引取り祭
引取り祭が始まります。
ルルカ村孤児院で一晩を過ごしたハンスとイレーネ、
居心地のいい寝室を用意してもらい、ゆっくりと休むことが出来た。
翌朝、起床の鐘が鳴らされるまでぐっすりと眠っていたイレーネ。
起きた瞬間、自分がどこにいるのかわからなくなっていた。
女神に食って掛かったら、吹っ飛ばされて春の国ってところの農園で働いて、
それから。ここに来たんだ、夏の国のルルカ村。
しばらくベッドの上でボーっとしいたが、
リリアから「明日の朝、鐘が鳴ったら食堂に来てね。朝食だから。遅れちゃだめだよ」
と言われたのを思い出した。
にわかに廊下が騒がしくなっている、子供たちの声が飛び交っている。
慌てて身支度を整え、食堂へ行くイレーネ。そこにはもうほとんどの子供たちが揃っていた。
もちろん、ハンスもすでに席に座っている。
イレーネが席に着くと、ママイメルダが皆の前に立った。
「みなさん、おはようございます。
今日は待ちに待った引取り祭の日ですよ。朝食をすませたらみんなで出かけましょう。
では、朝のお食事に感謝して、いただきましょう」
と子供たちに言うと、歓声が上がった。
「引取り祭、みんな楽しみなんだね」
イレーネが隣で朝食を採るいリリアに聞いた。
引取り祭、春の国で栽培された作物を、夏の国が引き取る、その受け渡しの際に行われる祭りだ。
農場にいくつもの屋台が出て、移動遊園地やサーカスもやってくるそうだ。
孤児院の子供たちは、毎年この祭りに招待されるのだ。
「この子たちって、親がいないからあんまり、遊びに連れて行ってもらったりしないじゃない。
だから、村の人たちが何かイベントがある時には呼んでくれるのよ」
とリリア。
朝食が終わると、孤児院の前に大きな馬車がやってきた。
村から引取り祭の会場まで、運んでくれる馬車だ。
子供たちはみな興奮しながら、馬車に乗り込む。
「みんな帽子は被ってるよね、あと水筒をもってる?」
リリアが確認する。
すでに外は厳しい日差しが照り付けていた。
「じゃ、私たちも乗りましょう。私たちはこれを」
そう言ってリリアはパラソルをイレーネに手渡した。
大きなつばのついた麦わら帽子をかぶったハンスも馬車に乗る。なんだか、ホッピイ農場で農作業をしていた時みたいな恰好だ。
イレーネはというと、昨日ここに来た時と同じ洋服を着ていた。
「お洋服も用意しておいたのに、昨日と同じなのね」
とリリアに言われた。
部屋には、数着の洋服が置いてあった。どれもイレーネのサイズにぴったりだった。
それを使わなかったので、リリアは不満そうだ。
「せっかく私が選んだのに」
「ごめんね、なんかこの服の方が慣れてて」
「じゃ、明日は着てみてね、ぜったいに似合うと思うよ」
リリアとこんな会話をしながら、イレーネの内心は複雑だった。
昨夜、夕食の後ハンスと二人きりになったほんのわずかな時間に、
「明日、祭りの会場から直接街に行きましょう。ここには長居しないほうがいい。
明日、朝出かけるときにもう戻らなくてもいいように準備しておいてください」
と言われた。
実はイレーネもここでずっと感じているママイメルダの視線に不信感を覚えていた。
なんだか、とても好意的ではない、視線。
ハンスの意見に賛成したイレーネは、今朝部屋を出るときには自分の荷物、小さなバッグの入った布袋ひとつだが、を忘れずに持って出ていた。
イレーネや孤児院の子供たちを乗せた馬車はほどなく、引取り祭の会場に到着した。
そこは村のはずれに広がる、広大な農場だった。
その入り口付近が祭りのメイン会場のようだ。
日差しを遮るために貼られた大きなテントの中で、まずは作物を引き取る式典が行われた。
春の国から送られた作物を、ここで大きく育て次の秋の国に送る。
この地でいかに大きく丈夫に育てるかが今年の収穫に関わる、この夏の国、ルルカ村農場の役割は大きい。
とルルカ村村長という人が皆の前で力説した。
ハンスは熱心に聞いていたが、イレーネはすっかり飽きてしまい上の空だ。
他の子供たちも、出店とサーカス、遊園地が気になって仕方ないらしい。
「話が長くなってしまいましたね、ルルカ村孤児院の子供たち、さあ、思う存分楽しんでおいで」
村長の言葉に、子供たちは一斉に走り出していった。
「イレーネはどうする?一緒に露店めぐりしない?」
リリアがイレーネに声をかけてきた。
思わずハンスを見るイレーネ、
「あ、僕は農地を見てきたいのでリリア、イレーネを連れて行ってあげて」
こう言われてリリアはイレーネの手を引き、外へ向かった。
「2時間後に村に行く馬車が出るようです。その時にこの入り口で」
とハンスはイレーネに耳打ちした。
リリアはイレーネを引っ張るように、露店の並ぶエリアに早足で向かった。
「まずは、これだよね」
リリアは甘いにおいの漂う露店の前で立ち止まった。
そこには、美味しそうな焼き菓子が並んでいる。
「おじさん、シナモン味のクッキーを2枚」
とリリア。
受け取ったクッキーのうち1枚をイレーネに渡すリリア。
「これ最高においしいの」
と言いながら。
「あの、お金は?お金払わなくていいの?」
リリアは金を支払うことなくクッキーをもらっていた。
「あ、大丈夫よ。孤児院の子はここではすべてが無料。私はママの子だけど孤児院の子扱いなの、
あんたもよ」
周りを見ると、孤児院の子供たちがあちこちの露店にいる。
ルナとその友達が白いフワフワの砂糖菓子を持って、次のに行く露店を物色していた。
リリアはイレーネの手をは離さず、次から次へ露店をめぐる。
もう両手はお菓子でいっぱいだ。
露店脇の土手に座って、二人並んでお菓子を食べた。
「あのさ、孤児院には私と同年代の子っていないから、いつも小さい子と一緒で。
だから今日はすごく楽しいの」
とリリア。
言われてみれば、孤児院で一番年長なのはルナくらいの子たち、12歳くらいだろう。
それより大きな子はいないようだ。
「大きくなった子ってどこに行くの?」
「みんな卒業していくんだよ。その後は知らない。誰も連絡ひとつくれないから」
「私、ごみを捨てて手を洗ってくるね」
イレーネはそう言ってその場から離れた。
リリアがとても悲しそうな顔になったので、どうしたらいいのかわからなかったのだ。
「そろそろハンスとの集合場所に行けばちょうどいい時間だわ」
そうつぶやき、会場に備え付けられている洗面台で手を洗った。
リリアの元に戻ったイレーネだったがそこは既にリリアの姿はなかった。
ここから街に向かうにしても、リリアにはきちんと話しておきたかった。
街で、作物を見守ることになるなら、また会う可能性だってある。
勝手にいなくなったようなことはしたくなかった。
リリアを探しつつ、街へ向かう馬車の出る農場入り口に向かうイレーネ。
露店以外にもいくつものテントが立ち並ぶ。
人も増えてきていて、混雑している。
日差し除けに、ひさしを垂らしていいるところも多いから、中にいる人を見分けるには
覗き込んで見ないとわからない。
いつの間にか、並んだテントの奥の方に迷い込んしまったようだ。
「ここどこなんだろう」
誰かに聞いてみよう、そう思い奥まったところにあったテントを覗こうとしたとき、
中から人の声が聞こえてきた。
ヒソヒソと話しているが、近寄れば聞き取ることが出来た。
「孤児の選別は終わったのか?」
そんな言葉が聞こえてきた。
聞き耳を立てるイレーネ、中で数人が話をしている。
そこには、ママイメルダの姿もあった。
「では、今年はあの子で」
ママイメルダが話をしている。
「天候が正常に戻れば、こんなことも必要ないのだが。
この日照りでは仕方ない」
という男の声。
「では近々に儀式を。今年の捧げものはアンでいいんですね」
「あの子は捨て子だそうだが、身内は本当にいないのだろうな。
生贄にしてから親族に名乗り出られたら大ごとだ」
「それは大丈夫です。あの子は天涯孤独な子、あの子を捨てたのも実の親ではありませんから」
イレーネは気付かれないようにその場を離れた。
これは、何の話をしているの。
アンが捧げもの?生贄?
動揺しながら馬車乗り場に向かった。
リリアを探すことはすっかり頭の中からなくなっていた。
農場の入り口に着くと、すでに馬車が待機していた。
ハンスもいる。
周囲を見回しながら、馬車に乗り込むハンスとイレーネ。
相乗り馬車だが、他に乗客はいないようだ。
「ハンス、大変だよ、どうしよう。アンが」
イレーネはテントで聞いたことを話した。
ハンスも、
「農場を見てきたのですが、かなりの干ばつです。
もうどれくらい雨が降っていないのでしょうか。これでは、作物は育たない」
と自分の見てきた農地の荒れた様子を話した。
「生贄?そうか、雨ごいの儀式をするつもりなんだ。アンを捧げものにするつもりだな」
「生贄って、アンはどうなるの?」
儀式で生贄にされた者が無事で戻ることはない。
アデーレ王国でもかつては儀式のために生贄がささげられた。それはほとんどが貧民だったり身寄りのない孤児だったりした。
イレーネの祖父の代にこのような儀式と生贄をささげることが禁止とされた。
「アンを助けられないの?」
とイレーネ。
「儀式は次の満月の晩でしょう、あと数日後だ。水なら、国境沿いの水路を使えば水が供給される。
冬の国からつながる水路は、雪解け水がいつも豊富です。
それがここには全く流れてきていない。国境沿いで水路が止められているんだ。
これをなんかできれば。
とにかく、街に行って計画を練りましょう、水路を通して雨ごいをやめさせてアンを助けよう」
ハンスの言葉に頷くイレーネ。
なんと頼もしい、ハンス。
その時、馬車が大きく揺れた、外で人の大声がする。
馬車を操る御者の
「馬車強盗だ」の声が響いた。
さっきまでの毅然としていたハンスが、すっかり青ざめて震えながら、
聖剣シュバをイレーネに渡した。
「お願い、これで何とかしてください」
シュバを手に持ち、
「やっぱり、あんたポンコツだわ」
そう言いながらイレーネは剣を構えた
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