再び、クリスタルホテルへ
クリスタルホテルへ戻るイレーネ、今度はハンスではなくジャン・ジールと一緒です
「ねえ、イレーネ」
アデーレ王国の王宮、クレメンタイン城。
その一室、イレーネ王女の寝室だ。
イレーネは豪華なベッドに寝転がっている。
隣には王女の専属魔法使い、妖精のシャロンがいる。
「ねえ、イレーネ」
シャロンは再び語り掛ける。
その相手、イレーネは既に半分眠っているというのに。
「イレーネ、あなたはそのうち自分で決断をして進むべき道を行かなくてはならない時が来る、
何度も。そうなったとき、何かに邪魔されないように私が守ってあげるね」
とシャロン。
「なによその、あげる っていうのは。なんだか上から目線」
イレーネはうとうとしながら言う。
「イレーネ、私はいつまでもあなたと一緒にいられるわけじゃないから」
シャロンは小さな声でそう言ったが、すでにイレーネは寝息をたてていた。
「それでも、私はあなたを守る。私の姿が消えてしまっても」
イレーネの寝顔にこう続けるシャロン。
あれはいつのことだったっけ、
シャロンとそんな話をした。
「シャロンにはいつも助けられている」
シャロンのいない寂しさより、今でもシャロンの加護を受けている心強さの方が勝ってイレーネの心をより強くしていた。
「ジャン・ジール、氷の宮殿で何が起きるというの?」
イレーネの問いに、
「あなたには正直にお話ししましょう」
とジャン・ジール。
ドルーガ王国の魔女メディアとその一派の不穏な動き、
それが氷の王宮に関係があること、
ジール魔法団も脅威にさらされているため、まだ戦力にはならな研修生をこの地で防護していること、
などを伝えた。
「それで、ジャンはフィリップ殿下の誕生日会に出席するの?」
とイレーネ。
「いや、僕は招かれているわけでもないからね、なんとか王宮にもぐりこむつもりではいるけれど」
そう言うジャンに、
「私は正式に招待されているの。そうだ、私の付き人として王宮に行くってのはどうかしら」
イレーネはハイン・ジェットたちダウンタウン・バッドの自警団の計画にことはあえて話さなかった。
自分たち、イレーネとハンスが正式に招待されている、これは事実だ。
あの招待状を見る限り、王宮の面々はイレーネの正体に気付いていない。
フィリップ殿下だけが彼女をアデーレの王女だと知っているのだ。
「フィリップちゃん、秘密を楽しんでいるみたいね」
とイレーネ。
イレーネはフィリップがイレーネの正体を誰にも伝えてないだろう、そう確信していた。
イレーネは、ただのイレーネとして氷の王宮に行く。
そこでハンスと落ち合い、ハイン・ジェットたちの「反乱計画」に加担する。
隙を見てフィリップ殿下を連れ出し、ロージーマリーの元へ帰す。
これが彼女の計画だ。
「ねえ、ジャン、私はクリスタルホテルから氷の王宮に行こうと思うの。
よかったら一緒にクリスタルホテルに行かない?」
とイレーネ。
一度はクリスタルホテルから逃げだすように去って行ったけれど、曲がりなりにも王宮に正式な招待を受けて参上する、そうなればそれなりの身支度が必要だ。
イレーネにはここダウンタウン・バッドでそれを手配できる自信がなかった。
「まあ、体裁整えて王宮にいけばいいってことよね」
イレーネとジャン・ジールは一旦、自由荘に戻りそれからクリスタルホテルへ向かうことにした。
「ねえ、確認しておきたいんだけど、氷のレストランにみんなをそのままにして、本当に大丈夫?」
とイレーネが心配そうに聞く。
「僕の魔法を信じられないの?
これでも、ルビア魔法学校を首席で卒業しているんだけどな」
とジャン・ジール。
自由荘に戻ると、イレーネ宛に1通の手紙が届いていた。
差出人は「H・J」となっている
「ハイン・ジェット」だ
慌てて手紙を読むイレーネ、そこには
「誕生日会当日、指示通り氷の王宮に来なければハンスを殺す」
そう書かれていた。
ハンスとは氷の王宮で落ちお会う、そう示し合わせてある。
ハンスがハイン・ジェットにどのように伝えているかは不明だが、ハンスはイレーネが必ずフィリップ殿下の誕生日に姿を現すと信じている。
ハイン・ジェットは
「イレーネは必ず来る」
というハンスの言葉を信じることができず、この手紙を送りつけてきたのだろう。
自由荘からセンターシティのクリスタルホテルに向かうイレーネとハイン・ジェット。
ハイン・ジェットの移動魔法で一瞬にして到着した。
移動魔法は高度な技術が必要で、かなり有能な魔法使いのなせる業だ。
ー クリスタルホテルのロビー、宿泊フロント ー
何事もなかったように現れたイレーネ、その姿を見つけるや否や、フロアマネージャーのミセス・フロリナが飛んできた。
「イレーネ様、急にいなくなってしまって、心配しておりましたよ。
お戻りなさったんですね、安心いたしました」
と大げさに言うミセス・フロリナ。
そこで、パチンと指を鳴らし、ポーターを呼ぶミセス・フロリナ。
ポーターが
「それではお部屋にご案内いたします」
そう言い、二人の荷物を持つとエレベータに向かって歩いて行った。
「部屋?まだなんの手続きもしてないのに」
とイレーネ。
「こちらがルームキーとなります」
とミセス・フロリナにカギを手渡され、そのままそのポーターの後に続く。
頭を下げて二人を見送るミセス・フロリナ、イレーネの同伴者がハンスではないことに何の疑問も抱いてはいないようだ。
ジャン・ジールの仕業だろう。
エレベーターが5階で止まり、ポーターがとある客室の前で止まった。
「鍵をお借りします」
そう言ってドアの鍵を開ける。
「こちらがお部屋となります」
ポーターはそう言うと、イレーネとジャン・ジールを部屋にいれ、そして
「それでは、ごゆっくりおくつろぎください」
そう言い残し、去って行った。
「ここは」
ここは、イレーネとハンスがクリスタルホテルを逃げ出すときに、ファミリールームから変えてもらった
二人用の客室だった。
ベッドが二つにソファ、そして小さなダイニングテーブルのあるその部屋。
自由荘に比べると段違いの豪華な部屋だ。
「ゴージャスですね、さすがセンターシティのホテルだ」
とジャン・ジール言う。
しかしイレーネは
「もしかしたら、私はジャン・ジールと一緒にこの部屋に泊まるのかしら。
お隣同士のベッドに寝るの?」
そのことばかり考えている。
「イレーネ、心配しないでください、僕はテラスで寝ますから」
イレーネの気持ちを察したのかジャン・ジールが言う。
「テラスって、この寒さの中外で寝たら死んじゃうわよ」
とイレーネ。
流石に、テラスで寝てもらうのは心が痛む、ここは冬の国、凍てつくような寒さだ。
「大丈夫ですよ、魔法をかけた極暖寝袋にすっぽり入りますから。僕を誰だと思ってるんですか」
そういうジャン・ジールの言葉に、思わず
「じゃ、そうしてちょうだい」
とイレーネがはっきり言う。
ジャンは笑いながら
「わかりましたよ、でもその前に歯磨きだけはさせてもらえないかな」
と歯ブラシをもち、洗面所に消えた。
一人で部屋に残されたイレーネ、ハンスはどうしているだろうか。
アンを介して話をして以来、ハンスとは全く接触ができていない。
このままフィリップ殿下の誕生日会まで会えないだろう。
「なんだか寂しそうですね、ハンスに会いたいの?」
いつの間にやら洗面所からもどってきたジャン・ジールがイレーネの様子を見て言った。
それには答えなかったイレーネだが、その表情はとても楽しそうに見えない。
「じゃあ、少しだけ」
ジャン・ジールはそう言うと、イレーネの頭に手を置く、すると。
「イレーネ、なんだ、イレーネじゃない」
とハンスの声が聞こえて来た。
「ハンス、大丈夫?自由荘に随分物騒な手紙が届いていたわよ」
とハイン・ジェットからの手紙の話をするイレーネ。
「僕は大丈夫ですよ、ハインが威嚇してみただけですよ。
ほら、この通り、ここでは毎晩酒盛りだ、楽しくやってますよ」
とハンス。
そういえば、ハンスの声はいつもより少し高めで、酔っぱらっているときならではの話し方だ。
「何よ、心配したのに」
とイレーネ。
「イレーネ、今どこにいるんですか?自由荘じゃないみたいだけど」
とハンスが周囲の様子を察して言った。
「ああ、クリスタルホテルに戻ってるのよ、王宮に出向くにはやはりミセス・フロリナの助けがいるわ。
それと、ジャン・ジールが王宮まで護衛としてついて来てくれることになったわ。
今こうやって話ができているのも、ジャンのお陰よ」
それから、二言三言話をして、会話は終わった。
陽気に、
「じゃあ、誕生日会には思いっきりおしゃれしてきてね」
などと言ったハンス。
会話が終わり、ふと考える。
ジャン・ジールが護衛?
ジャン・ジールの力で会話をしている?
「ジャンと一緒にいるの?」
「クリスタルホテルに」
イレーネがジャン・ジールと一緒にクリスタルホテルに泊まっている。
そう思うと、ハンスは酔いが一気にさめて行くのを感じていた。
応援していただけるとうれしいです。




