JCギャルの魔法
対策を考えていて、ふと思いつく。
そういえば、私、洞窟で目覚める前は何をしてた?
服装は完全に外出着。
つまり出かけていたということ。
だったらスマホ持ってるんじゃない?
幸いにも手のひらは動かせる。
ロープの締め付けに苦しみながらも、私はなんとか手をコートのポケットに入れた。
あれ、財布がない。
どこかで落とした?
まあ、いいや。
他になにかないか。
そう思って探っていると、指に固いものが当たる。
あった!スマホ。
中古で格安の性能が悪い最低最悪のスマホ。
ゲームを起動したらいつまでも「ナウローディング」がグルグルして、始まってもカクカクのおバカなスマホ。
でも、大事な友だちとのつながりを持てたり大切な思い出がたくさん保存できたりする愛おしいスマホ。
体をひねたり、伸ばしたりしてコートからスマホを取り出せた。
体を捻りながら電源をつけてみると待ち受け画面が映し出される。
一月一日。
てっきりこの世界に転移されて、スマホがリセットされたのかと思ったけど違う。
そうだ、今日は元旦だ。
私、友達と一緒に初詣に行ってた。
私は悪戦苦闘しながらもなんとかスマホをいじる。
ミノムシ状態だけど、スマホを床に転がして、指だけ伸ばしながらロックを解除する。
普段から授業中に机の下でいじっていたので、これくらいの操作は余裕だ。
無事にロックを解除すると壁紙が見える。
つい最近、というか、この世界に来る直前に変えた壁紙だ。
新年の始まりだし、こうして友達全員が集まれたのもレアじゃん。
そう言い合って、その場で集合写真を撮って早速壁紙設定をしたのだ。
自撮りだったからアングルがでたらめだけど、そこには一緒に行っていた友達が全員写っていた。
「ゆきちゃん、カノ、みさきっち、大野くん、たいせい、ぶーちゃん」
床にポタポタと雫が垂れる。
放心しちゃって、泣いていることに気づくまでに少し時間がかかっちゃった。
あー、もう。なんでこんなことになってんのよ。
神社にいた時はとっても楽しかったのに。
今年こそいい年にしようって、みんなでお願いしたのに。
どうしてこうなったんだよ。
悔しくて、虚しくて、涙がどんどん出てきちゃう。
泣かないって決めてたのに。
お父さん、お母さんがいなくなって、これからは強く生きるんだって決めていたのに。
やばい、涙が止まらない。
両親が消えて、寂しかった私を支えてくれた仲間のことを思い出すと気持ちが抑えられなかった。
私は何も考えられずにボロボロと泣いた。
馬車の音で私の嗚咽が外に聞こえなかったことだけが幸いだった。
一通り泣きまくると、妙に頭がスッキリする。
泣くとデトックス効果があるって聞くけど本当だね。
泥パックした後にシャワー浴びて、石鹸でガシガシ洗い流したくらいにスッキリしている。
おかげで気持ちも少しポジティブになってきた。
たとえ私を捕まえたこいつらが悪人だったとしても、知恵と工夫で乗り切ってやる。
ギャルはおバカだと思ってる奴が多いけど、決断力と実行力は男子にも負けない。
若い起業家にギャルが多いのはそれが理由だもん。
だから私は諦めない。
なんとしても現状を打破してやる!
しかし、こうもギチギチにロープで縛られては何もできない。
とりま、これから取れる選択肢をできるかぎりあげてみよう。
「たたかう」
「じゅもん」
「にげる」
「ねる」
「さわぐ」
「おしっこもらしてすきをつくる」
これくらいかな。
どれも有効性に乏しい。
意外と一番効果的なのは「おしっこをもらす」だろうな。
みんな慌てるし、泣いてたらエノーラさんくらいは介抱してくれそう。
その時に刃物を奪って、エノーラさんを人質にできれば効果的。
しかし、人質で脅したところで逃げ場がないと意味がないな。
現代社会なら飛行機や新幹線使って国内どころか海外逃亡もできるんだろうけど、馬車の世界だとね。
山の中に逃げたって、クマとかいたら終わりじゃん。
いずれにしても逃げるという選択肢は自分を追い込むだけっぽい。
大事なことは、こちらが優位に立つことよ。
そのための最善手は、おしっこ漏らして恥をかくことではないよね。
だったら現実的なところを攻めよう。
「たたかう」
「じゅもん」
このどちらかが唯一の手段かな。
こんなガチガチに縛られて、たたかうというのも簡単ではないけど。
とりあえず、呪文でも唱えてみよう。
私はてっきりあの呪文は洞窟に仕掛けられた仕掛けだと思っていた。
けれど、エノーラさんは洞窟の外でも回復魔法をかけようとしていた。
つまり、洞窟じゃなくても炎の呪文は使えるのではないか。
あのデカい腕がまた出るのかと考えると怖いけど、試してみる価値はあると思う。
私は目を閉じて深く深呼吸をした。
なんとなく、洞窟と同じでしっかり酸素を取り込むことが大事に思えたから。
私は何度も深呼吸をして空気を肺に取り込んだ。
肺はとても熱くなる。
この世界の酸素、もしかすると特別な酸素かも。
まるで燃えているかのように熱くなるんだもん。
ただ痛かったり、不快だったりするものじゃない。
むしろエネルギーが燃えている感じがする。
蒸気機関車のようにポッポッと熱エネルギーを溜めて、爆発する時を待っているみたい。
私は胸の熱の高まりをしっかりと待ってから解き放った。
「燃え盛る神の炎よ、敵を焼き払いたまえ」
しかし、何も出てこない。
前みたいに炎の魔法陣も現れない。
ガス欠って感じでもない。
そもそも腕とつながっている感じが全くなかった。
ふむ。もしかすると「敵」が目の前にいないから出てくれなかったのかも。
さっきは敵がいたから神様も奇跡を起こしてくれたのであって、嘘をついたら効果はないってことだね。
呪文はただ唱えるだけではダメだって勉強になった。
では、どうするべきか。
試しにエノーラさんが唱えていた回復魔法をやってみるか。
「民を守りし傷ついた勇者に神の癒しを与え給え」
しーん。
あの時みたいに黄色く光ることもない。
才能がないのか、それとも私が民を守っていない勇者とはかけ離れた人間なのが悪いのか。
試しに唱えてみよう。
「まったくの冤罪で人を貶めた悪しき魔女に償いのための回復を授けたまえ」
祈ってみた。
するとどうしたことでしょう。
ぼんやりと薄いけど黄色い光が現れた。
ぽわぽわとぼんやりだけど、若干の回復効果があるようで少し痛みが和らいでいく。
うむ。正直になれば少しは言うことを聞いてくれるらしい。
魔法って言うのも人間味があっていいじゃないか。
では、ここで本命。
洞窟で唱えた炎を出してみよう。
もしかするとまた腕が出てくるのかもしれない。
腕だと体に巻き付いたロープをちぎってくれるかも。
そう期待して詠唱してみることにした。
しかし。
燃え盛る神の炎よ、敵を焼き払いたまえ。
その呪文を唱えたところで、また敵がいないのに敵って言っていることになる。
きっと魔法も腕も発動しない。
言い方に気をつけなきゃ。
私はギュッとスマホを握りしめた。
救いを求めて握ったからか、言うべきセリフはスラスラと出てくる。
「私は無理やり連れ出された哀れな迷子、どうか私に救いの手を授けたまえ」
するとどうしたことでしょう。
目の前に金色の光が現れ、光が魔法陣を描き出しちゃった。
円を描き、文字を書き、図形を記す。
腕の魔法陣と比べ、優しい色合いを感じてしまう。
しかも、なんか懐かしい感じ。
会いたかった人との再会の予感。
私は勘がすごくいい。
テストのマークシートでは普段よりも成績がよくて勘ピューターって呼ばれるくらいに鋭いの。
そんな勘のいい私が「再会の予感」を感じた。