことだ。


今年、アンを犠牲にして雨ごいの儀式をする、来年また雨が降らなければ、他の誰かが犠牲になりまた儀式が行われるだろう。

それが毎年続くのだ。


やはり水路を復活させないと。

それを信じてもらわないと。

ハンスにやり遂げてもらわないと。


「ハンスは必ず交渉を成功させる。そして水路を復活させる。北の国からつながる水路からこのあたりまで水が流れてくる。それまで待って」


イレーネの言葉にママイメルダが首を横に振るだけだった。


「じゃあ、どうしても儀式をやるって言うなら、私を捧げ物にして。私を生贄にして」

そう叫ぶイレーネ。


「そして、これで最後にして」


イレーネのこの申し出に、

「そこまでしてアンを助けたいの?」

とママイメルダ。


「そうよ、命に代えても」


「なぜ、ここでこの前会ったばかりでしょ、それなのに命を懸けるの?」


「ここであの子を見殺しにしたら、一生後悔するから」


ママイメルダはしばらく考え込んだ。

イレーネがそこまで言うのか。あのイレーネ王女が。


「わかったわ、じゃあ、あなたが身代わりに犠牲になりなさい」

ママイメルダが言った。


イレーネは内心、シャロンに言われたことを思い出していた。

「自分が犠牲になろうなんて思っちゃだめだよ。王位継承者は簡単に死んではいけないんだ」

そう言われたのに。

言っちゃった、私が代わる、って。


ここでアンを連れて逃げたとしても、他の誰かが犠牲になる、そう思うと「逃げる」という選択肢はなくなっていた。


「それでは明日、迎えに来ます。くれぐれもアンと逃げたりしないように。

わかっていますよね」


「わかってるわよ、逃げたりしない。必ずハンスは水路を通す。

もしも水路が復活したら儀式はその場でやめてよね」


もう覚悟をきめたイレーネだったが、水路の復活もあきらめてはいない、

むしろハンスなら必ずやり遂げる、そう確信していた。


「そう、わかったわ」

少し笑ってママイメルダは部屋を出ようとした。


その背後から、

「よそ者ってあなたはどこの出身なの?」

とイレーネが聞いた。


その言葉には答えず、

「やはり私のことがわからないのね、イレーネ王女。

かつてあなたの侍女だった私の事を」

そう心で思いながら、ママイメルダは部屋を出た。


ー国境沿い、辺境の集落ー

大きな部屋大きなテーブル、その上には食い散らかされた料理、

そしていくつもの酒瓶、グラス、ジョッキが転がっている。


そして数人の男たちが皆、へべれけになり床に寝転んでいたり

机に突っ伏していたりしていた。


その中で一人の男が、

「まだまだ呑めるぞい」

顔を真っ赤にしながら、テーブルの上に立ち酒をあおっている。

服は脱ぎ捨てられ、パンツ一丁だ。


「最後まで呑んでる俺、勝ちだー」

ろれつの回らない言葉でそう叫んでいるその男、

それはハンスだった。


その傍にはやはり酔いつぶれた妖精シャロンが寝転がっていた。

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