襲撃の後、それから
盗賊団の襲撃、竜巻の来襲をなんとかしのいだホッピイ農場の面々。
ミーリアとルイザのお陰で竜巻は消滅し、
イレーネは盗賊団のボス、ル・パティシェ・ドレールとの一騎打ちに勝利した。
ドレールが退却を指示したことで、農場の至る所から盗賊団の連中が駆け出してきた。
みな、必死で農場の外に逃げようとしていた。
それにしても、この盗賊団は何人いたんだ、というほどの大人数だ。
ボスが負けを認めた時点で、盗賊団はこれ以上の悪事はできない、そういう決まりだ。
農場のあちこちに避難していた人々が、だんだんと農場主、エスティバンのいる作物倉庫の前に集まり始めていた。
その中には、イレーネたちと途中ではぐれたジョセフィンとビオレーヌ、その夫のジャンもいた。
お互いの無事を喜ぶ、イレーネたち。
その姿を一歩後ろから見ていたジャンが、イレーネの持っている聖剣シュバに目を付けた。
「その剣は、君のものかい?」
そう言いながら、イレーネが手に持つシュバを見つめるジャン。
「えっと、これは従兄のハンスのです。私は勇者じゃないから剣は持ってないわ」
ジャンがあまりに熱心にシュバを見つめていたから、
「あの、よかったら持ってみますか?」
とシュバをジャンに差し出した。
しかしジャンはシュバを手に取ろうとはせず、
「この剣は人を選ぶ、好き嫌いの激しい剣だ。僕は好かれないようだから触れないでおくよ。
でも、この剣はめったにない代物だ。この剣を持つハンス、聖なる勇者だな」
と言った。
「聖なる勇者だって?」
イレーネは内心、鼻で笑っていた。
ハンスが勇者だなんて。盗賊団の襲撃でまったく戦闘要員としては役に立たなかったハンスが。
農場では、盗賊団がほぼ撤退を終えていた。
最後に残った盗賊団のボス、ル・パティシェ・ドレールが、農場主エスティバンの元に向かう。
「この度の襲撃は我々の完敗だ。この先、保安隊により裁きを受けることになるだろう。
この農場はなんとも魅力的だ。また、立ち寄らせてもらおう」
そう言うと、さっそうと農場を後にした。
「なんか、上から目線な言い方じゃない?負けたくせに」
とルイザ。
確かに、ドレールの姿に敗者の影はなかった。
マントをなびかせ堂々と立ち去るドレール。
そのドレールをおいかけるエスティバン。
手に持っていた苗の束をドレールに手渡した。
「うちの傑作ですよ、どうか貴方の家の庭にでも植えてください。
他人の作物を強奪するよりも、自分で育てた方が数倍いいはずだ」
こう言いながら。
ドレールはまんざらでもない顔をして、苗を受け取り出迎えた数人の部下たちと共に
このホッピイ農場から去っていった。
「さてと」
こう言いながらエスティバンは周囲を見回す。
農場はかなり荒らされ、建物は盗賊団に押し入られ家財がかなり破損している、
そして、直撃こそは免れたものの、竜巻による強風のお陰で物が散乱している。
修復にはかなり時間がかかりそうだ。
「修理を手伝ってくれる者はいるか?」
とエスティバンが声をかける。
農場の仕事自体はすでに苗の収穫を終え、これを夏の国に送れば仕事はひと段落。
期間限定の労働者たちは、そろそろここでの仕事を終え帰る時期だった。
「私たち、残ります」
真っ先に手を挙げたのは、ビオレーヌとジャンの夫婦だった。
それに続き、何人もがの残ることを申し出た。
「私は、ルビア魔法学校の入学に間に合わなくなるから、悪いけど手伝えない」
とルイザ。
「私たちはどうする?」
とイレーネがハンスに聞くと、
「僕たちもそろそろ夏の国に移動しないと、これ以上ここにいると春がおわってしまう。
心苦しいけど、先に進みましょう」
ここに残る者たちもこのまま去る者たちも、とりあえず今夜は被害の少なかった住居棟で休むことにしたた。
住居棟は、農場主家族と住み込みの従業員の宿舎で、空いている部屋がさほど多くなく、
女性たちが部屋を使い、男たちは広間や廊下などで休んだ。
その時、ハンスとイレーネが農場主の部屋に呼ばれた。
二人が部屋に入ると、エスティバンとその妻ミーリアがいた。
「子供たちを守ってくれてありがとう、どんなに礼を言ってもたりない」
エスティバンはそう言うと、ハンスの手を握った。
「貴方たちがいなかったら、子供たちは」
そう言いながらミーリアがイレーネの肩を抱き寄せる。
「あの、ルイザもいたんですけど」
とイレーネ。
「ルイザ、彼女にも感謝しているよ、もちろん特別に礼をするつもりだ」
そう言うエスティバンが、さて、という表情になり、
「君たちは、春の国の民ではないな。どこか他国の旅人だろう。
なぜここにいるか聞きはしない。訳があるんだろう?
夏の国に行くと言っていたけど、どうやって行くつもりだ?」
二人に問いかけた。
「相乗り馬車にでも乗って国境を越えますよ」
とハンス。
「やはり、この連邦国の国越えについては何も知らないようだね。
国境を超えるのは容易ではない、国境付近は無法地帯といってもいいくらい治安が悪い。
無事に、夏の国に入れたとしても、国境から数キロも行かないところで。」
ここで言葉を濁した。
「行かないところで?」
とイレーネが言うと、
「殺されちゃうか、売り飛ばされるわよ」
とミーリアがしれっと言った。
「だって、連邦国家でしょ?なんでそんなに治安が悪いの?防衛軍は何をしているの?」
イレーネはアデーレ王国の国境付近を警備している強靭な軍隊のことを思った。
「かつての王国だったころのことが忘れられない残党が多くいるんです。
かつてはごく普通の王国でした。そのころに戻りたいんですよ。
ここ春の国もそうです。いまだに王国に戻したいと思っている民は大勢います。
神に召し上げられた神の国のこれが現実です。
国を治める国王は、神に国を取られるようなことをしてはいけません」
エスティバンの話によると、ここ周辺4つの国はかつてはそれぞれ王国であったが、
いさかいが絶えず、国も荒れていく一方だった。
見かねた神と女神が仲裁に入ったが、聞く耳を持たず戦いに明け暮れる日々。
そして、戦争により国民の半分が死亡したとき、神により国を召し上げられたのだ。
もちろんもう何百年も前のことだ。
それでも、いまだに王族の末裔はあちこちに存在しており、王国の復活を願っている。
国境付近には特に過激な者たちが多数集まっているのだそうだ。
「じゃあ、どうやって夏の国に行けばいいんだ」
考え込むハンスに、
「この農場で栽培した苗たちをミーリアが移動魔法で夏の国に飛ばす。
その時、君たちも一緒に移動させよう」
とエスティバンが提案した。
「移動魔法、使っていいの?女神じゃないよね」
とイレーネ。
ミーリアは安全に作物を夏の国に移動させるため、特別に移動魔法を使える許可を持っていた。
「で、夏の国のどこに送ればいいのかしら?」
夏の国の地理など全く知らないイレーネ、ミーリアの問いかけに首をかしげるだけだ。
「それでは、苗を送る農場付近の街か村に飛ばしてください。この苗の夏の国でも生育状況も見たいし」
とハンスが答えた。
「では、明日、作物と一緒にあなた方も夏の国に送り届けます。
お別れですね、寂しいけどしかたない。
四季の国を回るのが貴方たちの使命なのね。女神の指示かしら」
ミーリアが少し意味有り気に言った。
「明日には夏の国か」
そういうハンスとイレーネ。
「忘れ物しないでくださいね、取りには戻れませんよ」
とハンスが釘をさす。
「荷物、ほとんど置いてきちゃった。逃げるのに必死だったから」
イレーネは自分の宿舎にほとんどの荷物をそのまま残していた。
持ってきたのは、みんなでお揃いで買った、髪飾りだけだった。
「これだけは、持っていく」
イレーネは小さく呟いた。
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