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17 山の秘密

 知らず知らずのうちに村に舞い戻ってしまった三人は、翌日再び山へと向かった。


 しかし結果は同じだった。お花畑を進むうちにそこにいるはずのない人に出会い、靄に囲まれ気づけば村の前にいる。ルートを変えても、その現象は必ずおこった。翌日も、そのまた翌日も。お花畑はどの方角ににも広がっていて、そこには懐かしい人が立っている。出会う人は様々だ。スージーであったり、両親であったり。確かなのは出会うのがどれも、もうこの世にはいない人だということだけだった。


「どうなってるんだ」


 五日目も同じようにお花畑の徘徊を経て村に戻ったヒエイは、流石に焦りを感じて頭をかきむしった。

 その頭上から、アトラスのやけに落ち着いた声が降ってくる。


「幻覚……だな。あれは」

「わかってるよ。そんなこと」


 そんなアトラスを睨みつけるアンジュの声は珍しく、わずかにいら立ちを含んでいた。


「今日会ったのは死んだお母さんだった。スージーを見たときはもしかしてと思ったんだけど……。畜生。人の心をもてあそびやがって」


 どうやらアンジュは怒っているようだった。それはヒエイも同じだ。しかしそれをぶつける術はなかった。誰が幻覚を見せているのか、なぜそれが見えるのか彼には皆目わからなかったし、解決の方法もわからなかった。


 いや、ただひとつ、手がかりがある。


 それを言いかけてしかしヒエイは口を閉じた。アンジュもアトラスも同じように黙り込む。そうやってしばらく沈黙してから三人は、お互いに視線を交わし、示し合わせたようにうなずいた。


「やるしかないか。奴の頼みとやらを」

「騒動を起こすのは気が進まないが、いたしかたない」

「背に腹はかえられないね」


 そして彼らは村の薬屋へと向かった。


     〇


 戸口の前に気まずい面持ちでたたずむ三人を、薬屋の親父は帰省した息子を迎えるような表情で店に入れてくれた。


「そろそろ、来る頃だと思っていたよ」


 そう言いながら、ヒエイたちを客間に通す。数日前、彼から取引を持ち掛けられた部屋。今日もその木製のテーブルの上にはランプが寂しげに火を灯し、長い窓の表面を雨水が流れ落ちていた。この前と違うのは、テーブルの上にカップが四つのっていることだった。


「薬草茶を、ご馳走しよう」


 三人をテーブルにつかせた親父は、ポットを傾けてカップに茶色い液体を注いだ。


「どうぞ。リラックス効果と疲労回復効果がある。ちと苦いがね」


 そう言って彼自身はカップを手に窓際に立ち、茶を真っ先にすすった。


「うん。まずい」

「なつかしい、この匂い。濁茶だね」


 茶の香りをかぎながらアンジュがカップに口をつける。


「まずい。間違いないね」

「毒じゃねえのか」


 アトラスが冗談ぽい口調で言いながらアンジュと目の前の液体を見比べる。そんな彼をアンジュが鋭く睨みつけた。


「あんたのはそうかもね」

「まあまあ。ふたりとも。アトラスも失礼なこと言わないで」


 なだめながらヒエイもお茶をすする。それに続いてアトラスも茶をあおった。


「まずい」

「ああ。でもポカポカして、スッとして、なんだか体の中の疲れが溶けていくみたいだね」


 三人の下らないやり取りをニコニコしながら見つめていた親父は、もう一口の茶を喉に流し込んでから口調を改めた。


「それじゃあ、本題に入ろうか。ここに来たということは、君たちはわしの頼みをきいてくれるということだね」

「ああ。そうだよ」


 ヒエイが答え、アトラスとアンジュもうなずく。

 その答えに満足そうにうなずいた親父は、お茶のカップを両手で抱いて深々と頭を下げた。


「ありがとう」


 そしてお茶をもうひとすすりしてからそのカップをテーブルに置いて、自分も椅子に座った。


「それじゃあ、これからあの山の秘密とその攻略法を説明する」


 親父のその発言に思わずヒエイは腰をあげた。


「ちょっと待って。先に教えてくれるのかい」

「ああ。そうだよ」


 当然のことのように答える親父を、アトラスが呆れた顔で見る。


「ちっと早すぎないか。暗殺が成功するかもわからないのに」

「どのみち、ハヤーを殺らないかぎり、山は越えられん。そのためのキーアイテムを奴が所持しているのだからな」


 眉をひそめる三人を見渡した親父の口もとに、はにかんだような笑みがうかんだ。


「自己紹介がまだだったな。わしは名をカンゾウという。御存じのとおり、この村で薬屋を営んでいる」


 そしてカンゾウは、山について語りはじめた。


   * * *


 君たちはもう、見てきたことと思うが、国境の山までの間には広大な花園が広がっている。そこに生育する花は毒を含んでいて、その香りを嗅いだ者は幻覚作用をおこすんだ。


 なに? そんな匂いは嗅いでおらんだって?


 嗅いでおるよ。花の放つ香りは花園一帯をつねに覆っている。あそこを通る限り、その香りを嗅がずにいることは不可能だ。空を飛ぶか、息を止めぬ限りはな。君たちも見たんだろ。懐かしい人の姿を。わしも見たよ。ハヤーの奴に殺された父の姿を。


 花園を迂回する方法なんて考えない方がいい。少なくともわしはここに四十年以上住んで方々に薬草を採りに出かけているが、花園の途切れる場所など見たことはない。その場所を探すのに人生一つ賭ける必要があるだろうね。君たちの目的はそんなことじゃあるまい。山越えはあくまで通過点のはずだろ。


 そう。山越えのためにはその幻覚作用を引き起こす花園を無事通過せねばならない。逆に言うと、花園さえ通過できれば、あとはただの山越えだということだ。


 どうやってその花園を、幻覚作用をおこさずに通過するか。その方法をこれから教えよう。


 実はそれはわしの父が研究していたことだ。彼は何十年もの歳月をかけて花園に咲く花を調べあげ、そしてその香りの毒を相殺する物質の生成に成功した。さらにはお香として実用化し、ついにはそれを用いた防毒マスクを三個作成したんだ。父と、母とわしの分だった。


 いつか家族三人であの山を越えよう。それが父の口癖だった。花園での実験を終えて帰宅し、その成功をわしと母に報告した時の父の喜びようは今でも覚えている。あんなにうれしそうな父は見たことがなかったからね。


 だが、わしらがそのマスクを使うことはなかった。


 前に言ったとおりだ。ハヤーの奴に父が捕まって、処刑されてしまったから。その時我が家も捜査され、マスクも、お香も、その製法や父の実験記録やデータも、全てが没収された。


 今思えば、奴の本当の目的は、それら父の長年の研究成果だったのかもしれない。あんなものが世間に出回れば、この国の鎖国体制を揺るがすことになるかもしれんからな。


 そんな危険なものなら、とっくに廃棄されてるかもしれない……か。


 わしはそうは思わない。奴の屋敷であの香の香りを嗅いだことがあるんだ。あの香りは間違いなく父が開発した香のそれだった。それだけじゃない。奴が外の国に関する書物を読んでいるのを見たこともあるし、山に挑んで死体になって流れてきた者のひとりは奴の部下だった。察するに、ハヤーの奴も山の向こうの世界に興味があるんじゃないか。だから、父の研究成果をうばった。それを利用してひそかに山の向こうへ行くために。だとすれば、花園を越える防毒マスクは奴の手もとにあるはずだ。


 父が処刑され、その後を追うように母も間もなく病死した。残されたわしの望みはひとつだけだった。ハヤーに復讐し、父の遺産を取り戻して山を越える。だがわしはあまりに非力で、長年薬屋として奴に従うほかなかった。


 今、その望みを君たちにたくす。どうか、ハヤーの奴を打ち倒し、あの国境の山を越えてくれ。


   * * *


「さて。それではハヤーの暗殺計画を練ろうか」


 話し終わったカンゾウは、そう言ったかと思うと席をたち、あわただしく客間から出ていった。彼の家族の過去を知った三人に、その悲しい話の余韻にひたる暇も与えない。


「実は、案を考えてあるんだよ」


 ほどなく戻ってきた親父の手には、まるめられた一枚の大きな紙が握られていた。彼がテーブル上に広げたその紙に描かれてあるのは、建物の図面だった。


「これはハヤーの邸宅だ。この十年、いろんな機会を利用してこつこつ作ってきた代物だ」

「そんな機会があるのか」

「ああ。そうだよ」


 カンゾウは嘲るように口をゆがめた。


「奴はしばしば自宅でパーティーを開くんだ。街の有力者や中央からの役人などを招いてな。人脈をつくるためさ。そこで奴は自分の手に入れた珍しいものを見せびらかしたり、賄賂を受け取ったり、美女を侍らせて騒いだりする」


 カンゾウの太い指が図面のエントランスホールの脇の大広間を指す。


「そのパーティーが、三日後にも開かれる。利用しない手はない」

「パーティーに潜入して、殺るってことだな」


 アトラスが顔半分を埋めた髭をなでながら、眉間にしわを寄せた。


「しかし、そんなパーティーに俺たちなんかがおいそれと入り込めるのかい。どうせ客はみんな招待客なんだろ」

「大丈夫だ。そこはわしが適当に肩書を作って君らを参加者にねじ込む」

「親父さん、そんなことできるのかい。っていうかあんたもパーティーに出席できるの?」

「ああ。いちおうわしは、この村の商工会長だからな」


 ヒエイは思わずアトラス、アンジュと目を見合わせてしまった。この村に来てから一番の驚きが、その表情ににじみでる。この親父さん、見た目に寄らず偉い人だったのか。


 そんな三人の態度を気にも留めず、カンゾウは話をすすめる。


「パーティーに潜入するのは造作もないことだが、問題はそのあとだよ。ハヤーをだた殺すだけではいけない。肝心のアイテムも手に入れるひつようがある」

「つまり、例の防毒マスクのありかを吐かせてから殺せばいいんだね」


 さらりと言って前に進み出たのはアンジュだ。


「いい案を思いついたよ」


 相変わらず不機嫌そうに、しかしその無表情に似つかわしくないとんでもないことを彼女は口にした。


「ハニートラップってのはどうだい」


 沈黙が一瞬、薄暗い客間に降りる。やがてヒエイが苦笑を浮かべ、アトラスも困ったように眉を下げた。


「待て待て。それは妙案だとは思うが、ハニートラップってのには美女が必須だろ。一体誰が……」


 たしなめるように口を開いたアトラスが、言いかけた言葉をのみこんで表情をこわばらせた。ヒエイも口に浮かべていた苦笑を凍りつかせる。ついでにカンゾウまでが顔を青ざめさせた。


「ちょっと待ってよアンジュ。まさか……」


 男たちの恐怖をしり目に、アンジュは得意満面で胸を張り、その隆起した胸を自信たっぷりに自分の親指で指し示した。


「私がやるよ」

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