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ホッピイ農場

女神に暴言を吐き、辺境の地に飛ばされたアデーレ王国の王女イレーネ、生まれて初めて仕事をします。


ホッピイ農場での生活が始まった。


その日、イレーネたちは種の選別をしていた。

農場の、片隅の納屋の前、大きなひさしの下に大きなテーブルがあり、

その上にたくさん並べられた種を選別する。


テーブルを囲んで座る女性たち。

皆、このホッピイ農場で働いている。


この作業がさほど労力がいるものでも、集中力が必要なものでもない。

皆、リラックスして世間話をしながらのんびりと手を動かしている。


「じゃあ、新しく来た人に、自己紹介でもしてもらおうかな」

そう言ったのは、長くここではたらくアンヌだった。


「じゃあ、あなたから」


そう言われて立ち上がったのは、イレーネたちを同じ車で到着した女性だ。

「私はビオレーヌと言います。夫とともにここに来ました。春が終わるまで、短い間ですがどうぞよろしくお願いします。」

ビオレーヌはしっかりとした口調で話した、とても知的な風貌だ。


「私はジョセフィン、バイトしに来ましたー」

そう言ったのは、イレーネと同年代くらいの女の子だった。


それから、2人ほどが自己紹介をし、最後にイレーネの番になった。


「私はイレーネと言います」

そう言いながら、イレーネはハンスと示し合わせたことを思い出していた。


「イレーネ、これからは別々に過ごすことが多くなると思います。

農場の人たち、一緒に働く人たちと親しくなっていくでしょう。

それで、僕たちのこと、事前に示し合わせておいた方がいいかと」


まず、ハンスもイレーネも、ここ春の国の出身ということにする。

アデーレ王国のことはできるだけ話さない。

そして、イレーネの身分、アデーレ王国、王女であることは絶対に誰にも知られないようにする。

ここでは、ごく普通の平民の女の子、として過ごす。

などを取り決めた。


「それから、僕たちの関係ですが、婚約者同士ということで、いいでしょう?」

そう言うハンスに、


「それ、無理だから」

とイレーネが即答した。


しばらくの沈黙の後、二人はいとこ同士、ここには学校で出された課題のインターンとしてきた、ということにした。


「従兄のハンスとここに来ました。学校からインターンとして農場で働くという課題が出たので」

とイレーネは自己紹介をした。


「そう、あなたは学生さんなのね、どこの学校に通っているの?」

アンヌが聞く。


もちろん、イレーネは学校になど通ったことはない、教育はすべて家庭教師から受けた。

アデーレ王国、最高学府の大学教授や、世界的に有名な学者、作家、音楽家などが

彼女のために王宮に招かれていた。


「あの、私は」

イレーネは口ごもった。学校と言われても、この春の国にどんな学校があるかなど知るわけがない。


「私は、ウイノカ学園に通っています」

苦し紛れにそう答えた。


ウイノカ学園というのは、全世界にある、超一流のエリート校だ。

どの国にも必ず一つはあるので、ここ春の国にもあるはずだ。

イレーネの知っている学校といえば、ウイノカ学園くらいだ。


ここの生徒は時々、イレーネの話し相手に選ばれていた。

もちろん、すぐに逃げ帰ってしまっていたけれど。


「ウイノカ学園ですって!何て素晴らしいんでしょう。貴女やはり育ちが違うのね。

なんか品があるもの」

アンヌもほかの女性たちも、イレーネに羨望の眼差しを向けていた。

イレーネと同年代と思われるバイトに来たと言ったジョセフィン以外は。


その日の作業が終わり、皆それそれ宿舎の部屋に戻る。

イレーネは、一緒にここに来たビオレーヌ、そしてジョセフィンと同じ部屋だった。


労働者の宿舎は4人部屋で、それぞれにベッドと小さな戸棚が用意されていた。

部屋には、洗面所とバスルームがついていた。

あの宿の客室のように、質素だけれど清潔な部屋だった。


部屋に戻ると、イレーネは風呂を使おうとして、バスルームに向かった。

それを見たジョセフィンが、

「ねえ、あんた、なんであんたが一番乗りするのよ?」

そう言ってイレーネの行く手を阻んだ。


ジョセフィンの強い口調を聞いた、ビオレーヌが、

「お風呂不公平にならないように、順番を決めましょう。

ジャンケンでどうかしら」

と提案した。


「じゃ、それでいいよ、いい?ジャンケンするよ、

最初はーー」

と言いながら手を振り下ろそうとするジョセフィンそしてビオレーヌ。

それを割って入るように、

「あの、ジャンケンって何?」

とイレーネが言った。


イレーネはジャンケンなど知らなかった。

王宮ではそんなこと、誰も教えてくれなかった。

そもそも、シャワーを使うのに順番を決める、そんな経験ももちろんない。


「え、ジャンケンを知らないの?あんた、何者よ」

とジョセフィンが苛立ちながら言う。


「あのね、これがグー、そしてこれがパー」

その傍で、ビオレーヌが教えてくれた。ジャンケンを。


そういえば、王宮の侍従や女官の子供たちが、遊びに、いや王女にお目通りに来た時、

城の庭や広間で遊んでいたときにやってたのを見たことがある。


「ジャンケーン、ポーーン」


イレーネは一番最初に、負けた。

ジャンケンの結果、風呂の順番は、ジョセフィンが一番、次にビオレーヌ、最後がイレーネと決まった。


ジョセフィンが風呂に入っている間、ビオレーヌが、

「あなたはお育ちがいいのね。とても上品だもの」

そう言ってきた。


そして、

「ここにはいろんな人が来ているわ。お金のためにしかたなく働く人も多い。

気を付けた方がいいかもね」

と続けた。


育ちが言い、あまり言われたことがない言葉だ。

王女だもの、上品なのは当たり前だし、育ちが良いのも当たり前、そう思っていた。


ジョセフィンが風呂から上がり、今度がビオレーヌが風呂に入った。

部屋にはジョセフィンとイレーネの二人だけだ。

しばし、気まずい空気が流れたが、ジョセフィンのほうから口を開いた。


「私はさ、ここにはバイトできたって言ったけど、家にいる弟や妹に新学期の学用品を買ってあげたくてここに働きに来てるの。

あんたみたいな道楽で遊びに来てるお嬢様とは違うのよ。あんたがどこのお嬢様か知らないけど、

私の足を引っ張らないでよね」

イレーネの前に立ちはだかってこう言い放った。


そして、また気まずい空気が流れた。


その後、イレーネは最後に風呂を使いながら、

「ハンスったらなんでもっと波風立たない設定を考えなかったのかしら。

労働者が集まってるっていうのに、学校からのインターンって、これじゃ浮いちゃうでしょう」

とハンスに文句の矛先を向けていた。


そして、疲れた体を湯船に沈めながら、この先のことを思った。

アデーレ王国のイレーネ王女であれば、自分が何を言っても、何をやっても咎めるものはいない。

唯一の例外はシャロンだけだ。

強い口調で何か言われることもない。


「早く帰りたい」

いつも逃げ出したいとばかり思っていた王宮での暮らし。

今はとてつもなく、アデーレ王国、王宮に帰りたい、そう思っていた。






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