「性格の悪い」姫
「あの姫はなぜあんなに意地が悪いのだろう」
「いずれこの国の女王となるお方が、あのような捻くれ者では」
ハンスとの「散歩」から自室に戻ったイレーネは幼い頃を思い出していた。
小さなころから、なぜかすぐに意地悪をしたくなった。
素直に喜んだり、楽しんだりすることが出来なかった。
幾つのころだっただろう、侍女の娘がイレーネに、手作りのティアラをプレゼントした。
もちろん、本物の宝石なんかはついていない、おもちゃのティアラだ。
それでも、侍女の娘はイレーネのために、大切にしていたガラスの飾りやきれいなリボン、
庭で咲いたばかりの鮮やかな花を飾り、ティアラを作った。
侍女が
「わたくしの娘が王女のために作りました。どうか受け取ってくださいませ」
と言ってそのティアラを差し出した。
イレーネは「ふうん」とだけ言い、そのティアラを手に取った。
そして、頭に載せることもせず床に投げ捨てたのだ。
侍女は「申し訳ございません」と謝りながら、ティアラを拾った。
床には、ガラス玉や花びらが散乱していた。
それを夢中で侍女がかき集めていた。
その目からは涙が流れていた。
その様子を見ても、イレーネは何とも思わなかった。
ただ、気に入らないものを捨てた、それだけだった。
ほどなくして、その侍女は暇を取りたいと言って、イレーネのもとを去っていった。
他の侍女も、頻繁に入れ替わった。
「話し相手」ということで、選ばれたイレーネと同年代の少女たちもいたが、
皆いつのまにか居なくなっていた。
だんだんと、侍女は必要最低限のことうしか話さず、「話し相手」は従妹のヘレンだけになっていた。
「イレーネ王女ほど性格の悪い姫は見たことがない」
「あんな意地の悪い姫、やってられないわ」
侍女たちはこっそりと噂話をするようになっていた。
このイレーネ王女の性格は、王と王妃の悩みの種でもあった。
「国民にこんな姿を見られたら、将来の女王としてふさわしくないと思われてしまう。
姫はどこまでも愛らしく、無垢でなければならない」
という王。
すぐに王直属の魔法使いが呼ばれ、イレーネ王女が人前に出るときだけは、
「笑顔を絶やさない」
「バラ色のほほと大きな瞳をした」
「愛らしくて」
「世界中の民が恋をするような」
王女になるように魔法でなんとかするように、と厳命した。
宮廷魔法使いの、アゼリアがこの任にあたったが、アゼリアは姫にこの魔法をかけたことで、
自分の力のすべてを使うことになり、そのまま未だに寝たきりの状態になった。
その時、アゼリアと一緒に姫の元にやってきたのが妖精のシャロンだった。
有能な魔法使いでもあるシャロン。
そして、なぜがイレーネとごく普通に話ができた。イレーネもシャロンには「いじわる」をしなかった。
その時からシャロンはイレーネ専属の魔法使い兼妖精となった。
「私、王女だからあんなおもちゃのティアラなんかつけられない」
部屋に戻ったイレーネがポツリと言った。昔のことを思い出しているようだ。
「私、どうせ性格悪いもん。誰からも好かれてないもん。
だから結婚したって仕方ないんだもん」
イレーネの目から涙がこぼれていた。
「このままにしてていいの?ハンスは城から逃げ出しちゃうよ。
警備、手薄にしたでしょ。あれならハンスでも逃亡できるよ」
シャロンが言う。
「でもハンスは私なんかと結婚なんかしないで故郷に戻ったほうがいいのよ」
イレーネが言うが、
「ハンスが故郷でぬくぬくと過ごせるわけないでしょ。
城から、イレーネから逃げたってことで極悪人の扱いを受けるんだよ。
ハンスだけじゃない、ハンスの故郷の村も虐げられるようになるんだ」
シャロンの話では、イレーネの夫の座を捨て逃げ出すということは、
王と国への反逆罪とみなされ、生涯追われる身となる。
捕まれば一生牢獄送りだ。
その極悪人を生み出した、バロウ村も地図から消されることになるだろう。
「そんな」
イレーネが呆然とつぶやく
しばらくの間、沈黙が流れた。
そして、意を決したようにイレーネが部屋を出る。
周囲に誰もいないことを確認すると、一目散にハンスの部屋に向かった。
激しくドアをたたくイレーネ。
中から、荷物をまとめて今にも窓から脱出しようとしていたハンスが出てきた。
「ねえ、ハンス、私たち女神の試験を受けるわよ」
イレーネは声高らかにそう言った。
ハンスは抱えていた荷物を思わず床に落としていた。
「本気ですか?」
そう言いながら。
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