国境の村、バロウの青年
アデーレ王国、国境付近。
この国は、東側は海、そして西側は内陸で近隣諸国と国境を接していた。
国境の近く、というと国同士の領地をめぐる争いが起きている、と想像しがちだが、
ここでは各国の領土は神と女神から成る、聖審査委員会に全て委ねられていた。
神と女神の決定は絶対なのだ。
ということで、アデーレ王国も近隣諸国も諍いらしい争いが起きたことはない。
しかし、国境付近にはアデーレ王国軍がいつも警備をしていた。
不法入国者の取り締まりや、密輸の摘発。
アデーレ王国の国産品はどれも逸品だ。その技術者を誘拐し隣国に連れ去る事件などがおきることもある。
そういうときに王国軍はとても頼りになる。
王国軍、といっても司令官クラス以外の一般の兵士は、この近隣の町や村の出身者がほとんどだ。
国境付近の村々には勇者の一族がくらす地域が多くある。
その一つ、国境付近の村「バロウ」
この村にも、多くの勇者一族の者たちが暮らしていた。
彼らは日頃から鍛錬に励み、年に一度の「アデーレ王国軍、兵士採用試験」に挑む。
村の広場では今この時も、勇者の若者が手合わせの最中だ。
月に一度の「若手勇者剣術大会」が催されているのだ。
二人の青年が、向き合い剣を構える。
どちらも手慣れた剣さばきだ。
周囲を大勢のギャラリーが取り囲んでいた。
村人のほとんどがここにいるのではないかというほどの人数だ。
10分ほどして決着がついた。
勝ったのは、村長の一族の青年、マルクだった。
大勢の見物人がマルクを祝福する。
手を振り声援にこたえるマルク。
そこに、大きな荷物を抱えてやってきた初老の男性。
この村の村長だ。
マルクの叔父にあたる。
「おおマルク、お前が勝ったのかさすが血統のいい勇者の血筋だ」
マルクの手柄に村長もご満悦の様子だ。
「叔父上、そんな荷物を抱えて、どうしたというのですか」
とマルクが言う。
「おお、今日ならここに皆が集まっていると思ってな。
王宮から、いましがた勇者ロードレース大会の参加許可証が届いた。
今から参加が決まった者を読み上げる。ここにいるなら返事をして出てくるように」
そう言うと、側近に荷物を持たせ、自分は拡声器を使っ名簿を読み上げ始めた。
「マルク、シモン、クルド、ドルート、ロイ、カイル」
この村の青年たちの名が次々と読み上げられていく。
呼ばれたほとんどが、その場にいたため村長の横に一列に整列していた。
十数人が並んだところで、
「つぎ、最後の一人だ。ハンス」
と村長が読み上げた。
「え、ハンス?」
皆が顔を見合わせる。
「叔父上、最後の一人がハンスなのですか?
他にも応募した勇者が大勢いるのに、彼らは出られないのですか?」
とマルクが怪訝そうに聞いた。
この場には名を呼ばれることのなかった青年がまだ大勢いた。
彼らはがっかりした表情で、下を向いていた。
「そうだな、今回の出場者は純粋な勇者一族の者、とされている。
王家の魔法使いがかなり細かく血筋を調べたから、純血以外の者がみな落とされたのだ」
と村長。
「では、なぜハンスが選ばれているのですか?
ハンスこそまがいものの勇者一族ではないですか」
とマルクが訴えた。
その時、
「僕も選ばれたんですね」
そう言いながら、歩いてきた青年がいた。
マルクや他の選ばれた勇者の青年と比べると、あきらかに違う体形をしており、
ちがう風貌の持ち主だ。
つばの広い帽子をかぶり、胸当ての付いたズボンに長靴を履き、手にはバケツとシャベルを持っていた。
首にはタオル?いや手ぬぐいというのがぴったりな布切れをまいていた。
布切れで顔の汗を拭きながら、
「いやー土手でミミーズのなえどこを作っていたんですよ。
そうしたら、すぐに広場に来るようにと呼びに来て」
とハンスは言う。
ハンスの名が呼ばれた時、その場にいないのを見た村の誰かが彼を呼びに行ったのだ。
「まあいい、ハンス、お前も皆と並べ」
村長に促され、名前を呼ばれた「勇者ロードレース大会出場者」の面々が並んでいる一番隅に
立つハンス。
「ここに並んだ15名の精鋭たちは、村代表の勇者としてアデーレ王国、イレーネ王女の
花婿選抜ロードレース大会に出場することを許された。
ぜひとも、わが村から姫の婿殿が選ばれてほしいものだ。
みな、村の威信をかけて誇り高く戦ってきてほしい」
と村長が出場者に向かって言った。
選ばれた勇者の青年に大きな拍手と歓声が沸き起こる。
「優勝候補はマルクだな、村一番の勇者だ。それにイケメンだし、姫様のお相手には申し分ない」
そんな声が聞こえてくる。
まんざらではない表情のマルク。
村長もマルクを見て満足げにうなずいた。
「ロードレースって要はかけっこだよね。なんで戦うっていうんだろ」
とハンスがつぶやいた。
それを聞いていた隣の勇者、返事をするわけでもなく一瞥しただけだった。
王宮、イレーネ王女の寝室。
「ロードレース大会はいよいよ来週でございますね」
と侍女が言う。
それには答えず、夜着の姿で自室のバルコニーに出る王女。
「あのさ、決められた殿方と結婚するってのは仕方ないと思ってる。私、王女だし。
でもさ、なんで勇者なのよ。王女が結婚するのは白馬に乗った王子様かせめて騎士でしょ」
とぼやいていた。
「仕方ないよ、魔女メディアの予言だもん」
そう答えたのはイレーネ王女専属の魔法使い兼妖精のシャロンだった。
「さ、イレーネもうベッドに入らないと。化けの皮が剥がれるよ」
シャロンに促され、ベッドに入るイレーネ。
しばらくすると眠りに落ちた。
すると、みるみるその眉間にしわが寄り始めた。
なにかにうなされているような、険しい表情になった。
「また悪夢か。かわいそうな姫だ」
シャロンがつぶやいた。
ハンス、何を栽培しているの?