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56 アンジュと炎の使徒

 屋外武道場の石畳のいたるところには、様々な形の剣だの槍だのが無数に突き立っていた。

 その剣と剣の間に、砕けた刃の破片が散り落ちる。


「あらぁ。それで何本目? あんまり武器を無駄にしないでくださらないかしら。殺し屋さんって、みんなそんなに乱暴なの?」


 胸を抱くように腕を組んで、困ったように眉を下げた赤毛の女を、アンジュは肩で息をしながら睨みつけた。


「はあ……真なる使徒ってのは、みんな、そんなに……口が……悪いのかね」


 憎まれ口をきくのもしんどいほど息が上がっているが、それでも気丈に折れた剣をほおり投げ、手直にあった刀を引き抜く。


「安心……しなよ。次で……終わらす、からさ」


 そう言って下段に構えて姿勢を低くするや、彼女は石畳を蹴って地面すれすれに突進していった。

 相手との間があっという間に詰まる。しかし赤毛の女、真なる炎の使徒スカーレットは全く動じる様子を見せない。身構えることもせず、ヤレヤレと言った風情で苦笑する。


「終わらす。オホホ……。御冗談を。この七日間……」


 アンジュがスカーレットの身体を斬り上げる。しかし手ごたえはない。斬ったと思ったときには彼女の姿は目の前から消えていた。

 刀の刀身がまたも粉々に砕け散る。


「あなたはそうやって、武器を壊していただけでしょ」


 声と共に彼女の姿が現れたのは、アンジュの左斜め後ろだった。アンジュに向けたその指先に真紅の炎が揺らめいている。優しげに細められた目が開き、凶悪な光がともる。


「どうやって終わらすの!」


 アンジュの右足が石畳を激しく突いた。身体をひねらせると同時に、スカーレットの指から放たれた炎の矢が間一髪、アンジュの胸を反れて、肩を貫いた。


「まったく……」


 吹き飛んで地面に倒れたアンジュを見下ろし、スカーレットは呆れたようにため息をついた。


「それでは武器に炎をまとわせるには程遠い。あなたがあの天使の付き人を斬る唯一の方法はそれだけど。私に一本入れられないのではその力は得られない」

「さんざん聞いたよ」


 アンジュがよろよろ立ち上がりながらスカーレットを睨み上げ、血のついた口の端をあげた。


「一本、入れりゃあ、いいんだろ」

「まったく、口の悪い。まあ、根性だけは認めるわ」


 そう言って、スカーレットは天上を指さした。

 スカーレットの背後の空中に、無数の十字架のようなものが整然と列をなす。縦に五列。横には数えきれないくらいに並んでいる。赤く揺らめくそれはよく見ると十字架ではなかった。

 アンジュの目が大きく見開かれる。


(剣だ!)


 気づくと同時にアンジュは石畳を蹴って飛びすさった。直後にそれまでアンジュがいた地面に何本もの炎の剣が突き立つ。


 アンジュは地面を這うようにして石畳の上を駆けた。その上から、次から次へと炎の剣が降りかかる。アンジュの通った後には、それを追うように突き刺さった炎の剣が道をつくる。地面を蹴って急反転しても、剣の刃は狙いをたがえることはない。

 ちょっとでも足を止めればハリネズミのようになってしまう。そんな剣の空襲の下を、右に左に曲がり、時に反転しながら、アンジュは走り続けた。


(逃げてばかりじゃダメだ)


 途中で槍を引き抜いたアンジュはそれで襲い来る刃を弾き飛ばす。しかし槍はほどなく穂が砕け柄も折れて使い物にならなくなる。

 スカーレットだ。スカーレットに当てないと。

 槍を捨てたアンジュは再び駆け出しながらスカーレットの姿を伺う。

 こんな激しい攻撃をしているのに、当のスカーレットはいたって余裕の風情だ。腕を組んでニコニコと、花畑にでもいるように武道場を眺めている。


(無防備だよ)


 アンジュは懐に手を差し込んで三本のナイフを抜き出し、走りながらスカーレットに向けて投げつけた。

 歴戦の殺し屋アンジュの投げナイフである。それは走りながらであっても狙いたがわずスカーレットへと向かっていった。

 ナイフがスカーレットに到達するかと思われたとき、しかしそれは三つの炎の塊となって砕け散った。


(ナイフじゃ、弱いか。ならば)


 アンジュは今度は地面に落ちていた棒を拾い上げる。アトラスの武器に似ているな、と思いをはせたのは一瞬。それを頭上でブンブン振り回しながらスカーレットに打ちかかっていく。

 頭上から降り注ぐ刃は棒ですべて弾かれる。スカーレットの姿がみるみるうちに近づく。


(とどく!)


 アンジュは棒の先端をスカーレットに向け、無我夢中で突きを繰り出す。スカーレットが右手を前に出し、それを受けようとした。

 手ごたえはない。見るとスカーレットの右手に触れたらしい棒の先半分が蒸発して消えていた。


(そんなのって、ありか)


 アンジュはあわてて飛びすさる。その地面にまた何本もの炎の剣が突き刺さる。


(受けさせてはだめだ。ならばスピードで勝負)


 アンジュはさらに加速する。右に左に旋回しながらスカーレットの背後に回り込む。途中で地面に刺さっていた剣を引き抜いて、その切っ先を相手の背中へと向ける。

 スカーレットの背中が近づく。

 剣の先がのびる。

 剣の先端が、スカーレットに触れそうになる。


「そんなものが……」


 スカーレットが突然振り向いた。その指先に炎が揺らめいたかと思うと、彼女に向けた剣が真っ二つに折れた。


「とどくわけないでしょ!」


 スカーレットの指から炎の矢が放たれ、アンジュの胸を貫く。

 アンジュの口から血が流れ出る。しかし、アンジュは血を滴らせるその口の端を、ニヤリと釣り上げた。


「いいや。とどいたよ」


 言うやいなや、彼女は刃を……まだ二人の間の空中でクルクルとまわっていた折れた刃を素手で掴んだ。血が噴き出るのもかまわずその刃を握り締め、そしてそれを、スカーレットの豊満な胸に力いっぱい突き入れた。

 

     〇


「まったく……」


 スカーレットの身体が灰のように粉々になって崩れ落ちたかと思うと、そこから三歩ほど下がった場所に炎があがった。炎のカーテンの間から出てきたのは、無傷の彼女だ。

 支えを失って石畳に膝をついたアンジュの前に立ち、スカーレットは腰に手をあて頬を膨らませた。


「まったく、こんな捨て身の攻撃をして。実戦だったらあなた、何度も死んでますよ」

「でも、一本は一本だ。約束は、守るんだろ」

「ええ。たしかに、これで合格よ」


 苦虫をかみつぶしたような表情で言って、スカーレットはアンジュの背中に手をあてた。

 アンジュの胸に紅い光が一瞬灯って消える。


「これで……」


 立ち上がったアンジュは両腕を広げて、己の身体を眺めてみる。痛みはない。身体は軽い。力がみなぎるという感覚はないが、でも、いくらでも力が出せそうな気がする。


「これで、あいつを斬る力を得たんだね」

「それは、あなた次第」


 スカーレットは両腕をかき抱いてそっぽを向く。


「その技術と潜在能力はできるだけ引き出したわ。私に一本入れ、その極限の状態であなたの心臓に私の炎の力を注入した。あなたの身体に宿ったその力を一気に引き出せれば、武器に炎をまとわせることができる。天使の付き人を斬ることも、可能なはずよ」

「そう……。ありがとう」

「ま、ほとんど捨て身だったとはいえよく卒業したわ。せいぜい頑張りなさい」


 そっぽを向いたままのスカーレットの横顔を見て、アンジュはすこしだけ口許をほころばせた。


「ええ。さようなら」


 彼女にしては柔らかい声でそういうと、頭を下げて武道場をあとにした。

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