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33 大地との対決

 獄舎前広場で起こった戦闘は乱戦となり、それはあっという間に王宮のいたるところに飛び火した。入り乱れる元囚人と衛兵と親衛隊。銃声に囚人が倒れればその上に白い軍服が折り重なる。倒れても倒れても、しかし騒乱が落ち着く様子は見えない。どちらが勝っているのか、優勢なのかもわからず、ただ騒ぎだけが大きくなっていく。


「どこだ。大地の乙女は」


 騒乱から少し離れた宮殿内を歩きながら、ヒエイは忌々し気にあたりを見渡した。彼とともに歩むのは相棒のアトラスと天使の付き人メルラ、そして元国王バルバロス。この元国王を旧知の仲である大地の乙女に引き合わせ、説得することができればすべて丸く収まると彼は読んだのだが……。


「メド。出てきておくれ。メドよ」


 王の呼びかけに全く反応はなかった。


「どうやら大地の乙女はあなたに会いたくないようですね」


 ヒエイの背後で億劫そうにメルラが指摘する。ヒエイもうすうす思っていたことだ。しかし王に気を遣って言わなかった。なんの悪気もなくすました顔でいるメルラを振り返って、ヒエイは首をすくめる。王の心をえぐるようなことを平気で言うところは、やはり魔女だな。この人は。


「そんなこと言ってやるなよ。かわいそうだろうが。お前は本当に冷たい女だぜ」


 ずけずけと言い返したのはアトラスだ。


「だいいち、何でお前さんまでここにいるんだ。とっとと帰ればいいだろ。それともひとりで行くのが怖いのか」

「私を誰だと思っているのです」


 アトラスの安い挑発に、意外にもメルラは反応する。


「ただ、私ももう一度あの女に会っておこうと思ったのです。調子に乗っているいけ好かない小娘に、格の違いを見せつけておかなければ」


 見た目で言うならメルラのほうが小娘なのだが、それをヒエイはあえて指摘しなかった。彼女の実年齢は謎である。しかしそれは怖くて尋ねられない。訊いたら殺されるかもしれない。


「だれが、小娘だって」


 その時だった。地の底から不気味な声が響いてきたのは。

 そこは回廊に面した庭園だった。謁見の前にも通った、土の壁と土の地面でできた殺風景な庭園。張り巡らされた水路には、今や流れる水は一滴もない。その広大な庭園の中ほどにある舞台の一部が盛り上がり、突如石像が出現したかと思うと、像が割れて中からひとりの女が出てきた。


「あんたの力を見せてもらおうじゃないの、フレイアのお姫さん」


 舞台に仁王立ちになった大地の乙女は、そういって口を吊り上げた。


     ○


 突然姿を表した大地の乙女の前に、四人の中からまず一歩進み出たのは、元アタナミ王バルバロスだった。

 声も出せずに目を潤ませながら乙女を見つめる王を、ヒエイは固唾を飲んで見守る。王が大地の乙女との信頼関係を取り戻し、彼女を説得することができれば、この争乱を静め国民を奴隷制から解放することができる。ハザムたちは自由になり、自分達も先に進める。すべては王にかかっているのだ。

 王に対する大地の乙女は無表情だ。しかし攻撃もしてこない。チャンスはあるかもしれない。

 やがて王はおもむろに口を開き、万感を込めて言う。


「メドよ……」


 しかし次の瞬間、王の前の地面から岩がせりあがり、そのとがった先端が王の腹を突いて彼を吹き飛ばした。


「あんたの声を久しぶりに聞いたら、ムカついてきたよ」


 そう吐き捨てるように言ってから、改めてヒエイたち三人に向き直った。


「じじいに用はないのよ。それより、そのお姫様をよこしなさい」

「なにを……」


 失望しながらヒエイは身構える。その肩にポンと手をのせる者があった。振り返るとメルラが彼に顔を寄せていた。彼女のもう片方の手はアトラスの肩にかけられている。メルラは小声で、二人に語りかけた。


「私はこれから、地下深くにある水脈を探ってそこから水を引き出します。集中力と時間のかかる作業なので、それまであなたたちは時間稼ぎをしなさい」

「そんなことが本当にできるのか」

「え。それってどれくらいの時間が……」


 ヒエイたちの疑問に彼女は答えない。言うことだけ言うとヒエイとアトラスの背に手をおいて前に押しやり、傲然と言ってのけた。


「さあ、大地の乙女よ。来るなら来なさい。この二人が相手です」


     ○


 地響きが起こり、地面が揺れて岩がせり上がる。ノコギリのように鋭く切り立ったその岩は、庭園の石畳を裂きながらヒエイとアトラスに襲いかかった。

 ヒエイは風の刃を放ち、アトラスは黒棒を繰り出して襲い来る岩を砕く。しかしこの無骨な塊達は波のように次から次へと突き上がって、その鋭い先端を二人に向けてくるのだった。

 はじめはその攻撃を難なくさばいていたヒエイも、無限に続くかと思われる攻撃に、しばらくすると辟易してきた。


「まったく、きりがない」


 ため息をついたヒエイの背後に岩の刃が迫る。それを黒棒で砕いたアトラスがヒエイと背中を合わせ、


「ああ、そうだな」


 と彼もまたうんざりといった口調でぼやいた。

 もっとも、彼の息はヒエイのそれとは違って全くあがっていない。余裕で岩をさばきながら、話しかけてくる。


「さて、あいつをどうやって倒そうか」

「倒す? 僕たちのやることは時間稼ぎじゃ……」

「おいおい。あのメルラのいいつけどおりにするってのかい?」


 アトラスは呆れたように鼻で笑い、回廊の方を一瞥する。岩の刃の一撃をかわしながらヒエイも、同じ方に視線を走らせた。

 庭園を望む回廊の屋根の下で、メルラは祈るでもなく黙念と突っ立っていた。ちゃっかりバルバロス王に護衛させ、ぼんやりこちらの戦闘を眺めているそのさまからは、彼女がその術を発動するべく地下の水脈を本当に探っているのか知る由もない。


「なるほど。しかしアトラス、相手はなかなか強敵だぜ」

「お前じゃ無理かね?」

「少なくとも大地の乙女の魔法の力は、僕より数段上だよ」

「なるほど、だったら……」


 せり上がる岩を砕きながらアトラスは笑った。


「魔法の勝負じゃなくて、直接本体を狙おう。俺はあいつが繰り出す岩という岩を片っ端から砕いていく。必ず隙を作るから、その隙にお前は渾身の一撃を相手に叩き込んでくれ」


 ふたりは同時に舞台のほうを見やる。

 大地の乙女は腕組みをしながら、余裕の表情で見下すような視線を向けてくる。首をかしげて紅すぎる唇をなめ、さげすむようにため息をついた。


「どうしたんだい。手も足も出ないじゃないか。格の違いを見せつけるんじゃなかったのかい」

「今、見せてやるよ」


 アトラスが腰を低くして棒を構えた。全身の筋肉が盛り上がり、肩や足から蒸気のようなものが立ち昇る。

 大地の乙女の表情が変わった。腕組みを解いて両手をかざす。とたんに地響きがおこり、庭園のいたるところから岩が突き出した。それは大地の乙女とアトラスの間に立ちふさがり、巨大な牙となって襲い掛かる。


「へっ。そんなもので……」


 アトラスが地面を蹴った。無数の牙が左右からアトラスに迫りくる。しかし彼は突撃の勢いをゆるめない。駆けながら棒を一閃させ、岩を砕いて道を開く。


「この俺を止められるかよ」


 一直線に大地の乙女へと向かうアトラス。しかし相手の攻撃の手も緩まない。岩の牙は波のように次から次へと彼の前に突き上がって、その鋭い先端をアトラスに向けてのばしてくる。そのたびにアトラスは右に左に棒を振り回し、襲い来る岩のことごとくを砕いていった。


「そんな馬鹿な。この攻撃が通じないなんて……」


 大地の乙女の表情に初めて焦りの色が浮かぶ。その顔を隠すように三本の岩の柱がそそり立つ。

 おそらく彼女を守る最後の三本。彼女はもう目と鼻の先だ。

 アトラスの背後を走っていたヒエイは集中し、半目になって念じる。

 アトラスが雄たけびを上げて黒棒で岩を薙ぎ払う。光が差し込み、砕けた岩のすぐ先に、呆然とする大地の乙女の顔が迫った。


「もらった!」


 ヒエイは飛び上がり、アトラスの前に躍り出て、大地の乙女に右手を向けた。


「風よ……」


 風が大地の乙女の身体を取り巻こうとする。

 いけるか。

 そう思った次の瞬間、異変が起こった。

 大地の乙女の身体を岩が覆い、風をはじいたのだ。その岩は乙女を飲み込みつつ、むくむくと大きくなっていく。


「な、なんだこれは」


 ヒエイもアトラスも攻撃の手を止めて飛びのき、成長をつづける岩を呆然と見上げる。それは人の形を成しながら、あっという間に宮殿の屋根の高さを越え、塔に迫るほどの大きさとなった。

 天を突くような岩の巨人。その中から大地の乙女のくぐもった高笑いが聞こえた。


「もういいわ。お前たち全員、踏みつぶしてあげる」


     〇


 岩の巨人を見上げながらアトラスは頭をかいた。


「こりゃあ、まずいな。どうやって倒すよ」

「うん。お手上げだ」


 答えるヒエイは表情をこわばらせる。首筋に汗が流れる。本当に打つ手がない。あれだけの大きさの岩を砕く力は、少なくとも今の彼にはなかった。

 なすすべなく後ずさったヒエイはすがるように振り返る。


「まだ、水脈は探り当てられませんか」


 ぼんやりと虚空を見上げていたメルラがその声に反応し、ヒエイを見つめ眠そうに瞬きをした。


「水ですよ、水。あなたの力は出せそうですか」


 彼女の目を覚まそうとするようにヒエイは声を張って催促するが、メルラの反応は鈍かった。少し考える様子を見せてから目を伏せ、そしてかすかに首を振る。


「残念ですが、水脈がありません」

「どういうことです」


 ヒエイの首筋だけでなく背中にも汗が噴き出る。なぜだ、という疑問がほてった頭を駆け巡る。確かに以前は、この庭園の水路にも水が流れていたのに。


「どうやら、水脈が一時的にふさがれているみたいです。おそらく、あの女の仕業でしょう」


 他人事のように冷静に言ってのけたメルラは、いつもどおりの億劫そうな表情で岩の巨人を見上げた。

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