辻馬車強盗
イレーネとハンスを乗せ、街に向かった辻馬車は強盗に襲われる。
乗っていた馬車が強盗に襲われたようだ。
いわゆる辻馬車強盗だ。
ハンスからシュバを受け取り、幌の付いた馬車の荷台から外に出るイレーネ。
そこには3人の男がいた。
何とも人相が悪く、「俺たち泥棒ですよ」と言わんばかりの風貌だ。
男たちはイレーネを見ると、
「なんだ、出てきたのはねえちゃんか、どうだねえちゃん、俺たちと来ないか?
ちゃんともてなすぜ」
男の一人がにやにやしながらイレーネに近づく。
「おい、もう一人の男はさっさとやっちまって、この女連れていくぜ」
三人の男が剣を持ち、イレーネと馬車の中に向かった。
馬車の中では、ハンスが震えながら外の様子をうかがっている。
「まずい、イレーネが」
自分を始末して、イレーネだけを連れ去る、最悪の事態だ。
男はいらないが、女は必要。
強盗達がイレーネを自分たちの手籠めにしようとたくらんでいるに違いない。
ハンスはまさかイレーネが強盗から「女性」として見られるとは思っていなかったのだ。
自分が判断を誤ったせいでイレーネが、
そう思うと、ぶるぶる震える身体をなんとか立て直し、馬車から外に出た。
「おい、イレーネに手を出すな」
そう叫びながら。
外に出ると、強盗の3人は地べたに這いつくばっていた。
それぞれうめき声をあげながら。
そんな3人をイレーネが上から見下ろしていた、聖剣シュバを地面に突き立てて。
「おまえ、何者だ」
「やばい、早くズラかろう」
「こんなやつだって聞いてないぞ」
3人は口々に何かいいながら、路肩に止めていた馬にまたがるとそのまま去って行った。
「大丈夫ですか、無事ですか、けがはないですか?」
ハンスが矢継ぎ早に聞く。
「大丈夫だよ、シュバがまた活躍してくれたよ、私はほとんど何もしてないもん」
「ごめん、イレーネ、奴らが貴女を連れて行こうとするとは思ってなくて。
貴女だけを外に行かせたのはマズかったです」
そう言いハンスはいイレーネに深々と頭を下げた。
「あいつら、私をいっぱしの女って見てたんだよね、すごくない?
一人前の女性だよ、私」
イレーネは上機嫌だ。
「笑い事じゃないですよ。貴女をそんな風に見るや奴らがいる、これは新発見だ。
僕には思いつかないことだ。この先気を付けないと」
そう言いながら自分も頷くハンス。
「そういえば、御者と馬はどこにいるんですか?」
ハンスとイレーネが乗っていたこの馬車は、馬が一頭で荷台を引くいわゆる普通の馬車だ。
周囲を見ても、御者と馬の姿はない。
そこには、馬がいなくなった荷台があるだけだ。
「そういえば、外に出た時、遠くに砂ぼこりが見えてた。あれは馬の走り去った後だよ。
御者め逃げたんだ」
とイレーネ。
「街まで、あとどのくらいなのか見当もつきませんね。あまり遠いとは思わないけど。
祭りの会場に戻るか、このまま進むか、なのですが、
いかにせん、この炎天下に外を歩くのは無謀だ。この荷台の影でしばらく待ちましょう」
というハンスの提案に、
「じゃ、日がかげり始めたら街に向かって歩きましょう。
御者の話だと、街までは馬車で30分って言ってたじゃない、もう半分以上は来てるからそのまま行こうよ。一本道をただ進めはいいってリリアに聞いたよ」
二人は馬も御者もいなくなった馬車の荷台に入り込んだ。
幌に覆われているおかげで、中は日陰でひんやりとしていた。
「あの、ちょっと聞きたいんだけど」
とイレーネ。
「あのさ、この連邦国って以前は王国だったんでしょ、それで神に召し上げられてもまだ王国にもどしたい人たちがいるって、どういうことなの?そんなにいいのかな、王国って」
春の国で国境近辺の治安の悪さを聞いた時からずっと気になっていた。
もしも、私がこのまま追試に合格できなかったら、会場にたどり着けなかったら、
女神はアデーレ王国を召し上げるといった。
ここと同じだ。
それを良しとしない国民もいるのだろうか。
「アデーレの国民は、アデーレ王朝を崇拝していますからね、王国がなくなり神に召し上げられるなんてとても受け入れないでしょう。
神も女神もそんなことは十分承知しているはず。それなのに、貴女が試験に合格しなけれ神により没収すると言った。
貴女は試験に合格するしかないんですよ」
「いや、私がだめでも、他の誰かに王位を譲るってできないの?」
「それは無理でしょう。王の直系は貴女しかいない」
現国王には妹が一人いる。
その子供たちがイレーネのいとこにあたるアデライとヘレンだ。
「アデライはクソだけどヘレンはどうかな、女王になれそうだよ。知的だし優しいし」
「あのお二人には王位継承権がありませんよ。国民の誰もが知っていることじゃないですか。
王の妹君、グレイス王女の夫、ルバン殿下の連れ子だからです」
イレーネがただ一人のアデーレ王国、王位継承者だ。
「何が何でも、合格するしかありませんね」
そういうハンスに、
「あなただって、立派な勇者にならないとまた不合格になるわよ」
ここで二人は大きなため息をついてしまった。
しばらくの沈黙の後、時々外の様子を見ていたハンスが、
「日が落ちてきましたよ、そろそろ出発しましょう」
と声をかけた。
二人が幌を出て外に行くと、もう日が沈もうとしていた。
馬車が進んでいた道は周囲には何もなく、ただ一本道。
この街道を進めば、街にたどり着く。
さあ、出発しよう、
街道に出て道を進むが、ほんのわずかに進んだところで、
周囲がすっかり暗くなってしまった。
日が沈み始めて、暗闇に包まれるまであっという間だった。
イレーネとハンス、お互いの姿も見えないほどの真っ暗闇だ。
「イレーネ、いますか?」
「隣にいるわよ、全く見えないね」
いつの間にか、ハンスがイレーネの手を握っていた。
手をつないだふたり、これでお互いにはぐれることはないだろう、
しかし、この真っ暗闇。
方向感覚がおかしくなってきた。どっちに進んでいた?前はどっちだ?
「このまま、前に進むのは危険ですね」
このハンスの意見には賛成だが、どうすればいいのだろう。
「じゃあ、戻る? 祭りの会場に戻った方がいいのかも。
会場には誰かしらいるだろうから」
戻るにしても、真っ暗闇を歩くことになる。
「馬車に戻って朝まで待ちますか?早朝ならそれほど暑くはないでしょう。
それで、祭りの会場にもどる、っていうのはどうでしょうか」
イレーネもその方がいいと同意し、二人は馬車まで戻ることにした。
まだほんのわずかしか歩いていないから、すぐに戻れるはずだ。
夜空を見上げると、そこには満点の星空が広がっていた。
こんなにたくさんの星を見るのは、初めてだ。
暗闇に目が慣れてきたのか、周囲の様子が少しずつ分かるようになった。
しばらく歩いても、馬車の姿がない。
確かに、今来たところを戻っているはずなのに。
「おかしいですね。もう少し周囲が見えるといいんですが、
火種、なにもないですよね」
そういうハンスに、イレーネは
「シュバを貸して」
そういい、ハンスの持っていた聖剣、シュバをその鞘から抜き星の光に向けた。
するとシュバが輝き始めた、周囲が少しだけよく見える。
だが、目を凝らしても馬車はない。
「もうだめだ、重い」
そう言ってイレーネが掲げていたシュバを下した。
シュバはかなりの重量だ。イレーネの力では長く持ち上げてはいられない。
「じゃ、僕が」
そう言って、今度はハンスがシュバを持ち星の光に向ける。
しかし、シュバはほとんど光らない、さきほどイレーネが持った時とは明らかに違う。
「おかしいな、僕じゃダメだって言われているようだ」
と苦笑いのハンス。
すると、道の向こう側から明かりが近づいてくるのが見えた。
一瞬身構える二人。
「イレーネ、ハンスー」
二人を呼ぶ声がした。
明かりは馬車に付けられたランタンだった。
小さな馬車が一台、操っているのはママイメルダ、荷台にはリリアが乗っていた。
二人のところまで来ると、ママイメルダは馬車を留め、
「二人とも、そこにいたのね、街まで行く辻馬車が強盗に襲われたって、
逃げ帰ってきた御者から聞いたわ。まあ、こんなところに放り出されて。
もう大丈夫よ、迎えに来たわ。孤児院に戻りましょう」
二人が荷台に乗り込むと、ママイメルダが馬車を走らせた。
ランタンに照らされた周囲をよく見たが、イレーネ達が乗っていた辻馬車は見当たらなかった。
「イレーネ、なんで急にいなくなっちゃったの?
すごく心配したんだからね」
とリリア。
いや、いなくなったはそっちでしょ、
と内心思ったイレーネだが、
「ごめんね、私たちは街で宿泊する方がいいかと思って」
と曖昧に答えた。
ほどなく、祭りの会場と経由して孤児院に戻ってきた。
中に入ると、子供たちが一斉に出迎えてくれた。
「イレーネ、どこに行ってたの?」
「ハンスは迷子になってた?」
と口々に言う。
その子供たちの中にアンの姿があった。
とにかく、ハンスと話さないと。
アンを生贄になんかさせない。
と意気込んだイレーネだったが、ママイメルダとリリアにあっという間に、
「自分の部屋」に連れていかれてしまった。
「ここを何とか抜け出して、国境に行こう」
同じく用意してもらった寝室に「閉じ込められた」ハンスは
そう決意を決めていた。
満月の夜まで、あとわずかだ。
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